「他に好きな人が出来たんだ。ごめん。指輪、返して貰っていいかな」
そう言って謝る、私の恋人。いや、元恋人か。
一度怒りが沸点に達した私だけれど、その後一瞬で冷めた。と言うよりも、呆れてしまった。
浮気して婚約破棄までは、まだわかる。納得はいかないけど、まだわかるのだ。
だけど、指輪を返せってどぉゆう事!? 再利用すんの!? お相手が哀れすぎる!
「わかった。はい、どうぞ。婚約は解消って事でいいんだよね? いやぁ、むしろ良かったわ。結婚する前にあんたがクズだってわかって。さよなら」
私はニッコリと微笑んで、彼の手に指輪を握らせた。そして振り返る事なく、颯爽とその場を後にした。
アパートに着いて、シャワーを浴びる。気丈に振る舞っていた私だったが、シャワーと一緒に涙が流れた。
「はぁ......」
ご飯を食べても味がしない。彼の申し訳なさそうな顔が、何度もリフレインする。そして、今までの楽かった思い出も。
普通なら、ビンタの一つもくれてやる所だろう。だけど私は平和主義。なるべくなら穏便に事を済ませたい。軽い毒は吐くけどね。
モヤモヤしながらも就寝。明日会社に行ったら、またあいつの顔を見なきゃならないのか。憂鬱だなぁ。
休んじゃおっかな......。いや、いっそ辞めてしまおうか。
ああ......。最近流行りの異世界に転生とかしたら、最高だなぁ。可愛らしい幼女になってさ。みんなに愛でられながら、自由気ままに生きるの。
いいなぁ。憧れるなぁ......。
そんな事を夢想しながら、私はまどろみの中へと落ちて行った。
「ふぁぁー」
あくびをしながら起床。ん? 何かが私の顔を舐めている。
「うひゃああーっ! くすぐったい!」
猫も犬も飼ってない筈なんだけど!? 一体何が起こっているのだろうか。
恐る恐る目を開けると、大きな犬! いや、目の感じがちょっと違う。狼? 銀色の狼だ! でも日本に狼いなくない?
「おっ、起きたか。なかなか起きないから心配したぞ」
しゃべったぁぁー! 狼しゃべったぁー!!
「あ、あのう。あなたは誰ですか?」
狼に名前聞くとかシュールだわ。
「俺の名は、エルデガイン。お前は?」
「私は、ユウノです」
「ユウノか。変わった名前だな。ところで、どうしてこんな森の中で寝ていたんだ?」
森の中って何!? ガバッと体を起こす。
「ふあああー!」
本当に森だ! あたり一面木、木、木! 木しかない!
「なんでぇー!?」
私はパニック状態。頭を抱える。ん? 何か変だ。手の感触も、子供に触れられているみたいだし、視点もやけに低い。もしかして......。
「ふああー! やっぱりぃー!」
体が小さい! そう言えば、声もなんだか高くて可愛らしい!
もしかして、この状況......! 憧れの異世界転生!?
私死んだのかな? でもお布団に入って寝てただけだし、死ぬ要素一個もないよね? 神様にも合わなかったよ。多分。
転生と言っても、生まれたてではないみたいだし。多分、六、七歳ってとこかな。全裸ではなくて、可愛い服も着ているのは安心要素だ。
「ふむ。何やら混乱しているようだな。記憶喪失か、人攫いにでもあったか? 事情は知らんが、人間は森に子供一人で来ないだろう? 町へ戻りたいなら連れて行ってやるぞ」
狼のエルデガインは、そう言って身を低くする。大きかった体が、私が乗れるくらいに縮んで行く。
「少し小さくなってやったから、俺の背中に乗るといい。本気を出せば、近くの町まで一瞬で着くぞ。行くか?」
町か。少なくとも森でジッとしているよりも、状況は改善される筈。
「あ、えっと、はい! 町に行きたいです! ご親切にありがとうございます、エルデガインさん」
私は小さい体で、必死にエルデガインの体をよじ登った。結構毛を引っ張ってるけど、怒られなかった。痛くないのかな?
「よいしょ!」
背中に到着。ふああー、あったかい。すっごいモフモフで癒されるぅ。
「乗ったか? これから走るから、しっかり掴まってろよ。それからな、ユウノ。俺の事は、エルと呼べ。それから、さん付けもいらん。いいな」
「ふぁい。わかったよ、エル」
ふああー。モフモフー♡
「では行くぞ! ハッ!」
「きゃああー!」
うおおおー! めちゃくちゃ早いー! やばっ、まじでしっかり掴まんないと振り落とされる!
「着いたぞ」
「早っ!」
本当に一瞬で着いた......。
「おっきいー! これが、町の入り口......!」
私は思わず見上げた。街は石の壁で覆われ、アーチ状の入り口には、両サイドに数人の兵士が立っている。
「先程の森から一番近い街が、このシュエンビッツだ。状況から考えると、お前はこの町の出身である可能性が高い。混乱していたようだが、思い出せたか?」
入り口に並ぶ人々を遠巻きに見ながら、エルは私にそう問いかけた。
「あ、えっと実は......私ね、こことは違う別の世界から飛ばされて来たみたいなの。だから、家もないし、家族もいないんだ。信じてもらえるかわからないけど......」
自分で言ってて、ちょっと悲しくなった。異世界転生だー! わーい! なんて浮かれてる場合じゃないかも。
「なんと! それは大変ではないか。では俺が今日からお前の父親になろう。実は俺も一匹狼でな」
「いやぁ、気持ちはすごく嬉しいんだけどさ、エル。狼の娘が人間って、だいぶ無理があると思うんだけど」
「ふっ、案ずるな。俺は人の姿に変わる事が出来る」
そう言った直後、エルは長身の青年に姿を変えた。毛並みと同じく銀色の髪に、金色の目。神秘的でとても綺麗だ。そして何故か、ちゃんと服も着ている。
「どうだ? おかしなところはないか?」
「おかしくない! めちゃくちゃかっこいい! 超イケメン!」
きゃああー! やばい! ふおおー!
「そうか。では行こう。ほら来い、抱っこしてやる」
「わーい♡ パパー!」
エルは私を抱っこした状態で、颯爽と門番のどころへ歩いて行く。しばらく列に並び、私たちの番になった。
「シュエンビッツにようこそ。どう言ったご用事ですか?」
兵士さんは意外と気さくで、にこやかに話しかけてきた。もっと厳しい感じかと思ってたから、少し安心した。
「実は家を探していまして。私はリューベル村の者なのですが、畑が不作続きで......商売変えの為に引越しを考えているんです。売りに出ている家を、見せていただきに参りました」
きゃああー! エルったら、そんな話し方も出来ちゃうの!? 素敵! パパ素敵!
「そうでしたか。ではどうぞ。滞在証をお渡ししますので、こちらにサインを」
「わかりました」
サラサラとサインをするエル。字も書けちゃうの!? すっげぇー! パパ最高!
そんな感じであっさり町に入れた私たち。これからどんな生活が待っているのだろう。私はワクワクが止まらなかった。そしてパパ愛も最高潮だった。