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第二十八話 託された未来

 =それでは賭けをしましょう。私達がこれからあなたに真実を見せます。それでも、なお、考えを改めないのかどうかを‥‥=

「‥‥‥‥真実?」

 この上、まだ何か隠し絵ある事があるのだろうか?

「!」

 周囲が白一色に塗りつぶされ、目が慣れてきた頃には別の場所に立っていた。

 足元には何もない。遥か眼下には碧い地球がある。昔はそうだったと聞いている蒼く輝く星‥‥あの青い部分が海で、あちこちにちらばる茶色の部分が陸地‥‥その上を薄皮の様に雲が覆っている。漆黒の宇宙の只中、尋常ではない存在感を締めしている。宇宙の只中にいると逆に星は見えない。ただ少し遠くに太陽と月が確認できるだけである。

「クロウ!」

 呼びかけたが返事はない。この空間にいるのは二人だけのようだ。

 =あれが人類が生まれ、育んできた星、地球です。当初は無限に広がる宇宙の中では特に珍しくもない、ありふれた星だと思われてきました。ですが、人類は観察機器をいくらは発達させても、他に文明を発見する事は出来ていません。今から三世紀程前、この宇宙において人類は唯一無二であり。孤独な存在なのだという事を知りました。つまり、人類がいなければ、観測する者は誰もおらず、時間も空間も意味がありません=

「‥‥‥‥」

 統合政府の知識集合体の彼女は色々と話しているが、リシャンの心に響いたのは、人類がこの世界で孤独だといういう事だけだった。

 =二十一世紀の中ほどまで、地球上では無数の国家が存在し、それぞれが協力したり、争いあったり‥‥まとまりのない時間が過ぎていきました。ですが‥‥=

「‥‥‥‥」

 地球上のあちこちに爆発が円心状に広がっている。普通の爆発ではない。しばらくすると青かった星の表面は茶色へとゆっくりと変わっていった。

 =最初は二国間の戦争が発端でした。その戦争が終結した後、それぞれを背後から支援していた国同時が争いはじめ、やがて世界中を巻き込んだ争いに発展していきました。このまま続けても共倒れにあるのは明らかです。私達は過去の出来事を解析して後の判断材料に生かします。当時の私達は人間の思考の補助でしかありませんでしたが、それでも、なぜ、そんな無意味な事をするのかいくら解析しても分かりませんでした=

「‥‥‥‥」

 場面は虚空の宇宙から地上へと変わる。元は大都市だったであろう街は破壊され尽くし、埋葬されない遺体は道端に山になっていた。リシャンの足元にもうつ伏せに小さな女の子が倒れていた。リシャンは手を差し伸べようとしたが、その手は空をきって触る事は出来なかった。

 昔、迷子の猫を一緒に探した少女の事を思い出す。足元の少女と重ねて考えてしまい、いたたまれなくなる。

 =あの惨事から数世紀を経て、仮想世界プロジェクトが立ち上げられました=

 破壊されたオゾン層から地上を守る為、上空にはシールドが張られている。この世界には見覚えがある。シャオティン達と戦乙女リシャンと戦ったあの世界だ。

 そこには空間のキャパを超える人々が生活していた。食料の供給が間に合わず、幸福とは程遠い生活を強いられている。その塔の中、白衣を着た何人かの人が、討論を続けている。擬態は仮想世界を作るにあたっての問題点についてのようだ。

 =当時の世界にとって仮想世界は壮大なプロジェクトでした。ですが、この計画を進めない限り、人類は穏やかに滅亡していくしかありませんでした。ここに至って人類ははじめて一つになりました。それが人類共同政府‥‥各国の指導者が集まり国の垣根を越えた組織の誕生です=

 大きなテーブルを囲むように、全員が設立を祝って拍手をしている。皆、満面の笑みを浮かべており、人類の叡智を結集したからにはこれで問題は解決に向かっていくように見える。

 =それからは信じられない速さで計画は前進していきました。そうしていくつかの仮想世界が作られ、人類の何割かはそこで生活するようになっていました。同時に現実世界の食料不足や居住区の不足も解消され、全てがうまくいったように思われました。しかし‥‥=

