「久しぶりですね、お二人とも‥‥」
シャオティンは笑みを浮かべているが、それが本心からそうしているとは思えなかった。
=おお、シャオティン! まさか本当にまた会えるとは!=
“UGAAAA!”
「‥‥‥‥どういうつもりか知らないけど!」
大振りに鎌を振り上げきた顔無しリシャンを鎌ごと両断する。
「挨拶なんてしてる暇なんてないんじゃない⁈」
宙に浮かんだ状態で足を軸に鎌を大きく回転させる。
同時に二体の顔無しの胴が切断されて消えた。
「それとも、あなたも敵?」
鎌をシャオティンに向ける。
レイブンの話を聞く前までは、問答無用で切りかかっていた所だが、それは事情を聞いてからでも良さそうだ。
「‥‥ふふ‥‥じゃあ、とりあえず落ち着ける所まで行きますか」
シャオティンは笛を口に当てた。
静かな旋律が辺りに流れる。もちろんここは眼下の人々にはそれは届かない遥かな孤高だ。彼らが気が付く事はない。
“GII‥‥”
近くにいた顔無しが呻き始める。直後、鎌を放りだして落下していった。完全に落下する直前、光の球になって弾けて消えた。
すぐに二体目、三体目が同じように落ちて行った。
“U‥‥GAA!”
シャオティンの背後から別の顔無しが迫ってきたが、頭を何かで撃ち抜かれ、その場で四散して消えた。近づいてくる顔無しは次々と討たれていく。
“U‥‥‥‥”
刺さっているのは矢だった。近づく顔無しは、矢の雨で撃ち抜かれていった。
「‥‥‥‥まだいる」
弓をつがえた赤い袴の女性が、平坦な声で呟く。彼女は何も持っていない手を弓に沿えて振り絞ると、いつの間にかその手には矢が添えられていた。
「‥‥‥‥」
彼女が指を離す。矢は前方にいる集団の前で三本に別れ、三体の別の個体に命中した。
“OOOO!”
今度は頭上から襲ってきた。
“邪魔なん!“
小さな赤い竜巻のようなものが、その集団に突っ込んでいった。中央を抉ったあと、バラバラになった顔無しが次々と胡散霧消していく。
その竜巻が戻ってきた。
「まだいるなん!」
動きを止めると小学生か中学生ぐらいの小さな女の子だった。両手に小太刀を持ち、ニコ‥‥と笑っている。
「では、そろそろ行きましょうか」
シャオティンがそう言うと、二人は同時に頷いた。
「ちょ‥‥誰?」
「彼女達は仲間です」
「仲間?‥‥ヴァイアスの!」
冗談じゃない‥‥と、言いかけたが、
「その事についてはあとでお話しましょう。今はここを離れます」
「‥‥‥‥」
言い返せなくなり、リシャンは黙って三人の後をついていく。
=リシャン‥‥ヴァイアスとは何だ?=
隣に来たレイヴンが聞いてきた・
「仮想世界を壊そうとしてる連中。要するにテロリストって事」
=まさか! シャオティンがそんな事をするわけがない=
「だったら本人に直接聞けば?」
話してる間に先行している三人は、マンションの屋上に降り立った。シャオティンが手を上げると、空にシャボンのような虹色に光る薄い膜が現れた。
「‥‥これで管理局は見失ったはず」
三人はシャオティンを先頭に近づいてきた。リシャンは反射的に身構える。
「まずは自己紹介をしましょう。私は‥‥知ってるわよね」
「‥‥‥‥」
リシャンは何も答えず、シャオティンを睨む。
「フフ‥‥こっちはランユー。ピンポイントで相手のプログラムを探ったり、変更したりが出来る凄腕」
「‥‥よろしく」
弓を持った長い髪の女性‥‥ランユーは、全く表情を変えずにただ頭を下げた。
リシャンの返事を待たずにシャオティンはもう一人を紹介する。
「それで彼女がチェンラン。プログラムの破壊の速度は、右に出る者はいない」
「よろしくなん!」
「‥‥‥‥」
リシャンが無言でいると、チェンランは笑顔が曇った。
「シャオティン! うち、こいつ嫌いなん!」
「!」
チェンランの小太刀がリシャンの喉を狙った。
「‥‥やめなさい」
シャオティンが笛でその刃を弾くと、リシャンはニヤと笑った。
「どうせそいつら二人はリアル世界で接続してる思想主義者なんでしょ」
「‥‥‥‥」
シャオティンは頷く。
