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第二十四話 紅き炎と青き刃

「ここは‥‥」

 リシャンが立っているのは恐らくは何処かの学校のグラウンド‥‥それ以外に具体的にどこにいるのか分からない。

 放課後なのか、陸上部の生徒が走っており、応援する女子生徒の声も響いていた。

 春先なのか秋口なのか、寒くも暑くもない。

「‥‥‥‥」

 大きく息を吸い込む。芽吹きの若葉の匂いを感じるという事は、今は春の方なのだろう。

 自分を見下ろしてみれば、白い着物に赤い帯の姿だ。目立っているはずだが、誰も注目してこないのは、認識阻害の効果に違いない。

「お久しぶりです、死神さん」

「!」

 そのはずだが、不意に後ろから女子生徒に声をかけられた。

「‥‥‥‥」

 リシャンは振り向いて彼女を見つめる。

 昔、何処かで会った事がある気がする。それが遠い昔のような、最近のような‥‥。

「ああそうか」

 しばらく顔を見てると思い出してきた。

 彼女は新山ひなた‥‥テロリストが彼女のAIを操作して、汚染された結果、やむなく廃棄する事になった、そのAIだ。

 翌日までに処分の決定に、時間経過を超高速にして一生を一日で終了させた経緯がある。

 しかし、なぜその彼女がここにいる?

