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第二十三話 紅き鎧と蛇の意志

=どうにも向こうの方が何枚も上手のようだ=

「‥‥‥だからと言って降参するわけにはいかないでしょ」

 レイブンの言葉にリシャンは不敵な笑みで返した。

「リシャン、こちらの攻撃は弾かれてしまうようです。もっと大ダメージを与える必要があります」

「‥‥そんな都合良く‥‥」

 言葉の途中で光の剣が斜めに降ってきた。剣は一本のはずだが、その軌跡は無数の針のように見える。

「‥‥ぐ」

 リシャンの腕の何か所かが切り裂かれる。

「レイブン!‥‥彼女のあの状態について何か情報はない?」

=‥‥恐らくはそう長くは続かないとは思うが‥‥あれはサーバーに負荷をかけすぎている=

 合流したシャオティンが間に入る。

「‥‥だとしても、この空間自体を捨て駒にするつもりなら、そんな事は気にしないでしょうね」

=いや、負荷は彼女にもかかる。彼女を構成するプログラムがその情報量に耐えられなくなるだろう=

「‥‥って事は持久戦に持ち込めばいいって事?」

=そうもいかんかもな。無限に行動出来ないだけで、その持続時間がどれほどかは分からない=

「‥‥全く!」

「!」

シャオティンは赤い鎧のリシャンの振り降りした剣を笛で受けた。笛は真っ二つに切断され、シャオティンの胸を切り裂いた。

「‥‥ぐ」

=シャオティン!=

「大丈夫、傷は浅いから」

シャオティンはそう言いながら、手に長柄の武器を取り出す。先端にうねった金属がとりつけられている太い棒だ。

「これならそう簡単には壊されないはず」

=しかし‥‥=

「逃げるにしても、向こうの方がスピードは上‥‥やるしかない」

=いっその事、事実を彼女に話してみてはどうだ? 統合政府と管理局の真実を伝えれば‥‥=

「無駄ね」

 地上に降りてゆっくりと歩いてくる自分と同じ姿の少女を見つめながら、即答した。

「彼女は彼女の信じるものの為に戦っている。それは私も同じ。あなた達もそうでしょ?‥‥私が真実を知る為にどれだけの時間が必要だったか‥‥。しかも、結局は目で見たから信じた。彼女は人の言葉で信念を曲げたりはしない。それはシャオティン‥‥あなたも知ってるでしょ?」

「ふふ‥‥そうね」

 シャオティンは目を閉じて笑みを浮かべた。

「あなたほど、頑固な人はいないと思うわ」

=ではどうする? このままではじり貧だぞ=

「‥‥‥‥一つだけ手がある」

 シャオティンが懐から小さな細長いものを取り出した。

「それは?」

 良く見てみればそれは注射器のようだ。

「‥‥ランユーが作った強化プログラム。これを使えば、アバターの能力を大幅に向上させる事が出来る」

「そんなものがあるなら最初から!」

赤鎧のリシャンが剣を振った。宙に無数の光の剣が出現し、矢の様に飛んでくる。

 シャオティンは長柄の武器を回転させてそれらを弾いた。

「‥‥‥‥」

 シャオティンは首を横に振った。

「精神や人格プログラムに蒸着させるから、これを使う事でそれまでの自分ではいられなくなるかもしれない。それにテストもしていない。成功するとも限らない。失敗すれば人格プログラムが消滅する可能性もある。持ってはきたけど、出来れば使わないにこした事はない」

