街に入ると、エルはまず商業ギルドに向かった。そこで仕事の契約をし、住む場所を紹介してもらうのが、移住者の通例らしい。
村は領主が治めているが、街は商人たちの管轄。商人ギルドの支配下にある。仕事をしない者は、街に住む事は許されないのだ。
エルは荷運びの仕事を請け負った。確かに彼のスピードなら、荷運びはうってつけの仕事かも知れない。
「よし、これで仕事と住む場所は手に入ったな。仕事は明日からだから、今日は生活に必要な物を購入しよう」
「うん!」
エルはテキパキと商店を周り、必要な物を買い揃えて行く。私は置いていかれないように必死について行く。
距離が離れると、エルは振り返って待っていてくれる。私が小走りで追いつくと、微笑んで頭を撫でてくれた。
「よし、こんなところかな。家に行こう」
「うん!」
家は木造の平屋だった。綺麗に掃除されていて、家具も最低限は揃ってる。これならすぐに住めそうだ。そんなに広くはないけれど、二人で住むには充分だろう。
「ふああー。なんか疲れちゃったね」
私はベッドにぽすんと倒れ込んだ。エルはそんな私を見て、笑いながら荷物を下ろす。そしてそれらを棚などに配置し、お湯を沸かしてお茶を入れてくれた。
「ほら、これを飲め。疲れが取れるぞ」
「ありがとう、エル」
円卓に座り、二人でお茶を飲む。
「美味しい!」
「ふふっ。ラーティム茶って言うんだ。美味いし、あったまるだろ?」
「うん!」
本当に体の疲れが取れて行く。
「ごめんね、エル。何から何まで。お金も出して貰っちゃって。大丈夫?」
「ふっ、余計な心配をするな。生計を立て、子供を守り育てるのが親の役割だろう」
そう言って私の髪を撫でるエル。だけど、本当にお金は心配だ。エルは狼として生きていたのに、どうしてお金を持っていたんだろう。それに人間の生活についても詳しすぎる。
「ねぇエル。この街に来るのは、初めてじゃないの? なんだか慣れてるよね」
「ん? ああ。少しだけ住んでいた事がある。父と母に連れられてな。いつか役に立つだろうと言われた。お金もその時に貰ったのさ。今こうして役に立った。親の言う事は聞くものだな」
「そっかぁ。私も、エルの言う事ちゃんと聞くね」
「ふふっ。良い子だ。おいで」
エルが両手を広げる。私は椅子を降りて彼に飛びつく。エルは優しくハグしてくれた。
夕飯もエルが作ってくれた。お風呂は無いので、公衆浴場に入りに行く。
「体があったまってる内に、眠った方がいい。さぁ、もうお休み」
てっきり一緒に寝てくれるのかと思っていたのだが、私とエルの部屋は別々だった。彼は私をベッドに寝かせると、あやすようにポン、ポン、と一定のリズムで私の体を叩いた。
「人間は子供を寝かせる時、こうやって寝かせるそうだ。どうだ、眠れそうか?」
「うん。眠れそう......でもね、エル、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「あのね......一緒に寝て欲しいの。狼の姿で」
あのモフモフが忘れられない。あれに包まれたら、秒殺だと思う。
「なんだ、そんな事か。いいぞ」
エルは瞬時に大きな狼に変身する。そして私の横に、ゆっくりと横たわった。うっとりする程美しい毛並み。
「ふぁー。やっぱり気持ちいい。モフモフであったかいよう......」
「ふふっ。そうか? 良かったな。ゆっくりお休み」
エルの声が遠くに聞こえる。私は本当にあっという間に、眠りへと落ちていった。
翌朝。エルは私の分の朝食を用意し、早々に仕事に出ていった。
「夕方には帰るから、家で待ってるんだぞ」
「はぁい」
エルが出かけた後、私は言いつけを破って家の外に出た。ちゃんと言う事聞くって言ったのに、ごめんなさい。
私の体は確かに幼く、非力で小さい。だけど精神は大人だ。このままエルだけに負担をかけるのは、なんだか申し訳ない気がしたのである。
それに一日中家の中にいるなんて、退屈で死んでしまう。せっかく異世界に来たんだから、冒険がしたい。
お金を稼いで冒険も出来る、うってつけの仕事がある。そう、みんなの憧れ、冒険者だ!
冒険者ギルドの場所はわかってる。商業ギルドの一階が、冒険者ギルドなのだ。昨日訪れた時に、ちゃんと見ていた。
私は幼く短い足を必死に動かし、商業ギルドへと歩いた。エルに出くわす可能性もあるけど、その時はその時だ。
「ふぅ、ふぅ、やっと着いたよう」
大きな大きな商業ギルドの建物。沢山の人が、忙しそうに出入りしている。油断すると人混みに流されてしまいそうだ。
タイミングを見計らって......。
「えいっ!」
私は思い切って人混みに飛び込んだ。
「ひやぁー!」
大人たちの流れに乗って、一気にギルド内へ。ギルド内も凄い人混みだ。
ほとんどの人が階段を登って二階、商業ギルドへと向かう。一階には冒険者ギルドの受付カウンターと、スイングドアの向こうに酒場がある。
人混みをどうにか抜け、冒険者ギルドの受付へ。こちらはあまり混んでない。良かった。
少しだけ待って、私の番。カウンターに手を乗せて、受付のお姉さんを見上げる。
「すいませーん。冒険者になりたいんですけど」
私に気づき、お姉さんがハッとした顔で口を手で覆う。
「ええ!? ちょっ、何この子......! 可愛いー!」
お姉さんは目をハートにしている。
「お父さんのお使いで来たの?」
「いえ、私が冒険者になりたいんです!」
私はめげずに頑張る。
「えええー! こんなちっちゃいのに!? 確かに冒険者になるのに年齢制限はないけど......!」
目をめっちゃ見開くお姉さん。すると隣に立っていたもう一人のお姉さんが、彼女に耳打ちをする。
「えっ、さっきも子供が? めちゃくちゃ凄いステータス? マジ?」
どうやら私の他にも、冒険者希望の子供がいたらしい。お姉さんはコホンと咳払いをする。
「それじゃあ一応、ステータスを調べるわね。えーっと」
お姉さんは眼鏡をかけて、私を見る。すると眼鏡が青く光った。
「はぁ!? な、な、なんじゃこりゃー!」
お姉さんはガクガクしてブルブル震えている。
「な、なな、なんなのこの子! やばい! やばすぎる! 可愛い上に超やばいわこの子!」
お姉さんは荒ぶっている。ランクとか数値とか説明されたけど、よく分からない。
「えっとね、ざっくり言うと、あなたはモンスターや精霊に愛される体質なの。モンスターを従え、精霊魔法を自在に操れるわ。うん、合格よ!」
お姉さんに太鼓判を押され、私は晴れて冒険者となった。
「これが冒険者証よ。他の街のギルドでも、このカードがあれば仕事を斡旋してもらえるわ。それからこれが、冒険者の心得が書かれたマニュアル本ね。スキルの使い方はそれを読めばわかるわ」
「ありがとうございます」
私はそれを受け取って、エルに買ってもらった肩掛け鞄に入れた。
これで私も冒険者! 胸躍る冒険が、きっと私を待っている。でも、エルの仕事が終わるまでに帰らなくちゃ。いっぱい稼いで驚かせるの。私も役に立てるんだよって。
そして、いっぱい褒めてもらうんだ!