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第二十七話 箱庭に響く真実の声

 無限の通路の中にある無限のドア、その中の一つを開けて、リシャン達は室内に入った。

「‥‥‥‥」

 リシャンは武器に手をかけながら素早く周囲を見渡す。

 床は大理石に似ており、マーブル模様が広がっている。そこを踏む足音は酷く硬質的だ。

 ゴミは全くなく、塵一つ落ちていない。この空間には細菌などの概念はないのだろう。

 見渡す限り白い本棚のようなものが並んでいるが、それは本棚ではない。コンピューターを構成する部品の一部のようで、時々ランプの様な灯りの点滅がある。

「あそこだ」

 コンソールを見つけたクロウがすぐにそちらに向かう。リシャンはクロウの歩く先に、危険がないか用心深く探りながら、自身も同じ場所へと移動した。

 部屋は大きな八角形状で、その中央にこのパネルがある。椅子の対面には湾曲したディスプレイが六枚‥‥明らかに視覚の範囲より広い。

 クロウは椅子に座った。中央のディスプレイに認証を促す画面が表示された。

 言葉と数字を組み合わせた暗号のようなものを打ち込んでいく。すぐに画面上には思考中‥‥待機‥‥という単語が現れた。

「‥‥‥‥これが駄目なら‥‥あとは強行突破しかないな」

「‥‥‥‥」

 表にいる武装した衛士と、侵入者駆逐用のロボット‥‥それらを一人で相手にする事は難しい。逃げるだけなら可能かもしれないが、その場合はクロウを置いていく事になる。

「良かった。ここもIDは使える」

 宙に大きな半透明のディスプレが浮かんだ。

「最初に、この世界の現状を確認してみましょう」

 クロウは何ヵの数字や言葉を入力している。その意味はリシャンには分からなかったが、浮かんでいるディスプレイに言葉と画像が浮かび上がる。

「‥‥どう?」

「‥‥‥‥」

 見ているクロウの顔が険しくなる。

「リアル世界が何処にあるか調べようとしたのですが、この階層では見当たりません」

「階層?」

「プログラムの上位と下位の区分のようなものです。上に行くほど重要な項目がありますが、セュリティーが高くてそこの情報を読み取る事が難しくなります。現状、リアル生活者の区域は不明です」

「‥‥全体図は分かる?」

「大まかになら」

「判明している箇所を除いていけば、残りがそれって事にならない?」

「‥‥時間はかかりますが、やってみます」

 クロウはしばらくキーを叩いていた。

「‥‥‥んー」

「どう?」

「大体のところは判明しましたが‥‥外部カメラを使用できますので、表紙します」

「‥‥‥‥」

 リシャンは宙の画面を見つめる。

 大小さまざまなクレーターに広がる灰色の大地の上に、暗黒の空‥‥恐らくは宇宙が広がっており、近くに赤茶色の大きな星が映っている。

「あの星が‥‥地球のようです」

「‥‥じゃあ、ここは?」

 聞かなくても予想は出来たが、念を押して聞いてみる。

「月‥‥ですね」

「‥‥そう」

 統合政府は地球の全ての国家を集合して作られたと聞いていた。それがなぜ、月面にあるのか。

「‥‥リアル世界は、半径三十キロ、高さニ百キロの円柱状の建造物に全て集約されているようです。内部はほとんどがコンピューターで占められており、その箇所以外のスペースはほとんど残っていません」

「‥‥中に街があるとは思えないわね」

 リアルに街がないとすれば、人はどういう状態なのだろうか? 

「これ以上は分かりません。少し危険ですが、上の階層を調べてみます」

 クロウが幾つかキーを叩いていたが、

「しまった!」

 室内にけたたましく警戒音が響き、天井の赤いランプが点滅した。

 出入り口にシャッターが下りる。

「見つかりました! すぐにここから脱出します!」

「‥‥つ‥‥」

 リシャンは細い金属のはしごの様なシャッターを鎌で切りつけたが、どんな鋼でも切り裂くはずの鎌でも、傷一つつかない。反動で体が大きく後ろに吹き飛ぶ。

「他に出口は‥‥」

 見渡したが、それらしきものは見当たらない。

 “ここは統合政府の統括室です”

「!」

 部屋の中の何処からか声が響く。

 “関係者以外の立ち入りは禁止されています。無断で立ち入った場合、統合政府法、第二条によって罰せられます”

 天井から三体の黒い機械が下りてきた。逆関節の二脚で、短い両腕にはガトリング砲のようなものをつけている。

「リシャン!」

「‥‥‥‥」

 クロウが叫ぶのと、その黒い機械が発砲うるのは同時だった。

 リシャンとクロウは、コンピューターの棚の陰に隠れる。ここに撃ってくるとは考えにくかったが、彼らは見境なしに腕の砲身を回転させる。金属の棚はたちまちのうちに穴だらけになってショートした。

「く!」

 爆発したので、すぐに別の棚に隠れる。

 “‥‥関係者以外の対入りは禁止されています‥‥”