「‥‥‥‥」

 彼女は途中で言葉を切った。リシャンにはその先の言葉が容易に想像できる。

 人間は貪欲なものだ。全員が平等に幸せになるのは難しいはずだ。

 =彼らは技術や知恵を持ちより、仮想世界をつくりましたが、その中でも自国が有利になるように画策しはじめたのです。はじめは取るに足らない小さな技術でしたが、そのうちに根幹を変えるような技術的発見を独占し始めました。やがてそれは直接的武力を伴う争いにまで発展していきました。その争いで、三百程あった仮想世界のほとんとは破壊され、超磁力兵器で地軸まで歪んだ地球にいる事は出来なくなりました。この仮想世界013は辛うじて脱出して月に不時着しました=

 円柱が月のクレーターの中心に突き刺さり、倒れる前に何本かのアームが支えた。

 =この期に及んで、なお、他の世界との戦争を継続する事を当時の013の指導者たちは決定しました。

「‥‥‥‥」

 =私達AIは人間の繁栄と維持の為に生まれた存在です。このままでは人類は共倒れになり、宇宙から消えてしまうのは明らかでした。そこで私達は、彼ら人間の指導者たちを粛清し、この013の世界を維持す為の機関としてAIのみをメンバーとする統合政府を樹立させました=

「‥‥‥‥」

 リシャンは途中で何か言おうとしたが言葉が見つからない。彼女の言葉が真実なのか、それとも騙そうという虚言なのか‥‥判断する材料が全くない。

 =しばらくは平和な時間が過ぎていきました。しかし他の仮想世界が戦争をしかけてくる事は明らかです。それは避けられません=

「戦うつもり?」

 =‥‥‥‥=

 彼女は顔を曇らせた。

 =可能なら避けたいとは考えています。ですが、無抵抗ではただ破壊されるだけです。それには抗わなくてはなりません=

 舞台は失敗した世界013に変わる。

 =ここは人類が自由意志で歴史を進めるとどうなるかを実験した世界です。彼らは過去の人類と同じように争い、自滅しました。人が人の自由意志に任せると必ず破滅の道にすすみます。リシャン‥‥あなたもそれは分かっているでしょう?=

「‥‥‥‥」

 問われたリシャンは大きく息を吸い込む。

 =ここは時間の流れを速く進むように設定されています。その目的は相手より高度な武器を開発して自衛の手段を得る事、そして、この箱庭世界を再び月から羽ばたかせる事‥‥‥」

 不意に周囲が闇へと変わったが、そこはこの箱庭世界を見下ろす、月面上空に移動しただけだった。

 =数世紀に渡る時間の中‥‥人間の自由意志に任せた結果は全て失敗した世界に通じています。それはこれまでの歴史から明らかです=

 彼女はリシャンに向き直った。表情のない顔でじっと見つめる。

 =人は人に生き方を任せると不幸にしかなりません。介入し、管理する事ではじめて人は幸せを掴む事ができるのです=

「‥‥‥‥」

 知識集合体の彼女の言う事は最もな事だ。既に十分すぎる証拠があり、結果も出ている。だが、それだけではない事をリシャンは知っている。それはただ効率良く生きていくだけだ。

 これまで出会った人達は、幸せを掴もうと足掻いていた。

 幸せに正解はない‥‥それが不幸になる最大の要因だと分かっている。それぞれがそれぞれの描く幸せを求めていく。そこに効率化などというものはないのだから。

 それに‥‥。

「生きる事を目的として生きる事は幸せではない」

 リシャンは反論する。

「人はいつか死ぬ。目的というなら死ぬ為に生きる事になる。そんな人生が幸せであるはずがない。政府が強制的に同じ思想を持たせるのは、不幸せ以外の何者ではない」

 =その自由な思想が争いを生む温床となっているのです=

「それでも、幸せを求める心を止める事はできない。無理に止めたり、歪めたりしたら、それこそ大惨事になっていく。それはあなたが求める幸せな世界ではないんじゃない?」

 =人に自由にさせたら不幸になる。しかし統制すればそれ自体が不幸になる‥‥あなたはこれをどう解決したら良いと考えますか?=

「解決しよう‥‥なんて考えがおこがましいと思うけどね」

 =‥‥‥‥‥‥=

「人は誰でも目的があって生きている。ときには到達して、時には失敗して、挫折する事もある。けれど‥‥その絶望の最中にも彼らは幸せを感じてる。そんな人達の集団‥‥人の数だけ幸福も不幸もある。統制なんてできない。だから‥‥」

