二人の刃が重なり合う度に、周囲の壁が圧力で抉れていく。
「はあっ!」
手前の鉄柱を巻き込み、青色の刃が黒衣のリシャンを捉えたかに見えたが、リシャンは首を傾けた最小限の動きで避ける。
「しまった!」
「‥‥‥‥」
かわされた赤鎧のリシャンは、逆に大きな隙を作ってしまった。が、黒衣のリシャンの武器はリーチこそ長いがこのような超接近戦では逆に不利になるはずだ。そう確信して体をひねって体勢を整えようとしたが、
「甘い!」
それより早く鎌の刃の短い方で胸を打たれた。
「‥‥かはっ!」
バク転して追撃してくる鎌の刃を蹴り上げて止めた。そこまでは予想していなかったらしく、黒衣のリシャンはよろめく。
「!」
二人は同時に相手との距離を取った。
「‥‥はあはあ‥‥」
戦乙女のリシャンは、額から流れてきた血に片目を閉じる。シャオティンとの戦いからの連戦でダメージが蓄積されている。このまま戦い続ければこちらが不利になっていく事は明らかだ。
認めたくはないが、あの偽物は高い技量を持っている。
「‥‥上等じゃない」
だとしても負けてやらなければならない義理はない。相手が格上だとしても何か方法があるはずだ。
「‥‥‥‥そうか」
シャオティンはあの時、格上だった自分を追い詰めた。
危険な賭けだが、同じ方法をとれば良い。
絶対に負けるわけにはいかないのだから。
「‥‥‥‥」
シャオティンにやられた左肩がしびれてきた。うまく使えそうもないので盾は捨てた。
身軽になった所で狙いを黒衣のリシャンの胸に定める。
この遠距離からこのまま突進していけば、彼女はこちらの狙いを察して的確に防ぐはず。そしてその隙を狙ってさっきのようにカウンターを打ち込んでくる。
それこそが真の狙い。
「‥‥ふふ」
リシャンは口元の血を拭い、笑みを受けべながら剣の切っ先を向けたまま高速で向かっていった。
「覚悟!」
「‥‥‥‥」
思った通り、回避しない。動きを読んでいると思っているのは確実。黒衣のリシャンは棒の柄で剣の軌跡を反らした。
そして上から炎の鎌が振り下ろされた。
「ぐはっ!」
その鎌を脇の下に力を入れてがっちりと閉める。
想像以上の痛みが走る。だが我慢出来ない程ではない。むしろこの程度でこの偽物を捉える事が出来たならぬるすぎるぐらいだ。
「‥‥これで‥‥あなたは逃げられない‥‥」
「‥‥‥‥」
シャオティンの時はこのような状態でも力の差を使って無理に逃げたが、純粋な力ならこちらの方が上‥‥もはや黒衣のリシャンに逃げ場はない。
青の剣を振り下ろそうとしたその瞬間、その刃は、何かに弾かれた。
「‥‥‥‥なんで?」
「‥‥‥‥」
黒衣のリシャンは鎌の柄を二つに分断していた。固定していた鎌はそのままだったが、彼女の手には半分になった鎌があった。
「これで終わり!」
「‥‥‥‥」
鋭い痛みが肩口から斜めに体を突き抜けていく。
「‥‥‥‥私は‥‥絶対に‥‥」
赤鎧のリシャンは、その鎧を更に赤く染めながら倒れた。
「‥‥‥‥」
リシャンは倒れている自分と同じ顔の少女を見て、顔を曇らせた。
=あああああ‥‥=
遠くで見持っていたクロウが飛んできた。
=リシャン! 大丈夫です! まだあなたは!=
「‥‥‥‥これで大丈夫だとしたら‥‥私は‥‥人間じゃないって‥‥事に‥‥なるんじゃない?」
=‥‥‥‥‥‥=
クロウは言葉を失った。
「そこの‥‥偽物‥‥」
「‥‥‥何?」
「私が‥‥負けたのは‥‥技術的な問題であって‥‥それは‥‥私が生きてきた‥‥想いが弱かったわけ‥‥じゃないから‥‥ね‥‥そこの‥‥所は‥‥」
「‥‥もちろん」
「だから‥‥あなたに‥‥私の‥‥想いを託すから‥‥覚悟しなさい‥‥げほっ」
=リシャン! これ以上は体の負担に=
クロウの言葉を鎌で制止する。
「余計な事を言って辱めるな」
=‥‥‥‥=
「‥‥お願‥‥い‥‥」
「‥‥‥‥」
リシャンは大きく頷く。それが見えているのかいないのか‥‥笑みを浮かべ、それきり力が抜けて頭が横になった。
金の光の球に変化し、そしてその球は無数の光に変わってリシャンの中へと入っていく。
「‥‥‥‥」
気が付けば彼女だったものの存在はそこから消えていた。
「‥‥あなたの想い、確かに受け取った」
リシャンは胸に手を当てる。
=あああ‥‥ああ‥‥=
クロウは消え去った場所に立ち、ただ嘆いている。
=なぜです! なぜなんです! どうしてあなたという人はこうなんですか! どうして自分から危険な事に首をつっこむんですか! 今だって本部との連携を切ってなければ消えていたのはあなたの方でしたよ!=
「‥‥‥‥」
=私はあなたの‥‥リシャンの担当になってからもう何人ものあなたをこうして見送ってきました。積み重なっていく絶望があなたには分かりますか! 今度こそリシャンには幸せになってほしかった‥‥ヴァイアスなどという危険なテロリスト集団がいなくなれば、あとは安全に‥‥たまに休日を楽しむ普通の女の子として生きてほしかった!‥‥それなのに!‥‥ああああ!=
