私達を取り囲む人々は、よく見ると武装していた。どうやら一般の町人ではなく、冒険者のようだ。冒険者はモンスター退治を生業としているし、魔王と言えば彼らの天敵だ。
つまり、勇者ルークだけではなく、周囲を取り囲む全ての人が、エルを殺そうと狙っているのだ。
早く、なんとかしなくちゃ。エルはきっと強い。この場にいる全員を、あっという間に殺してしまえる程かも知れない。だけど、そんな事はさせたくない。ルーファスさんと交わした「人を傷つけない」という約束を破る事になるし、人々のエルに対する恐怖や憎しみが、より深いものになってしまう。
「グァルルル......!」
魔狼の姿になったエルの目は、血走っていた。怒りに我を忘れているのだろう。その凄まじい気迫に、ルークたち四人以外は、気圧されて後退りする。
「あの時」と同じだ。「私」と「彼」が、初めて会った「あの時」と......。彼はあの時、涙を流して私に気持ちをぶつけてきた。
(俺と両親は群れを離れ、人間として町で静かに暮らしていた! あの日俺の両親は、高熱を出した幼い俺を救う為、遠くに住む医者の元へと走った! 俺の為に、狼の姿になって走ってくれた! ただそれだけなのに......! 人間どもは俺の両親を殺したんだ! 魔狼であるという、ただそれだけの理由で!)
私の記憶の中で、エルが叫んでいる。この記憶は何? どうしてこんな場面が、私の記憶にあるの? 私は一体誰? エルの何を、知っているの?
「思い出したみたいだね、ユウノ様。いや、シーラ様と呼んだ方がいいかい?」
リスタがピョコンと耳を立ててそう言った。
「えっ? シーラって......エルの奥さんの? 疫病で亡くなったって言う」
「そうさ。精霊王を統べる者は、厳密にはシーラ様だ。ユウノ様は、シーラ様の生まれ変わりなんだよ」
「えええー!?」
私は思わず大声で叫んだ。だがエルと対峙している緊迫した冒険者達には、私の声は聞こえていないようだった。
一体どういう事なんだろう。前世の私、三石悠乃がシーラさんの生まれ変わりで、その私がさらに異世界転生しちゃった、みたいな感じ?
「で、でも私、ここに転生する前はアラサーOLだったんだけど!? シーラさんが亡くなったのは、多分エルが討伐されたって言う二十年前くらいだよね? 計算合わなくない?」
私はテンパった。だがリスタはチッチッチッと可愛い前足を振る。
「ユウノ様が元いた世界と、このルーンアースでは時間の流れが違うのさ。さぁ、エルデガインの荒ぶる心を治められるのは、今も昔もシーラ様だけ。すぐに始めよう」
「始めるって、一体何を?」
私が尋ねると、リスタはくるんっ、と宙返りし、次の瞬間には剣と錫杖に変化していた。
「錫杖はシーラ様が持つんだ。そして剣は、エルデガインに持たせて!」
剣と錫杖からリスタの声が聞こえる。私は素早くそれらを拾い、横からエルに近寄った。今はリスタに従うべき。そう判断したのだ。
「エル! 私の声が聞こえる!? こっちを見て!」
だがエルは正面を睨んだまま、こちらに気づいた様子はない。
「こぉら! エルデガイン! こっちを向きなさい!」
私が叫ぶと、エルはハッとなってこちらを見た。
「君は......! シーラ、なのか......!?」
信じられない、と言った表情のエル。どうやら私の姿は、シーラさんそっくりに変身しているようだ。そう言えば声も少し低くなったし、視点も高い。胸もしっかり膨らんでいるようだ。服も何故か、大人用の大きさになっている。
リスタの変身した剣と錫杖を持った事で、私はシーラに戻ったんだ。私の頭に、先程まではなかったエルとの思い出が、次々と蘇ってくる。
「そうよエル。久しぶりね。あなたに会う為に、私は生まれ変わったの。ユウノとしてね。これから私は妻として、娘として、二つの姿であなたを支えて行くわ。ねぇ、それって素敵だと思わない?」
私はそう言いながら、エルのモフモフな前足に手を触れた。するとエルの体は光につつまれ、美しい青年の姿へと変わる。
「ああ、本当だな......! 会いたかった......! シーラ、君が居なくなって、俺は、俺は......!」
私の体を強く抱きしめるエル。その声は、震えている。
「今はユウノよ、エル。さぁ、この剣を持って。久しぶりにやりましょうか」
「ふふっ。ああ、そうだな! ユウノ!」
私はリスタが姿を変えた錫杖を持ち、掲げた。エルも同じようにリスタが変化した剣を掲げ、私の錫杖と交差させる。
「スピリット・リンク!」
私とエルの声が重なり、剣と錫杖が輝く。私達の体は光に包まれ、服装が変化する。
色彩は白と青を基調とした色。氷をイメージした色なのだろう。エルの服は騎士、そして私は聖女。それぞれのデザインに変化する。
「氷の騎士、エルデガイン!」
「氷の聖女、ユウノ!」
剣と錫杖を交差させたまま、私達は笑い合う。
「推して参る!」
二人の声を揃え、決め台詞を吐いた。シーラの記憶が戻るまではすっかり忘れていたが、私とエルは結婚してからずっと、こうやって悪人や「奴ら」を退治していたんだ。
あれ? 「奴ら」って何だっけ? 肝心な所が思い出せない。
でも、ま、いっか。
エルは剣を構え直し、ゆっくりと前進して行く。私もゆっくりと、その後ろを歩く。
「さぁ、俺に隙が有れば、どこからでもかかってくるがいい。うけてたつぞ」
「同じく。女だからと言って、遠慮なんていらないわよ」
エルと私は冒険者達を挑発する様にそう言ったが、誰一人として、向かってくる者はいない。
やがて私達は、勇者一行の前に辿り着く。悠然と構えるルークと、同様に冷静かつ沈着な三人。私はスルーシャさんと目が合い、彼女を見つめた。スルーシャさんは微笑を浮かべ、目を逸らさずに私を見つめ返した。