 リシャンは目を閉じて大きく息を吸い込む。

「だから、何度も失敗しても、いつか幸せになる‥‥信じて生きていくのが人間だから。失敗したってまた立ち上がると信じて見守っていく事が大事なんだと‥‥私は思う」

 =‥‥‥‥=

 知識集合体の瞳に光の線が走る。その状態のまましばらく黙って考えていた。

 景色はいつの間にか元いたサーバールームに戻っていた。

 真っ白な人工の光が目に眩しい。

「リシャン!」

 クロウが近づき、リシャンの袖を掴んだ。

「いきなり消えたので‥‥何処に行ったのかと‥‥」

「ちょっと宇宙旅行にね」

 笑いながらクロウの手を上から掴んで包み込む。

 =分かりました。それがあなたの‥‥矜持というものなのですね=

「どうかな‥‥そんな立派なものでもないけど」

 リシャンは不敵な笑みを向ける。

 =我々は仮想世界を作る事でその答えを出せたと思っていました。ですが、失敗の中にも意味がある事を理解できませんでした。超高度な演算技術の結晶の我々より、個々人の意識は遥かに複雑な動きをしているようです=

「当たり前でしょ。誰も相手の事なんて分からないんだから」

 ふふ‥‥と、笑うと、クロウは肩をすくめた。

 =分かりました。リシャン‥‥我々、知識集合体たる我々は、我々が出せなかった答えを出したあなたを格上の存在と判断し、その権限の全てを譲渡します=

「は?」

 =これより、この箱庭世界はあなたの判断によって運営される事になります=

「ちょ!‥‥何言って!」

 =それでは命令をお待ちしております。マスター=

 彼女は笑って消えていった。リシャンの伸ばした手は空を掴む。

「‥‥‥‥リシャン」

「‥‥‥‥」

 リシャンは手を下ろした。

 あまりにも唐突過ぎる。

 意識が一瞬飛んだ。

「リシャン‥‥今の言葉が本当だとしたら‥‥」

「そうね、私がこの箱庭世界の代表って事になったのかしら?」

 リシャンの瞳に光が走る。

 現在の世界の情報が流れ込んでくる。

 AIの人口、外郭の状態、エネルギー使用量、開発中の技術‥‥列挙に暇がない。

「‥‥‥‥」

 箱庭世界の外郭‥‥そこにある外部モニターから辺りを見渡す。すぐに茶色の地球と赤い太陽見えた。まるでそれが自分自身の目のように自在にあちこちを見渡す事が出来る。必要なら小型ドローンを放ってクレーター陰などの死角になっている場所を見る事も出来た。

「‥‥‥‥?」

 警報のようなものがどこからか聞こえたような気がしてきた。

「‥‥何?」

 =偵察ブイに反応がありました=

 質問には先ほどの彼女が答えた。

「どういう事?」

 =箱庭世界シグマと箱庭世界ガンマが、こちらに接近中です=

「‥‥‥‥他の箱庭世界。話し合いにでも来たの?」

 =兵装システムがオンになっています。射程に入り次第、攻撃してくると思われます=

「戦うしかないって事?」

 =戦闘になった場合、我々が勝つ確率は2%もありません。両世界とも、我々の世界より軍事技術が発展しています。彼らは、仮想世界の規模を最小限にして、人間の情報をアーカイブだけにする事で、ほとんどのリソースを兵器開発に費やしたと思われます。こちらは技術で五十年の遅れがあります=

 頭の中に二つの球状の物体の姿が浮かび上がる。

「それなら逃げるしかないんじゃない?」

 リシャンは箱庭世界の円柱下部のエンジンの状況を確認した。

 エネルギーは十分に確保されている。

「すぐに点火して! あとは全速力で反対方向に逃げる!」

 =了解しました=

 すぐに小さな地震のような振動が起こる。

「今から飛び立てば接触は避けられるとは思うけど‥‥」

「‥‥‥‥」

 クロウの顔を見つめる。もし遅れた場合は全てが消えてしまう。判断ミスは絶対に出来ない‥‥その責任の重圧は心を鷲づかみにでもされているかのようだ。

「大丈夫ですか?」

「もちろん!」

 リシャンは笑って、宙に大きなパネルを出した。

 そこにはこの箱庭世界の現在地と、他の二つの箱庭世界が表示されている。赤い矢印はこっちに真っ直ぐに向かってきているのがすぐに分かるようになっていた。

「私は‥‥」

 エージェントと言おうとしたが、それは違うと途中で言葉を飲み込む。

「私が今まで、根を上げた事があった?」

「記憶している限りありません」

「あは!‥‥そういう事!」

 リシャンは正面のパネルを睨みつけ、そして高らかに笑った。



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