「‥‥‥‥」
前に休日で街を散策した事を思い出す。クロウがやけに進めてきたのはそういうわけがあったようだ。
そういえば猫の飼い主のあの少女は元気にしてるだろうか。
「‥‥あなたに許して欲しいとは思わない。私も彼女も自分の矜持をかけて戦った。それを否定するのは彼女を侮辱すると同じ事」
=‥‥‥‥=
「‥‥‥でも‥‥ありがとう‥‥‥」
リシャンはクロウに背中を向けた。
次にやる事は、この世界からの出口を見つける事だ。
そしてその先にある管理局のサーバーに侵入する。途中でどれほどの妨害があるのだろうかは分からないが、行った先で判断するしかない。
やるべき事はまだ山積みだ。
「‥‥‥‥!」
地響きが起こった。リシャンは姿勢を低く保つが、ビルのあちこちが倒壊してきている。
=リシャン、あなた達がやりすぎたのです。本来ならここまで歪むとは想定はしていなかったのですが‥‥この仮想世界はじきに崩壊します=
「‥‥そう」
ならば一旦、シャオティン達を連れて元の場所に戻るしかない。
リシャンはシャオティンが倒れている場所まで戻ったが、クロウもついてきた。
=おお、リシャン! やったんだな!=
「‥‥当たり前でしょ。それよりも、この世界はもう駄目みたい‥‥」
シャオティンは横になったまま動かない。
そうしている間にも揺れが起こる。段々強くなってきているようだ。
「ここから戻って‥‥」
クロウが途中で言葉を遮る。
=残念ですが、それは無理です。013とは完全に切断されています。013だけではありません。この仮想世界は他の仮想世界との繋がりを持たないスタンドアローンの世界。戻る手段はありません=
「じゃあ、ここで皆で一緒に消える? そんなわけにはいかないでしょ?」
=一つだけ手はありますが‥‥=
「‥‥‥‥」
=本意ではありませんが‥‥他の仮想世界に移動できないとすれば、方法は一つ‥‥この仮想世界を作っていたサーバーに潜り込む事です=
「それって‥‥」
=あなた方が目標としている管理局サーバーの事です。まだ私のIDが有効だと思うので、そこから侵入出来ます=
一際大きな揺れが起こり、遠くの巨大なビルが倒壊した。
「クロウ‥‥なぜあなたがそんな事を?」
=私だってまだ死にたくはありませんから‥‥=
「‥‥?だってあなたはただの連絡用デバイスで‥‥」
=まだそんな事を信じているんですか?=
カラスの体が光りだす。光は大きくなり、やがて一人の人間の姿を形作った。
「これが本来の私の姿です」
「‥‥‥‥」
黒いスーツを着た黒髪の青年‥‥クロウは一瞬で人に変わった。
「それに‥‥」
かなりの高身長で、リシャンを上から見下ろす。
「私はもうあなたを失いたくはありません。ですので、危険に首を突っ込まないようにあなたを説得するのは諦めて、最初から協力する事にしたのです」
「‥‥クロウ‥‥」
どう反応して良いか分からず、リシャンは他に言葉が見つからない。
「私も‥‥人間ではありません‥‥あなたと‥‥あなた達と同じAIです」
クロウは頭を下げた。
「とにかく今は‥‥」
クロウは手を宙に翳す。そこには見た事のある暗黒の穴が開いた。
「さあ、急いで! もうここは長くは持ちません!」
リシャンはシャオティンの側に寄った。肩を担ごうとしたが、
「‥‥‥‥」
途中でおろした。
「‥‥さすが‥‥ね‥‥私はもう‥‥移動には耐えられないから」
「‥‥‥‥」
クロウの顔を見たが、クロウも顔を曇らせただけだった。
「私の‥‥想いも受けって‥‥リシャン」
「それは自分でやって!」
リシャンはそう言い放ち、穴の前に立った。
「サーバーに侵入したら、すぐに戻ってくる。それだけの話!」
「‥‥‥‥ふふ」
「レイブンはどうする?」
=俺はここに残る。シャオティンのパートナーとして見届けなければならないからな=
「‥‥‥‥」
リシャンは唇を噛みしめ、穴に向かった。
「絶対に何とかするから、諦めないで!」
=分かった、リシャンも気をつけろよ=
「当然!‥‥」
リシャンは込み上げる想いを押さえる為に大きく息を吸い込む。
「さ、行くわよクロウ!」
「了解です」
リシャンが穴に入り、クロウが続いた。
直後に揺れが地面に大きくヒビ割れを作った。ヒビの奥には何も無い。ただの無が広がっているだけだ。
=さて‥‥どうなるものだか‥‥=
「‥‥リシャンが‥‥心配?‥‥」
=当然だが‥‥シャオティン‥‥何をそんなやり切った顔をしてる?‥‥戻るまでが任務だと教えたはずだ=
「ふふ‥‥私は‥‥不出来の‥‥弟子だった‥‥から‥‥」
天井が裂けていく。暗黒の闇がゆっくりと落ちてくる。
=‥‥‥全く、なってない!‥‥この馬鹿者が=
レイブンはシャオティンの上に乗った。
「あとは‥‥頼んだわよ‥‥リシャン‥‥」
直後、時間も空間も無い闇が世界を包んだ。