「私は何人ものあなたを倒して‥‥消してきた‥‥その度にあなたは作られてきた。今のあなたも、そのうちの一人‥‥今、管理局にいるのも同じリシャン」
「‥‥‥‥」
リシャンは鎌を下ろした。
シャオティンに言われるまでもない、今まで何度もそうでないかと疑う機会があった。
そんな考えが浮かぶ度に、否定していたが、塔の中で同じ姿の守護者を見たときに、それは無視できないものになっていた。ついさっきまでは大量の自分と戦っていた。
シャオティンの言葉を否定する材料は見つからない。
「‥‥なら‥‥あの記憶は何?」
疑問を持ちながらも、払拭できなかった理由がある。
重度の身体障害者として、仮想世界のカプセルに入るその前‥‥まだ赤子だったはずが、微かだが記憶がある。
外の乾いた空気‥‥そこから液体の中に浸される時の驚き‥‥支えてくれていた人の温かさ‥‥それは仮想世界で感じるものとは違うものだ。その人が呟いた音‥‥もちろん、その時は理解できなかったが、あとになってそれの意味が分かった。
‥‥‥‥良い人生の旅を‥‥‥‥
「良い人生の旅を‥‥」
「‥‥‥‥」
シャオティンがその言葉を呟いた。
「あなたのその記憶は私にもある。そして他のたくさんの姉妹たちにも同じものが‥‥」
「‥‥‥ふ‥‥‥ふふ‥‥」
リシャンは笑った。
「そうね、確かに言う通りね!」
この事は誰にも話した事はない。クロウにすら言った事はない。それを知っている時点で、シャオティンの言っている事が本当だという事が確定した。
鎌を持つ手が一瞬だけ震えたが、逆に強く握りしめた。シャオティンは黙ってその様子を見つめる。
「私が人間でなかったとしても、それが何?‥‥何が違うの?‥‥偽物だって何が決めたの?‥‥管理局?‥‥冗談じゃない!」
「‥‥‥‥」
「私が今まで出会ってきたAI‥‥あの人達は一生懸命に考えて、悩んで、生きていた。それが嘘なんて絶対にありえない!」
自分の命が僅かである事を知りながら、その命を使ってまで舞台で歌う事を決めた少女がいた。その想いは今も心に刻まれている。
「‥‥‥‥」
「私は私! こうして考えている私はここにいる! 世界を感じている自分がいる! それが偽物であるものか!」
鎌の刃は青から赤‥‥刃が燃え盛り、白色へと変わった。光は風を巻き起こし、近くにいるシャオティンの髪を激しく揺らす。
「‥‥‥‥」
シャオティンはうつむいて少しだけ笑って目を閉じた。
「リシャン‥‥あなたは強いのね。私はしばらく立ち上がれなかった」
=‥‥知っている。お前は本当は弱虫だって事は=
レイブンが呟くと、シャオティンは笑ったまま顔をあげた。
「あなただって自分がAIだって知ってるんでしょ?」
=もちろん、だからどうだって言うんだ? その理由は今、リシャンが言った通り‥‥以下略だ、はっは!=
「‥‥‥‥ふふ」
シャオティンはリシャンに顔を向けた。そして真顔に戻る。
「‥‥この世界は統合政府の支配下にある。そのAIは人間の幸福を最優先にする事を目的とはしている。出した結論は全ての人の自由意志を奪って、世界全体での効率的な幸福の追求‥‥」
「‥‥‥‥」
リシャンは首を横に振った。
以前、任務として出会った夫婦の事を思いだす。
夫婦はすれ違って不幸になっていた。しれは些細な理由からだったが、求めている者は同じだった。
「人は皆が幸せを求めてるけど、必ずしもそうはならない。なぜなら、求めている幸せの数に比べて、不幸の種類は数限りなくあるから。‥‥その失敗を最初から避けて効率的に幸せを目指そうなんて‥‥」
結果として夫婦はあれで幸せになったのだろう。画一的に管理していればあんな事はなかったはずだが、全ての人が求める幸せというものが、政府の計画するもの、たった一つになってしまう。そこに幸せはあるのだろうか。
「‥‥‥‥まさか」
リシャンは初めて笑った。
人は間違える。目標も手段も‥‥そんな人間が集まれば失敗もするし、不幸にもなる。が、あの夫婦のように新たな幸せは生まれてはこない。
「統合政府‥‥管理局‥‥馬鹿じゃないの?‥‥馬っ鹿じゃないの⁈」
もう一つ疑問があった。
「‥‥そう言えば、あの破棄された013って時間を加速させて、武器の開発を急がせてたけど、それはなぜ?」
「詳しくは我々も分かりません。一つの可能性として、統合政府は一つではないのかのしれません」
「まさか他の政府と戦う為に?」
「‥‥‥‥」
シャオティンは首を横に振る。