「‥‥何だ夢か」

 リシャンはそう結論づけた。

「夢‥‥ですか?‥‥そうですね」

 ひなたは別にそれを否定するわけでもなく、リシャンの隣に立った。

「のどかですよね‥‥私もなんだかずっと夢を見てるみたいでした」

「‥‥‥‥」

 ひなたは笑って両手を後ろ手に組み、顔をリシャンに押し付けてきた。

「もしかして死神さん‥‥ちょっとだけ戸惑ってますか?」

「‥‥何を?」

「もしかしたら、今までの記憶‥‥思い出が全部、消えてしまうんじゃないかって‥‥」

「‥‥‥‥」

 見透かされた気分になってリシャンは息を止める。

「大丈夫ですよ。何も消えたりはしませんから」

 ひなたは顔をあげる。

「記憶は‥‥心の中にあるんです。心は魂だから‥‥絶対に消えたりはしません」

「そんな事、分かってる」

 リシャンはため息をついた。

「ただちょっとだけ‥‥一息つきたかっただけ」

「あ、そうでしたか。すみません」

 ひなたは首を大きく横に振った。

「‥‥でも、そう言ってくれたおかげで、決心がついた」

 ひなたの肩を抱く。

「それじゃあ‥‥」

 リシャンはその後に続く言葉を考えた。

「‥‥じゃあ、またね」

「はい」

 ひなたが笑った。それと同時に辺りは白い輝きに包まれる。

 すぐに何もない真っ白な世界へと変わった。

 が、何もないわけではない。リシャンはその事を知っている。

 魂がそれを証明してくれている。

 出会った全ての人を覚えている。それこそが‥‥。

「私が私である証!」

 叫ぶと同時に、光の靄が消え去る。

「‥‥‥‥」

 気が付けばそこは、さっきまで戦っていた場所。

 人類の歴史の過渡期で、破棄された都市の仮想世界だ。

「‥‥‥‥シャオティン?」

 誰かが路上で倒れているのが見えたが、それはすぐにシャオティンだと分かった。

 =‥‥リシャン‥‥間に合ったか‥‥=

「‥‥シャオティンは?」

 =‥‥‥‥‥‥=

 レイブンは答えない。覗き込んだシャオティンの顔は眠っているようにも見える。

 だが彼女の服は血まみれで、すぐ近くに折れた長柄の武器も置いている。いかに戦闘が過酷だったかが伺える。

「‥‥私は‥‥大丈夫‥‥」

 目を瞑ったまま、シャオティンは口を開いた。

 そうは言っているが、平気な状態ではない事はリシャンにも分かっていた。

「‥‥そんな事より‥‥」

「分かってる‥‥」

 突然に動きだしたリシャンを怪訝に思ったのか、赤い鎧のリシャンは攻撃してこない、じっとこちらを見つめている。すぐには来る気配はないようだが、それも定かではない。

「‥‥守備は‥‥どう?」

「上等」

「‥‥‥‥あなたは‥‥相変わらず‥‥ね‥‥」

 シャオティンは笑みを浮かべた。

「ありがとう‥‥」

 小さく呟いてから、戦乙女に体を向ける。

「レイブン‥‥シャオティンをお願い」

 =‥‥分かった、任せておけ=

「‥‥‥‥」

 頷いたリシャンは歩いていく。

 ただ真っ直ぐに、これから戦う相手の顔だけを見つめながら。

 迷いは何もない。

 圧倒的な力の差を見せられた相手ではあったが、今は負けるとは微塵も思えない。

 その自信の源は心から湧き上がっているものだ。

「‥‥‥‥ふふ‥‥」

 周囲から光の粒がリシャンの体に集まってくる。一つの光球になった瞬間、今度は弾けて飛んで行った。

「‥‥‥‥私は‥‥」

 着ていた赤い着物が変化した。黒色のフレアスカートの端や袖、あちこちに灰色のヒダが付いている黒いゴシック調の衣装になった。

「‥‥私の矜持にかけて‥‥」

 背中から翼が伸びた。

 それは漆黒の翼だった。翼は周囲の光を受けて黒く輝き、瓦礫の通りを刹那の光で照らす。

「‥‥‥‥私はあなたを乗り越えていく」

 手の中に棒状の武器がゆっくりと姿を見せる。

 長い金属の細い棒の両端に鉄が焼けたような色の鎌が付いている。

 その鎌の刃は実際に燃えているようで、周囲の空間を揺らめかす。

 黒衣のリシャンは、戦乙女のリシャンの正面に立った。

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 二人は何も話さない。ただ互いの顔を見つめている。

 =リシャン‥‥=

 クロウのその言葉はどちらに向けられたものなのか‥‥区別がつかないはずだが、二人にはすぐに分かった。奇しくも‥‥ではない。お互い以上に互いの事を知っている者はいない。

 クロウのその言葉は黒衣のリシャンに向けられたものだった。

 =あくまで、管理局の敵となって立ちはだかるつもりなのですか?=

「私の行く手を遮るなら、そうなるでしょうね。目的の為の手段として、仕方なく敵対するしかない。それはそこの私も一緒だと思うけど?」

「全く同感ね」

「ふふ」

「はは」

 二人は同時に武器を相手に向け、切っ先を合わせた。

 青の光の剣と赤の炎の鎌が火花を上げて、互いの顔を照らし上げた。

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 どちらかが合図したわけではない。二人は翼を使ってきりもみしながら上空へと舞い上がっていった。その軌跡は青と赤の粒子が後方に捻じれながら引く事になり、それは一つの彗星のようにも見えた。

 =‥‥リシャン=

 地上に残されたクロウは、呟いてその行く先を見つめた。





 二人は刹那の時間で上昇の限界に達した。そこはオゾン層が破壊された後、人類を守っていた電磁シールドが張られていた区域だが、仮想空間ではそこはフェイクであり、ただの空の色をした壁にぶち当たる。

「!」

「‥‥‥‥」

 天井に沿って互いに逆方向に飛び退き、そこで同時に翼からガラスの羽と、黒の羽を飛ばした。ほとんどが相殺されたが、残った羽が周囲の壁に突き刺さり、ヒビを入れていく。

「‥‥はああっ!」

 漆黒リシャンは鎌を回転させた。炎のリングが手を離れて戦乙女に向かっていく。

「ふん」

 光の剣で二つに斬ると、リングは胡散霧消した。が、すぐに第二、第三のリングが向かってきた。

「‥‥面倒!」

 リシャンが盾を構える、黄金の光が全面に伸びてリングを飲み込んでいった。

「‥‥‥‥!」

 盾を構えていたリシャンは、その光の先に違和感を感じて目を凝らす。

「まさか!」

 黒衣のリシャンはその光を鎌で二つに裂きながら直進してきていた。

 気づいた時には鎌の間合いに入っていた。

「‥‥く」

 剣で受けようとしたが、リーチは向こうの方が上だった。反射的に盾を向けた。

「普通はそうするよね!」

 上から振りかぶるモーションを見せていたが、それはフェイクで、すぐに真横からの振りに変化させた。既に剣の間合いではあったが、戦乙女のリシャンはその可能性を考えてはおらず、燃える鎌の切っ先は赤い鎧に直撃した。

「ぐはっ!」

 鎧のおかげで切り裂かれる事はなかったが、衝撃がリシャンを襲い、体勢を崩した戦乙女は、遥か下方の路上へと叩きつけられた。

 落下の衝撃が四方に広がり、近くの建物の幾つかは崩れ落ちる。

 =リシャン!=

 大きく抉れた地面の中央に、赤鎧のリシャンが横たわっていた。

「‥‥こんな‥‥事で‥‥」

 力を込めて体を起こす。

 自分の中を通り過ぎていった人々の顔が流れていく。

 そんな人々の想いを受けっている。

 偽物に負けるはずがないのだ。

「‥‥私は‥‥負ける‥‥ものか‥‥」

 見上げれば黒衣のリシャンは翼を羽ばたかせて、静かに降りてくる。対照的にトン‥‥という小さな音だけで大地に降り立つ。

 =‥‥なぜ‥‥全てのスペックが‥‥勝っているのに‥‥=

「そうね、上回ってるのは経験ぐらいかもね。でもね、それが分からないから管理局‥‥統合政府は間違った判断をしてしまう‥‥それが分からないんでしょうね。シャオティンにも同じ事を言われなかった?」

 =‥‥‥‥=

 黒衣のリシャンが近づくと、赤のリシャンは何とか立ち上がった。額からは血を流している。よくよく見れば肩も負傷しているが、恐らくはシャオティンがつけたものだろう。

「まだ‥‥勝負はついていない!」

 剣の切っ先を向けてきた。

「勝負はこれからっ!」

「全く、同感、さすが私!」

「はああああ!」

「‥‥‥‥」

 同じ声の二人は同時に得物を切り結んだ。

 その衝撃は、廃墟に残ったビルの壁を吹き飛ばしていった。



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