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第二十二話 宿命の刃が交わるとき

 =リシャンの読み通りなら。テロリストはファイヤーウオールを突破してこちらに向かってくるはずです=

「‥‥‥‥」

 過去の世界を再現した仮想世界の中、リシャンはテロリストが出現する予定ポイント付近の路上で待機している。

「それにしても何でこの世界を選択したの?」

 =大規模なプログラムを展開する為には、ある程度の広さと、破壊されても歪まない空間が最適なのではないかと。とは言えこの世界は一時的に展開されているだけで、事が終了次第、消去されます=

 クロウが説明する。

「‥‥大規模なプログラムね」

 =管理局より、全ての攻撃プログラムの使用が解禁となっています。その中には開発中のマルチブルフォームやタイムシフトも含まれています。本部との直接リンクによるアバターの高速処理も可能です=

「そこまでするの?」

 =ヴァイアスを壊滅出来れば、仮想世界の維持は容易になりますから。今回はシャオティンを倒す絶好の機会です!=

 クロウは珍しく興奮しているようだ。

「嬉しそうね」

 =それはそうですよ。奴らを殲滅出来るかもしれないのですから‥‥最新プログラムの具申も面倒でしたが、その甲斐はあると思いますよ=

「‥‥ふふ」

 リシャンは空を見上げる。雲の無い赤茶色の空が広げる風景は、空自体が錆びてでもいるかのように見えた。

「もし‥‥ヴァイアスを掃討出来たら、私はお払い箱なんじゃない?」

 =そんな事はありませんよ。まだまだこの仮想世界を脅かすテロリストが蔓延っています。それらを叩いてもらわなければなりません=

「‥‥‥‥でも、もしさ‥‥そんな奴らが皆、いなくなったら‥‥」

 ほんの僅かの間だが、好意を寄せてきた男子生徒の事を思い出す。

 あのまま何事もなかったら、どうなっていたのだろうか。

 もし、管理局から、彼の消去を指示されなかったら‥‥。

 もし、自分がエージェントではなく、ただのAIだったら‥‥。

「‥‥‥‥」

 あまりにも、もし‥‥が多すぎて、考えているうちに笑ってきた。

 =エージェントでいる事が苦痛ですか?=

「‥‥‥‥どうかな」

 未熟児として生まれて、そのままリアルの生活は送る事は最初から出来なかった。両親は統合政府へ、娘‥‥自分の所有権を譲渡し、そのおかげで仮想世界で生きていく事ができている。リアルでの虚弱な身体を保護しながら、仮想世界に接続を続ける事は、非常に困難であり、両親は賢明な判断をしたと思っている。

