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第十二話 虚構の檻を超えて

 スクランブル交差点だったこの場所も、かつては大勢の人で賑わっていた都市の中心地だった。

 今はもう昼夜の区別はなく、赤茶色の風が吹き続ける、

 ここは失敗した方の世界013。人類などのAIはなく、プログラムは放置されて久しい。風化していく建物と伸び続ける植物だけが、時間を刻んでいるようだった。

「偽物?‥‥私が?」

 リシャンは自分の手のひらを見つめた。

 =不服のようだが、それが実際だ。受け入れるしかないな=

 レイブンは他人事の口調で、そう言い放つ。

「‥‥別にそんな事はない」

 リシャンは一度だけ大きく深呼吸した後、フンと鼻を鳴らした。

 風が赤い着物の裾を靡かせる。

「本物とか偽物とか、誰が決めたの? 私の記憶は本物。出会ってきた人々の事も全部、覚えている。それは偽物じゃない、本当の事」

 =‥‥強いな。それとも強がりなのか‥‥ハッハ!=

 ワシは鳥とも思えない口調で笑った。リシャンは顔をしかめる。

 =いや、これは俺が悪かった。そこまで覚悟が決まっている者に、それを揺さぶるような事を言って侮辱してしまった。許してくれ=

「‥‥別に」

 リシャンは表情を和らげて肩の力を抜いた。

 レイブンにしても、自分がAIだと知っておきながら、リアルな命とAIの比較を話している。かつてのシャオティンと共に過ごしたその時間は彼にとっても本物のはずだ。思う所は彼にもあるはずだが、そんな事は全く口にはしてこない。

「あなたもそうなんじゃないの?」

 =‥‥まあな=

 それからしばらく沈黙が流れた。

 目的の塔がある場所までは遠い。黙ったまま歩き続ける。

 道沿いに歩いているが、下から突き出てくる植物で盛り上がり、歩きにくい事、この上ない。年月に比して大きな木が生い茂っており、その木も緑色のコケに覆われている。放置され続けた車は腐食が進んでおり、屋根などが落ちているものもあった。

「‥‥‥これさ‥」

 リシャンは立ち止まり、近くにある円柱状の曲線的なビルの前で立ち止まった。もちろん窓は全て割れており、内部はツタなどが這い回っているようだった。昨日今日でこうなったとはとても思えない。

「崩壊してからどれぐらい経ったの?」

 =二年ぐらいか=

「シャオティンがここから脱出したのは?」

 =‥‥‥‥んー‥‥七、八年ぐらい前か‥‥=

「崩壊して二十年‥‥それにしては、だいぶ風化が進んでいるようだけど」

 =まあ、そうだな=

「二十年‥‥それは確かなの?」

 =一応、内部時計みたいなもので分かるからな。その辺は正確だ=

「そう」

 レイブンの言葉で、リシャンは疑問が浮かんだ。

 知る限り二十の仮想世界がある。その中で初期に試験運用されて終了した01から04までの四つの世界以外に、稼働しているのは十六。それぞれに管理局があり、それを統合政府が管理している。仮想世界ごとにエージェントはいるが、その世界をまたいで移動する事は出来ない。クロウの話では、それぞれに異なる仕様があって、移動は難しいという話だったが、果たしてそれは本当の事なのだろうか。

 その答えの一片が、この放置された013の世界に垣間見た気がした。

「‥‥ここは時間の経過が早すぎる」

 =そうなのか?=

「‥‥‥‥」

 リシャンは無言で頷いた。ずっとこの中にいたレイブンには説明のしようがない。

 以前、リシャンも限定されたごく小さな空間の時間を高速で進めた事がある。それは中にいる当人には分からない。

 そもそもなぜ013が失敗したなら、また同じ013を作ったのか‥‥普通ならナンバリングとして別にして、別の環境を設定して再構築するはず。また失敗するかもしれない同じ世界にしたのはどういう意味があるのだろうか。

「‥‥まあ、今、考えても答えが出るわけじゃないしね」

 リシャンは笑ってまた歩きだした。レイブンも翼を広げて後をついてくる。

 かつては幹線道路だった広い道をどこまでも歩いていくと、道にそって抉れて伸びている場所にきた。恐らくそこにはかつて川が流れていたのだろう。今は底にも植物が生い茂っている。