「‥‥なるほど。ぶっつけ本番って事ね」

「私がこれを‥‥」

 シャオティンが言いかけたが、

「それは駄目ね」

 リシャンはそれを止めた。

「‥‥‥‥」

「あいつを倒すのは私の役。当たり前でしょ? あいつは私なんだし。あの頑固者を何とかするのは私の役なんだから」

「‥‥‥‥言っても聞かなそうね」

 注射器をリシャンに渡す。

「使ってからプログラムが蒸着するまでは時間がかかる。それに、その間、あなたは動けない」

 シャオティンは棒を回転させてリシャンの前に出た。

「そういう事でそれまでの間、私たちでリシャンを守るわよ」

=やれやれ、戦闘は苦手なんだが=

「‥‥‥‥よろしく」

リシャンは少しの躊躇もなく腕に注射針を刺した。そんなリシャンの様子をみていたシャオティンは微笑む。

「あなたにはあなたの矜持があるように、私にもそれはある‥‥それがまさかこんな事だったなんてね‥‥」

=不満か?=

「いいえ」

 シャオティンは蛇棒を構える。

 その顔には満足そうな笑みを浮かべている。

「これで管理局と統合政府の中枢に行けるなら‥‥本望というもの」

=しかし、それを直には見れないのだぞ?=

「ふふ‥‥それはまだ分からないでしょ」

 動かなくなってしまったリシャンの頭を撫でる。

「‥‥こういう時は‥‥何て言ったかしらね‥‥」

=‥‥‥‥=

「‥‥青臭い後輩なんかには負けないからね!」

 リシャンのように大声で叫び、蛇棒を回転させて柄で地面を叩いた。

「ここから先は通さない! 私の矜持にかけて!」

「‥‥‥‥」

 リシャンは翼を畳み、そう言うシャオティンを睨む。

=‥‥恐らく、奴は数秒先の未来を見る事が出来るか、数秒元に戻る事が出来る‥‥厳しいぞ=

「‥‥分かってる」

シャオティンはリシャンを見つめる。それは今まで何度も戦い、倒してきた相手だった。その度にそのリシャンが心に刻んできた事、譲れない想い‥‥全てを受け取ってきた。心を押し殺し、世界の為と黙々と遂行してきた。目の前の彼女もまた、彼女の思う矜持に従って動いているのだろう。

今さら何も言う事はない。

 ただ全力を尽くせば良い。

「‥‥‥‥」

 早さ、一撃の重さ‥‥それらはリシャンが勝っている。それにも増して、先読みのような能力や、管理局のバックアップもある。

「‥‥だとしても‥‥」

 正面の戦乙女のリシャンは、生まれてまだ間もない。それに比べて十年以上の経験が自分にはある。必ずしも全てが不利というわけではない。

=シャオティン!=

「!」

 リシャンの突きを、蛇棒の先で避けるが、衝撃波が全身を貫く。

「‥‥‥‥」

 大きく後方にジャンプし、一回転して地面に降り立った。

 切れた頬から血が流れる。脇腹の一部も出血しているようだ。

「まだ分からない? もう降参したら? あなたの体がリアル世界のどこにあるか教えてくれれば、それで攻撃はお終い。それで良くない?」

「‥‥‥‥ふふ」

やはり何も分かっていないリシャンに、シャオティンは頬の血を腕で拭いながら、不敵な笑みを浮かべる。

=‥‥どうやら奴の限界は三秒のようだ、つまり‥‥=

「‥‥その範囲でどの選択肢を選んでも避けられない攻撃を当てれば‥‥」

=そういう事になるが‥‥=

「それだけ分かれば上等。相変わらずレイブンは当てになるわね」

=その言葉が聞ければ俺も上等だ=

「!」

 リシャンが翼を大きく広げる。そこから無数のガラスの様な羽が飛んできた。

 シャオティンは棒を回転させて弾く。そこから外れた羽が、シャオティンの体に突き刺さっていく。

「‥‥‥‥」

 顔を正面に向けたまま、視線だけで遮蔽となる場所がないかを探す。

 通常の壁では防げないが、近くに大きな岩場があった。そこに隠れるのが定積だが、そこに行く事はリシャンにはお見通しだろう。

 岩場までの移動に二秒、リシャンが到着するのに一秒‥‥、そこから先は‥‥。

「‥‥‥‥」

 シャオティンは岩場の陰まで走った。その行動は読まれているはずだ。

 隠れて一秒、すぐにシャオティンは遮蔽役の岩から体を乗りだす。

「‥‥な!」

 隠れた所を、後ろから切り付けるつもりでいたリシャンは、背中を向けているはずのシャオティンが、こちらを向いて武器を振るってきた事に、意味が分からずにいた、その僅かな判断の遅さがシャオティンに半歩の余裕を与えた。

「はっ!」

 シャオティンが蛇棒を真っ直ぐにリシャンに突き立てる。リシャンは盾で受けようどしたが、軌跡をずらしただけで、肩の鎧を貫いた。

「‥‥く!」

 次にシャオティンが行う動作は、体を回転させてからの引き斬りだったが、回転はさせたものの、武器を振らずに体を密着させてきた。

「‥‥‥‥」

 この位置からでは、予測パターンが多すぎる。判断出来ずにいると、棒の柄で突いてきた。

「ぐ!」

 リシャンは一旦、距離を取った。大きく後方に飛び退く。

 もしかしたらシャオティンはこの力を知って逆手に取っているのかもしれない。

「‥‥上等!」

 リシャンは管理局との接続を切った。

=リシャン! 何を⁈=

 その行動にクロウは驚きの声をあげた。

「これは、私とあなたとの戦い! こんなものはいらないんだ!」

 水色に輝く光の剣を振り上げながら、高速飛行でシャオティンに迫った。

「‥‥‥‥」

 シャオティンは動かなかった。構えの姿勢もとらず、直立不動でじっとこっちを見ていた。

「‥‥どういうつもりか知らないけど!」

 リシャンは目標をただ一点に絞る。

「もう避けようがないんじゃない⁈」

「‥‥‥‥」

 リシャンの剣はシャオティンを貫いた。

 背中から夥しい血が、まるで深紅の翼のように吹きだす。

「‥‥これで」

「‥‥?」

 口から血を流しながらも、リシャンの腕をぐっと掴む。

「あなたはもう‥‥逃げられない!」

「!」

 シャオティンの蛇棒がリシャンを捉えた。


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