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第二十話 鎌が紡ぐ二重の物語

 シャオティンと行動を共にする事にしたリシャンは、抵抗組織、ヴァイアスの本拠地に足を踏み入れた。奇岩立ち並ぶ入りくんだ海岸の奥の洞窟。波が荒く、人はおろか船も近づく事も容易ではない。さらに海面から噴き上げる風にヘリの接近すら出来ない場所だった。

「‥‥‥‥」

 奥には小屋のようなものが設置されており、照明設備も備え付けられており居心地は悪くはない。波の音と風の音がひっきりなしに鳴っており、小さな話声であれば、外に漏れる事はない。

「まさに、うってつけの隠れ家ってわけね」

 ソファーに腰をおろしたリシャンはあぐらをかこうとしたが、着物の裾が邪魔になり、服の仕様を昔使った学校の制服に変更した。赤いセーラー服はスカート丈が短く、動きやすい。

「別にこんなとこじゃなくても、プログラムを変更すれば、認知されない空間に作れるでしょ?」

「不自然なパラメーターの変更は管理局に察知されてしまう‥‥」

 ランユーはリシャンの顔も見ずに、ボソ‥‥と呟く。

 凄腕のハッカーらしい彼女‥‥は、他人には興味がないらしい。弓を武器としているせいか、彼女のアバターは背が高く、姿勢が良くて凛とした雰囲気がある。リシャンは何か言おうおとしたが、その前に奥の部屋に行ってしまった。

「‥‥‥‥」

 リシャンは膝の上に肘を付け、フン‥‥と、鼻を鳴らす。

「‥‥‥‥」

 背後から何かが迫ってきた事を察知し、振り向きもせずに指二本でその物体を挟む。

「へえ、意外にやるなん!」

「‥‥‥‥」

 指で挟んだ小太刀を、刃の向きを投げてきたチェンランに正確に投げ返す。

「わ!」

 チェンランは飛んできた小太刀を顔の前で掴んだ。

「危ないなん!」

「どの口が‥‥」

「やっぱり、お前、嫌いなん!」

 舌をだして、また外に出ていった。

 彼女のアバターは幼い少女のもので、言動もそれに合ったものだ。が、チェンランの本当の体は、管理局の目の届かないリアル世界の何処かにあり、この仮想世界に用事がない時はそこに帰る。違法プログラマーであるチェンランの本当の姿はシャオティンも知らない。

「‥‥まあ、帰れる場所があるなら帰った方がいいんじゃない」

「‥‥‥‥」

 そんな呟きを聞いたシャオティンは、穏やかな顔で海を見つめた。

 =まあ、言わば我々はウイルス。何処にも行き場がないからな=

 小屋の中に、なぜか大鷲が入り込んでいるが、それはかつては管理局との連絡役になっていたレイブンだ。シャオティンのパートナーのクロウとは違い、レイブンはAIで、言う通り、管理局本部と切り離されたレイブンは、リシャン達と同じように戻る場所はない。

「‥‥で、ここに呼んだのはどういう意味?」

「‥‥うん‥‥意味か‥‥」

 シャオティンは海から目を離さない。ただじっと波しぶきに耳を傾けている。

「リシャン‥‥私はね‥‥塔を脱出してから、しばらくはここに籠って動けなかった‥‥ただの岩の上に、一年以上、じっとしていた‥‥」

「‥‥‥‥」

 シャオティンがなぜそんな事を言い出したのか分からず、黙って次の言葉を待った。

「心の中で整理がついた時、私がやるべき事が何か‥‥考えた。最初はただ、真実を隠していた管理局と統合政府への憎しみから、それを潰そうとした。でも、それでは何も解決しない事が分かってきた」

「‥‥‥‥」

「塔で全てが分かったわけじゃなかった。私は情報を求めてこの仮想世界を巡った。そうして、統合政府の目的を知り、その結末に不満を持つ人を集めて、この組織をつくった‥‥私達はもう何度も管理局と戦っている。その中にはリシャン‥‥あなたもいた」