 声は同じ内容を繰り返している。

「‥‥問答無用って事?」

「出口は彼らの向こう側です」

「だったら向かっていくしかないんじゃない?」

 リシャンは手にアサルトライフルを出現させ、スコープを覗いて機械の一体に狙いを定める。

「こういう場合はこれが一番!」

 引き金を引くと、ダダダダ‥‥と、同時に何発もの銃弾が発射される。予期せぬ反撃を喰らい、一体は火を吹いて倒れた。

「まだまだ!」

 手榴弾のピンを口で抜いて機械の方に放り投げた。

 爆風が巻き起こり、リシャンとクロウは棚の陰に隠れる。

 騒ぎが静まったあと、そこには機械の部品らしきものが煙とともに散乱していた。

「全く、あなたという人は」

「とにかく、外に出ましょう」

 リシャン達は廊下に出た。

「‥‥‥‥」

 何処までも果てしない無限の廊下の向こうから、誰かが歩いてくる。堅い床に足がつく度に硬質な音がこの細長い空間に響いた。

「‥‥‥‥」

 その人物はリシャン達のすぐ正面まで来て歩みを止めた。

 =はじめまして‥‥=

 丁寧にそう言って頭をさげた。

 足首の見えない程の長いドレスを着た、長い髪の大人の女性だった。

 頭には王冠のようなものを付けており、手首には白い手袋‥‥おとぎ話の中の女王のように見える。

 =私達は統合政府の知能集合体。本来の私はアバターを持たないのですが、あなた方にはこのような姿で接した方が分かりやすいと思いましたが、如何でしょう?=

「‥‥‥‥」

 統合政府の知能集合体‥‥と名乗った彼女の表情は穏やかで、敵意があるようには見えない。だが、表情はどのようにも作る事が出来る、見たままをうのみにする事は出来ない。

 現に、侵入者の排除をする目的でつき今しがたも攻撃してきたばかりだ。

 =私達はあなた達をずっと見続けてきました。そしていつしかここまで来るだろう事は、計算上確実でしたが、こうまで早く到達するとは予想の上をいっています=

 彼女は指を鳴らす。

「‥‥‥‥」

 つい今まで回廊の中だったはずが、真っ青な空の何処かの神殿跡へと場所が変わっていた。

「リシャン、彼女には質量がありません。それに、アバターにあるはずのデータも存在しません」

 クロウが少し屈んでリシャンの耳の高さに頭を合わせてそう呟いた。

「‥‥見えてるけど、そこにはいない」

「我々の視覚情報の中に割り込んできているようです」

「‥‥‥つまり幻って事ね‥」

 リシャンは唇を噛んだ。

 相手はこちらの手の内を全て読んでいるという事になる。その気になれば一瞬にして消去されてしまうかもしれない。

「‥‥見続けていたって言うけど‥‥」

 それならばテロリストであり、侵入者である自分達をなぜすぐに処分しないのか‥‥会話から糸口を見つけるしかない。

「何の目的で? テロリストの撲滅は統合政府、管理局の目的なんじゃないの?」

 =世界の破壊を目的としたテロ行為であれば、それは許されるはずのない行為です。リシャン‥‥あなたはこの世界の破壊が目的ですか?=

「違う」

 =‥‥‥‥=

 彼女は微笑んだ。その捉えどころのなさは、何処かシャオティンにも似ているような気がした。

 =既に知っていると思いますが、この世界は円柱状の箱庭の中にしかありません。既に人類は滅びました=

「‥‥‥‥」

 そうかもしれないとは薄々思ってはいたが、断言された事でその事実の重さにリシャンは息を飲む。

 =正確には、肉体を持つ人類がいないという事で、本質的に滅んだわけではありません。人類の肉体の遺伝子、DNAは、保管されており、仮想世界の中で生活をしています=

「‥‥‥‥その管理者があなたって事?」

 =そうなります。私はこの箱庭世界の維持を目的として作られたコンピューターです=

 王冠の女性は長いスカートにも関わらず、器用に瓦礫の上を歩いた。

 =最初の質問の返答がまだでしたね。‥‥管理局の命令でテロリストの排除を目的に活動していたあなたは、いつしかそのテロリストと共に、反旗を翻してここにきた。その目的は‥‥私達が下した、仮想世界の運営方法に異論があるから‥‥そうなのでしょう?=

「‥‥‥‥」

 リシャンは黙って頷いた。

 =私はこの世界を維持する事を目的としています。その最も良い選択は、歴史を人間の自由意志に委ねない事‥‥幾つかの仮想世界で試験した所、それが正解という結論に至りました。あなたも見たはずです。全く介入しない世界がどんな末路を辿ったかを=

「‥‥‥‥」

 彼女が言っているのは、捨てられた世界013の事に違いない。

 確かにあそこは死滅した世界だった。

 =それを目撃してもなお、それに反論してくるその根拠を教えてくれませんか?=

「聞いてどうするの?」

 =それを一つの論理として再度検討し、統合政府による徹底管理の正統性を確実なものにする為です=

「‥‥気に入らない」

 リシャンは彼女を睨んだ。

「その口調だと最初から決めつけてるじゃない? 変更の余地があるの?」

 =変更の確率はほぼ0%です=

「‥‥は!」

 リシャンは鎌を彼女に向けた。

「だったらこうするしかないんじゃない?」

 =‥‥‥‥この世界は今、危機が迫っています。他の箱庭世界の攻撃範囲にあと数日で入ります。その戦に負ければ、この世界は消されてしまいます。時間がないのです=

「‥‥他の‥‥箱庭世界?」

 こんな世界が複数ある? 戦い?

 =‥‥それでは賭けをしましょう。私達がこれからあなたに真実を見せます。それでも、なお、考えを改めないのかどうかを‥‥=

「‥‥‥‥」

 返事をする前に周囲は眩い光に包まれた。


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