 つまりは自分という存在は人ではなく、統合政府と管理局の道具でしかない。

 道具としてのみ、生きていく事が出来る。

 =リシャン‥‥あなたは生きていけますよ。この世界で誰よりも自由に=

「どうして、そう思うの?」

 =あなたが倒れる姿を、私は見たくはないからです=

「あは‥‥つまりクロウが保証してくれるって事?」

 =そう思ってもらっても構いませんよ=

「‥‥‥‥」

 からかったつもりが、そのまま返してきたのでリシャンは口ごもる。

「‥‥ねえ」

 =何でしょうか?=

「クロウは‥‥私と管理局との橋渡し役だけど‥‥それだけ?」

 =‥‥‥‥=

「‥‥‥‥」

 しばしの沈黙が流れた後、クロウが先に口を開く。

 =私は‥‥あなたを死なせたくはありません。その光景は‥‥悲しすぎます=

「‥‥‥‥」

 答えになっているような、無いような‥‥リシャンはため息をついた。

 =‥‥所で、今回はあなたの偽物も混じっているようです=

「へえ、テロリスト界隈では私も有名になったものね」

 =まあ、所詮は偽物です。今のリシャンの相手にはならないでしょう=

「‥‥そうかもね」

 細かな振動が伝わってくる。地面が揺れているというよりは、空間そのものが揺れている。どこかで鉄板が引き裂かれる甲高い音が響いた。

 =奴らがきます。注意してください=

「‥‥‥‥」

 リシャンは正面の壁を睨む。黒い渦が現れ、そこから黒い風が吹き出す。

 風がやんだ後、霧となって残り、それは二人の人影に変わっていった。

「‥‥‥‥あれが」

 リシャンはビルの上から飛び降りた。その途中で鎌を出現させる。

 人影はこちらをじっと見ていた。

 一人は黒髪、長髪の女性、シャオティン。もう一人は赤い着物の少女。おまけに、大きな鳥のようなものもいた。

 =あなたの推測が正しかったようですね。テロリストの本隊はこちらで正解でした=

 足元のクロウが呟く。

「全く、性懲りもなく世界を歪ませようとするなんて‥‥」

 鎌の柄の先を掴み、大きく振り回す。何段かに縮められていた柄が伸びる。

「来い! シャオティンと私の偽物! この世界の全てのAIの為‥‥テロリストは排除する!」

 鎌を振る。崩れかけた鉄の地面の上を、衝撃波が走っていく。赤い着物のリシャンは同じ仕草で鎌を振り上げ、その波をぶつけて消した。

「いきなりご挨拶ね」

 赤いリシャンはそう言って笑った。

「私が偽物だと言ってるみたいだけど、それを決めるにはまだ早いんじゃない?」

 クロウが遮った。

 =リシャン! 奴らは言葉で惑わしてくる!=

「分かってる!」

 一瞬、姿勢を下げてそこからダッシュして、偽物リシャンに迫る。

「テロリストの言葉なんて!」

「!」

 二つの鎌が重なり会い、赤い火花が、密着した二人の顔を照らす。

「む!」

 刃を合わせていたその時、シャオティンが脇から笛を突いてきた。横眼でその軌跡を確認しながら、後方へ飛び退き、二人から距離を取る。

「私を忘れてるみたいね」

 シャオティンは笛を口に当てる。穏やかな旋律が、廃墟の街に響き、直後、足元の瓦礫が盛り上がり、鋭い破片が襲ってきた。

「‥‥‥‥」

 リシャンは鎌を回転させて弾き返した。跳ね返った欠片が路上や壁に突き刺さる。

「クロウ!」

 =了解です。監視者権限に基づき、緊急事態SSに属する事項と判断。特SS能力をエージェント、リシャンに貸与=

「‥‥‥‥」

 目もくらむ程の白銀の光が辺りに満ち溢れ、リシャンの姿が見えなくなる。

 流れる光の球はまるでそれが花びらのように流れていった。

「‥‥‥‥」

 リシャンはいつの間にか閉じていた目を開く。

 身に着けていたのは深紅の鎧、具足、小手‥‥金色で縁取られた同じ赤色のカイトシールドを手に携えている。

 そして背中には大きな天使の翼‥‥恐らくはこれで自由に空を舞う事が出来る。

「‥‥ふふ‥‥あは!」

 リシャンは腰に下げていた筒を掴む。そこから青白い光の剣が伸びた。

「随分と派手になったじゃない」

 偽物リシャンが睨んでくる。

「‥‥格好だけじゃない‥‥これで‥‥」

 リシャンはシャオティンに向けてダッシュした。

 反応速度が加速されており、シャオティンが気が付いた頃には既に正面にリシャンが立っていた。

「!」

「終わり!」

「!」

 シャオティンは笛で受けた。衝撃が全身を遅い、服のあちこちが破れて血が噴き出す。

「‥‥く」

 すぐに距離を取る。リシャンは後を追わなかった。

 攻撃したと同時に偽物リシャンが上から鎌を振り上げてくる。その事実は既に分かっていた。

 数秒間だけ時間を巻き戻す事が出来る。その力を駆使する事で、どんな不利な状況でも覆す事が可能となっている。

 振り向く事なく無造作に剣を掲げる。鎌は弾かれて偽物リシャンはよろけた。

「何⁈」

 よろけながら鎌の先端で鎧のリシャンを突く。が、その攻撃も盾で弾かれた。

「‥‥‥‥」

 偽物リシャンとシャオティンは左右に別れた。

「‥‥‥‥なるほど、コンビネーションはばっちりって事ね」

 リシャンは左右に素早く視線を走らせる。最初にリシャンが攻撃して、次に笛で目くらましをしたシャオティンが真後ろに回る‥‥。それらは画像として、リシャンには見えていた。

「‥‥‥‥」

 分かっていたが、敢えて動かずに攻撃を受ける事にした。

 すぐに予測通りの動きがあり、偽リシャンの鎌の切っ先が、脇腹に迫った。

 が、カシン‥‥という金属音が響いただけで、その刃は鎧の奥には届かなかった。

「はっ!」

 シャオティンの姿が消える。その直後、背中に笛が突き立てられた。

 結果は鎌と同じだった。

 シャオティンは唇を噛む。

「‥‥‥‥ふふ」

 リシャンは笑った。これでテロリストを一掃できるのは間違いない。

 =油断は禁物ですよ=

「もちろん」

「この!」

 偽リシャンが柄を伸ばして鎌を突き立ててきた。

「‥‥無駄な事を‥‥」

 リシャンがその赤い刃を剣で受ける。

「そんなもので!」

「!」

 偽リシャンの持っていた鎌は、光の剣で刃を斬られた。

「‥‥まさか!」

 鎌の刃は空へと上がり、緩やかな弧を描いて路上に転がった。




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