「‥‥‥‥」

「幾人ものあなたは‥‥たくさんのAIと接して、いろんな思いを受け入れて、受け取っていた‥‥そんなあなたを私は消してきた」

「今さら罪悪感に目覚めたとか?」

「‥‥そうかもしれないわね」

 シャオティンは顔を曇らせ、そして言葉を続ける。

「私も、たくさんの人を管理局の任務の名のもとに葬ってきた。AIの人達‥‥彼らはその命を使って果たそうとした事を、途中で摘み取ってきた。だから‥‥」

「‥‥‥‥」

「管理局、統合政府を倒す‥‥それが、私が命を使ってやりたい事」

「‥‥‥‥そう」

 リシャンは言葉短く、そう答えただけだった。

 彼女もまた自分と同じAI‥‥。それを分かった上でそう言うのであれば、もはや覚悟は決まっているようだ。

「じゃあ、ぶっ潰しますか。そんなふざけた組織」

「‥‥ありがとう、リシャン」

 二人は初めて笑った。

「もうすぐここにヴァイアスのメンバーが集まってくる。段取りはそこで説明する」

「‥‥‥‥了解」

 その為にここに呼んだらしいが、シャオティンが絶望のまま一年を過ごしたこの場所を見せたかったこともあるのかもしれない。

 日が落ちて来た海は、波間に弾く光が網の様に、洞窟の壁をゆらゆらと照らしている。あと数分で辺りは闇に落ちる。その前の僅かな時間‥‥その輝きは心を穿つ程だ。

「‥‥成功させてみせる」

 リシャンのその呟きが、この狭い空間に光を与えた。





 =この数日以内にテロリストの計画が三件‥‥画策されているようです=

「‥‥‥‥」

 夕日の射し込む校舎の中、リシャンは窓枠に止まるクロウが伝えてきた管理局からの情報を聞いて目を細める。

「三件?‥‥三件同時?」

 =そうですね。タイムラグはほとんどないようです。ですが、ほとんどが低レベルのテロリストで、我々が関与する必要はないようです。管理局はヴァイアスへの対応を最重要としています。可能性があるものは一つだけなので、リシャンはそこに向かってください=

「‥‥‥‥」

 クロウの言葉を聞いたリシャンは、更に懸念の表情を深めた。

「ヴァイアスの目的は、この仮想世界の破壊なのよね」

 =そうです。なので、最も効率の良く、世界を歪ませる方法を取るはずです。今度、ドーム球場でアイドルの大規模なライブがあり、そこを襲撃して大量のAIを一気に消去しる事が最も効果が高いはずです=

「‥‥‥‥」

 そのフレーズの一つ一つが、何処かで聞いたような気がしたが、それはただのデジャウだと結論づけたリシャンは、考えを別の方向に向ける。

「効率的だけを考えれば、確かにそうね」

 =‥‥何か思う所でも?=

「ヴァイアス‥‥シャオティンがわざわざ、そんな分かりやすい事をするとは思えないけどね。まるで、ここに来てくださいって言わんばかりな」

 =しかし、残りは低レベルの襲撃プランのようです。それこそシャオティンがこんな事を実行するとも思えないのですが=

「‥‥‥そう思わせるのが狙いなのかもしれない。最近の奴らの動きはどうもおかしい」

 =管理局は、さっき話したライブ会場に向かってほしいとの事でした。敢えて他の箇所に当たりますか?=

「‥‥‥‥そうね」

 リシャンは腕を組んだまま、指を肘の上でトントンと叩く。

「他の案件を教えて」

 =まずは原発に対するテロ行為ですね。確かにそこを襲撃すれば、環境への被害は甚大ですが、それは管理局のパラメーター調整で自然な形で修正が可能ですから=

「‥‥‥‥もう一つは?」

 =管理局サーバーへの攻撃ですが‥‥これはどだい、無理な話です。そこは何重もの防壁に守られており、一バイトも余計なものは通しません。対ウイルス用の備えも万全で、たまに稚拙なテロリストがこれ見よがしに向かってきますが、手前に到達するまでもなく対処しています。今回もまた同じでしょう=

「‥‥‥‥」

 リシャンは無言で夕陽に染まる黒板を眺めていた。黙って見つめながら爪を噛む。

「‥‥ヴァイアスは、サーバー攻撃に注力するはず‥‥」

 =なぜです?=

「シャオティンは管理局がどういう判断で指示を出すかを知っている。だがら管理局が目を光らせてる所にはこない。そして原発は成功しても効果が薄い。管理局サーバーへの攻撃が稚拙なのだったのは、その攻撃事態が、今回の作戦を実行する陽動の可能性がある‥‥」

 =‥‥それは‥‥=

「シャオティンなら、それぐらい用心深く行動してくると思わない?」

 =‥‥そうですね、管理局に打診してきます=

 クロウの姿が宙の中へと溶け込んで消えた。

「‥‥‥‥」

 残されたリシャンは、窓枠に頬杖をついてグランドを見つめる。

 数日前、一人の男子生徒が姿を消した。

 何の取り柄もなさそうだが、それでも消えたからにはそれなりの騒ぎにはなりそうだったが、それもなく、ただ最初からいないものとして扱われた。

 彼が生きて、歩んできた人生は無き者になった。

 そしてその道を断ったのは他でもない、自分自身だった。

 テロリストは自分の主義を貫く為に、そんなAI達の想いを踏みにじっていく。

「‥‥‥‥ふん」

 鎌を出して柄を伸ばす。教室内で大振りして手前の机の幾つか風が吹き抜ける。

 通り過ぎた後に机や椅子の脚部に斜めに光が走り、重みでずれて下に倒れた。

「私は忘れない!‥‥精一杯生きた人々を!‥‥私は許さない! そんな思いを潰す奴らを!」

 リシャンの矜持は夕日の色よりも紅かった。

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