「私たちはこんな感じ。他にもいるけど今は他の事で手が離せない」
「‥‥‥‥エージェントにそんな事を話していいのかしら?」
「あなたはもうエージェントじゃないわ」
「‥‥‥‥」
「既にこの世界にはリシャンというエージェントが存在している。‥‥切り離されたあなたは今はただのウイルスでしかない」
「だとしても‥‥」
リシャンじゃ鎌をシャオティンに突き付けた。鼻先まで数センチの位置に刃が置かれる。
ランユーとチェンランは武器を構えた。
「私はテロリストを放置はしない」
=まあ、待て、待て!=
間にレイブンが割って入った。
=ここで争っても意味がないんじゃないか? リシャンも今は、彼らの言葉を聞いてそれで判断してからでも遅くはないだろう=
「‥‥‥‥やけにシャオティンの肩を持つのね」
=パートナーだからな=
「‥‥‥‥」
クロウの事が頭を過る。一度もそう言ってきた事はない。今頃はこの世界のリシャンと行動を共にしてテロリストと戦っているのだろう。
「‥‥‥‥そうね」
鎌を下ろしたのは、レイブンの言う通り、話を聞いて情報を得てからの方が得策と考えたからであって、彼女達に迎合したわけではない。それに加えて、シャオティンを含めた三人を同時に相手にするのは分が悪すぎた。テロリストを前に激高しているように見えたが、リシャンの頭は冷静に状況を分析していた。
「‥‥それなら私の質問には答えてもらうわよ」
「‥‥‥‥」
シャオティンは静かに頷いた。
「あなた達の目的は何?」
「‥‥この世界の進捗を遅らせる事」
「仮想世界を壊す為に?」
「違う。私達はただ遅らせたいだけ。統合政府が判断するのを遅らせる為に」
「‥‥‥‥統合政府」
「あなたは、捨てられた013から通ってきたなら、ある程度は知っているんじゃないの?‥‥統合政府は巨大コンピューターだって事が」
「‥‥‥‥」
自由意志を持った人間の社会と、完全に統制された人間の社会。仮想世界はその実験場‥‥塔の中の端末で垣間見た情報はそれぐらいだった。
シャオティンは続ける。
「統合政府は最初から統制による人類の一律管理の方針を決めてた。この仮想世界はその立証試験場。終了次第、この世界は消去されてリアル世界は統合政府‥‥超巨大AIによる管理体制に移行していく」
「だから邪魔してたってわけ?‥‥そんな事をしてたって‥‥」
「そう‥‥いつかは終了してしまう。だからその前に対策する必要がある」
「‥‥‥‥」
リシャンは目を細めてリシャン達を睨む。レイブンも珍しく話に加わる事をせずに経緯を見守っている。
「例えば何をたくらんでるの?」
恐らくその問いは、シャオティン達、ヴァイアスの根幹に関わるものであり、それを話すとは思えなかった。
「政府本拠にあるサーバーに侵入して、プログラムを破壊する‥‥」
「はっ⁈」
リシャンはわざとらしいほどの声で嘲りの声をあげた。
「そんな事が出来るわけないでしょ? そこはどれだけ厳重なプロテクトとアンチウイルスがかけられてると思ってるの? 正気じゃない」
「‥‥そうね、正気じゃない」
シャオティンは珍しく真顔になる。
「私達は何度も試してみた。結果は何人もの同士を無くしただけだった」
「‥‥ふん‥‥そりゃそうでしょ」
「だから‥‥あなたにも手伝ってほしいの」
「‥‥私がテロリストの手伝いをすると思う?」
「あなたはせざるを得ないわ」
「そう?‥‥ここであなた達を斬って、その手土産に管理局に戻る方が良いように思われるんだけど?」
リシャンがそう言うと、二人は再び武器を向けた。
「‥‥リシャン‥‥‥あなたが戻る所はないのよ」
「‥‥‥‥」
「あなたは‥‥私も‥‥最初から管理局に騙されていたの」
「‥‥‥‥」
「私達は人間じゃない。最初からAI‥‥リアルに戻る体なんてない」
「そんな事‥‥」
「私は何人ものあなたを倒して‥‥消してきた‥‥その度にあなたは作られてきた。今のあなたも、そのうちの一人‥‥今、管理局にいるのも同じ、リシャン」
「‥‥‥‥」
リシャンの鎌の光が消えた。