「魔王エルデガイン! 貴様は完全に包囲されている! 大人しく投降しろ!」
この声は、商業ギルドの長にして、この町の町長でもあるホプキンスさんの声だ。昨日エルと一緒に商業ギルドに行った時に、誰かを怒鳴り散らしているのを見かけた。
「すまない、ユウノ。せっかく一緒に暮らせると思ったのに......」
エルの綺麗な顔が、辛そうに歪む。私はエルを抱きしめ返し、事情を尋ねる事にした。
「エル、今日は配送の仕事をしていたんだよね? 一体何があったの?」
私が聞くと、エルはガックリとうなだれる。
「ああ。俺は真面目に配送の仕事をしていた。その折に【勇者】を名乗る小僧が、俺の行く手を阻んだのだ。小僧はお供を三人も引き連れて、俺にこう言った。お前、魔王エルデガインだろう、とな」
なんて事......! ルークに間違いない。
「どうして、その勇者はエルが魔王だってわかったの?」
エルの見た目は普通のイケメン過ぎる青年でしかないのに、それが不思議でならなかった。
「ああ。それはな......いや、その説明の前に、ユウノに謝っておこう。俺が魔王だった事、隠していてすまない。言う必要性を感じなかったし、余計な事を言ってお前に嫌われたくなかったんだ」
エルは寂しそうに笑う。
「大丈夫。私が何があっても、絶対にエルを嫌いになったりしない。エルの過去も含めて、全部好きになって見せる。だから教えて、エルの事」
「ユウノ......!」
エルの目から涙がポロポロと溢れる。彼はそれを隠すように、左手で覆った。
「ありがとうな......ユウノ、俺はお前が本当に愛おしい。今の俺にとっては、お前が全てだ。絶対に失いたくはない。だからこの状況をどうやって乗り切るか、それを考えなくてはならない。だがまず、先程の質問に答えよう。今は時間がないから手短に話すが、あの小僧が俺を見破った能力は、おそらく勇者ルーファスから受け継いでいる。あの小僧も勇者だと言うなら、間違いないだろう」
「そっか。じゃあ勇者は、変身を見破る力を持っているんだね」
「ああ、そうだ。魔王だった俺はある女性に諭され、改心して人間として生きていたのだが......ルーファスは即座に俺が魔王だと見破った。今日の出来事は、あの時を彷彿させるよ」
エルはそう言って、深いため息を吐いた。
「エル、結婚してたんだ」
「ああ。だが、彼女......シーラは疫病で死んでしまった。ルーファスはシーラの弟でな。俺が彼女を殺したと思い込んで、復讐しようとした。しかし俺とシーラの間に子供がいるのを知って、俺が殺したのではないとわかってくれた。それでも結果として、俺が魔王だと言うことは周囲の知る事となった。その為俺は、ルーファスに子供を預けて姿を消したのだ。二度と人間を傷つけないと約束してな。そしてルーファスは、俺を討伐したと世間に公表した」
そうか......それでエルは、たった一人で森の中にいたんだ。
「そんな事があったんだ。辛かったね。その子は今、どうしてるの?」
「わからん。だが、きっとルーファスの子として立派に成長しているだろう。もしかしたら、母親になっているかも知れないな」
エルはそう言って、遠くを見つめた。ルーファスさん......つまりルークのお爺ちゃんの養子になったって事か。ルークの親戚か何かに当たるのだろうか。
「母親って事は、女の子なんだね。名前は、つけていたの?」
「ああ、もちろんだ。名前はルシア。あの子の事を忘れた事はないが......きっともう、二度と会えないだろうな」
遠くを見つめるエル。なんとか力になってあげたいな......。
「ねぇエル。今は無理かも知れないけど、いつかきっと、その人を探してあげる。私、魔術が使えるみたいなの」
「何? 魔術だと? そうか......何か不思議な力を秘めていそうだな、とは思っていた。だが、いい。ルシアの事はそっとしておいてやりたいんだ。それに、今の俺にはユウノがいるしな」
エルはそう言って微笑むと、私を抱いて立ち上がった。
「さぁ、覚悟を決めて行くとしよう。大丈夫だ。お前は俺が守る。町長が何を言ってこようと、決してお前と離れたりはしない。安心しろ」
「うん! 私も同じ気持ちだよ、エル! 絶対に離れない!」
エルは玄関のドアを開けた。外には大勢の人がいて、私達の家を取り囲んでいた。人々の中心には町長のホプキンスさん。そしてその横には、ルーク達。
「おいで、リスタ」
「はい、ユウノ様!」
私はリスタを呼んだ。彼はテテテッと駆けてきてジャンプ。私の腕に収まった。
「やっと出てきたな、魔王。まさかユウノの保護者だとは思わなかったが」
ルークがが吐き捨てるように言う。あんにゃろ~! 余計な事してくれちゃって、もう! 憎たらしいったらありゃしない!
「さて、エルデガインさん。言わずともわかっていますな」
「ええ。この町を出て行きます。ユウノと二人で」
静かに答えるエル。だが町長はルークと目を合わせ、ニヤリと笑う。
「悪いが、そう言う話じゃない。あんたにはここで死んでもらうよ。だが安心しなさい。ユウノちゃんの事は勇者様のご家族が、今後の面倒を見て下さるそうだ」
「なっ......!」
「えっ......!」
エルも私も絶句した。そんな事が許されるの? エルが、魔王だから? モンスターだから? だから、殺してもいいって言うの? 死ぬべきだと言うの? ただひっそりと、人として生きようとしているのに......それも許しはもらえないの?
「貴様ら......また俺から家族を、奪う気かぁぁぁ!」
エルの体がメキメキと音を立てて変化し、魔狼の姿になった。その表情からは、激しい怒りが見て取れる。どうやら戦闘は避けられない。
「やるよ、リスタ!」
「僕の出番ですね、ユウノ様! もちろんです! お任せください!」
私も戦う覚悟を決める。エルは私が、守るんだ!