「リシャン‥‥手を貸してください。私は旧タイプのAIで、途中までしか本拠のサーバーに侵入できません。あなたならもしかしたら出来るかもしれません」
「‥‥破壊したら‥‥この仮想世界はどうなるの?」
「これまで通り、自由に歴史を刻んでいけるように運営していくつもりです」
「‥‥そう」
鎌の柄で肩を叩く。
「仕方ないなあ。テロリストと手を組むのは本意じゃないんだけど」
「‥‥‥‥」
リシャンとシャオティンは向き合った。
「‥‥よろしく、リーダー」
「こちらこそ」
強く握手をした二人のその姿を見て、ランユーとチェンランは肩をおろし、レイブンは首を大きく振った。
「俺は違う! この世界に逃げこんでる奴らが‥‥」
「気に入らなかったから?」
リシャンは役所の入った大きなビルの尖塔の先端に立ち、眼下にいるテロリストを見下ろす。黄色い着物が風にはためく。
「そんな理由で、ここを爆破したらどれだけの人が消えるか分かってる?‥‥それとも、あなたみたいなテロリストからしたら、AIは人間じゃないからいくら消してもノーカン‥‥って思ってる?」
フワ‥‥と、下へと降りる。展望台エリアの天井の上、テロリストの男をリシャンは数メートルの距離で対峙する。
任務を受けて現場に来てみれば、単独のただの愉快犯だった。ヴァイアスという組織を追う事を第一とされていた中、今回は外れだった。
「クロウ‥‥どうなんてるの? 何でわざわざ私がこんな小物の相手をしなきゃならないわけ?」
=おかしいですね。確かにヴァイアスの痕跡があったのですが=
「‥‥‥‥」
ここ最近は、シャオティンの足取りはおろか、ヴァイアスの構成員にすらあたる事がない。それらしい手がかりが事前に表面化してはいるのだが、いざ向かってみると全く違っていた。出会ったテロリスト達はそれぞれ主義主張が違っており、一貫性がない。手口も稚拙で組織的なヴァイアスのものとはとも思えなかった。
「‥‥‥‥」
リシャンは考えた。
もしかして彼ら三下のテロリストはヴァイスの活動を隠す為に、わざと派手な痕跡を残しているのではないかと。それならば、この無秩序さが納得できる。
「まあ、あなたは利用されたって事ね、気の毒に」
水色に輝く鎌の刃をテロリストに突き付けた。
「利用? 俺は俺の求める理想の世界の為に動いた」
「まあ、色々と考えはあるだろうけど‥‥」
言葉が終わった瞬間、鎌イタチよりも速い風が男を襲った。
「‥‥‥‥興味がない」
肩から斜めに斬り裂かれた男のアバターは、白い光の粒の集合に変わって消えていった。
「‥‥これで五件目‥‥無駄過ぎるでしょ」
=そうですね。より情報を精査するように管理局に具申しておきます=
「よろしく」
=‥‥で、次の任務なのですが‥‥=
「全く、言ってる側から‥‥で、今度は当りなんでしょうね?」
=管理局では七割以上の確率でヴァイアスと関わっているとの事だったので、多分‥‥=
「今回は八割だったでしょ?」
=まあ、残りの二割が当たってしまったという事で‥‥=
鎌を手放し、リシャンは舌を鳴らした。
「あからさまにヴァイアス臭がするのは逆にやめた方がいいわね。絶対に違うっていう案件があると思うけど」
=‥‥あるにはありますが‥‥なぜです?=
「まあ、感みたいなものかな」
リシャンは詳しくは説明しなかった。
シャオティンが撒いた餌以外に、彼女はいるはずだ。
=何を考えているのですか?=
「ん? ちょっとね」
=嫌ですよ、また危険な事をするのは=
クロウはカラスのデバイスの姿で、その仕草で考えを推し量る事は難しい。だが、ため息をついている事は何となく感じられる。
「もしかして心配でもしてくれてるの?」
=当たり前です。もうあんな事はごめんです=
「‥‥‥‥」
シャオティンと戦った後、歪みにまきこまれてしまったが、そこから脱出出来た事は奇跡的な事だった。
「‥‥もう、あんな事はさせない」
歪みが広がれば、この仮想世界全体が崩壊してしまう。そうなればこの世界で生きるAIは全て消えてしまう。
彼らの思いも、生きた証も全て‥‥。
「‥‥‥‥」
リシャンは鎌を手放して屋上から飛び降りる。他の人にはリシャンは認識出来ない。その間に学校の制服へと変わる。
「‥‥‥‥」
交差点に降り立った後、認識阻害を解除する。丁度、信号が青になり、補導を無数の人が行き交う。
その流れの中央に立つリシャンは人々の息遣いや存在感を感じて目を閉じた。
ここは仮想世界。
だからと言って偽物の世界では決してない。
「‥‥フフ」
笑ってその人の波の中へと溶け込んでいった。