「‥‥‥‥」

 リシャンは目を細めた。

 黙ったまま鎌を出す。刃は青から赤へとゆっくりと変化していった。

 =そろそろ危険なエリアだ。ここから他のサーバーに移動しようとする不届きものを処理しようと待ち構えてる奴らが出てくる=

「私は一応、エージェントなんだけどね」

 =所変われば‥‥って奴だ=

「‥‥‥‥」

 リシャンは鎌を何度か回転させてから、両手で構える。

 素早く動く、何かが複数‥‥いつの間にか囲まれている。

 藪をかき分けて、その何かが姿を見せた。

 “GIGI‥‥”

「‥‥‥‥」

 それは人間だった。生気を失った顔で、頭を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。二、三十人ほどのその集団は、手にナイフや銃など、それぞれ違った武器を持っていた。

「趣味が悪いわね」

 =アンチウイルスのガワとして、アバターのフレームを再利用している。AIは破城してて、既に人間の思考はしていない。気にするな=

「するわけないでしょ!」

 リシャンは鎌を横に振る。柄がどこまでも伸び、手前にいたアバターの男女の首をたて続けに五つ程刎ねた。分断されたアバターは光の粒になって消えた。

 “UGA!”

「‥‥‥‥」

 反対側の死角から襲ってきたアバターに、柄の先端を突き当てて弾きとばす。

 同時に銃を乱射してきたが、鎌を回転させてそれらを弾いた。

 “GOGA、GA‥‥”

 弾かれた弾丸は跳弾となってアバターの体を貫いていく。

「もう! 面倒!」

 鎌を大きく振る。衝撃波が集団を吹き飛ばし、とりあえずは静かになった。

 =見事!‥‥しかし‥‥=

「‥‥‥‥」

 風の音しかしなかった世界で、何処からか、ガラガラという機械音が響いてくる。

 音の正体は建設用の重機だった。ブルドーザーや、打ち壊し用のハンマーのついた車、ショベルカー等、それぞれが先端にあるその鉄の塊を振り上げて走ってきた。

 四方から潰そうとしてきたが、リシャンは鎌を上に上げた。

「‥‥‥‥そんなものでね」

 鎌の刃が赤く輝きだす。

「エージェントを舐めるな!」

 真上から振り下ろされたハンマーを、鎌は真っ二つに切り裂く。鉄の塊がリシャンの両脇に落下して、砂埃をあげた。同時にブルドーザーが両脇から急接近してきた。鎌を水平に一回転させると、ブルドーザーは上下に切断されて、動きを止めた。

 =リシャン!=

「今度は何⁈」

 上から音が聞こえてくる。

「まさか、戦闘機か何か?」

 =いや。戦闘ヘリと言うものらしい=

「同じ!」

 上から何かが飛んできた。リシャンは避けたが、地上に落下したそれは爆発して

 周囲の建物を吹き飛ばした。

「‥‥燃料とかどうなってるの?」

 建物の陰に隠れる。レイブンも続いてきた。

 =そこは管理局のご都合主義という奴だ=

「‥‥‥‥」

 バラバラバラ‥‥という回転するプロペラ音が響き、ヘリの頭がこちらを向いた状態で空中に静止した。

 =まずい!=

「!」

 正面の筒から無数の弾が発射される。一瞬で盾にいていた瓦礫の壁が穴だらけにされていった。

「‥‥この!」

 リシャンは地面を蹴ってヘリよりも高く飛んだ。そのまま自由落下して真上から鎌を突き出してプロペラの中心に突き立てる。

「こんな‥‥ものっ!」

 ガリガリという音を立ててプロペラは鎌を巻き込み、バランスを崩したヘリは地上へと落下した。リシャンは落下する直前のヘリを土台にして大きく離れた位置まで飛んだ。

「‥‥‥‥」

 着地して屈んだ体勢をとったと同時に後ろでヘリが爆発する。その爆風がリシャンの着物と髪を激しく靡かせた。

 残骸が激しく燃え盛り、周囲を炎の赤い光が照らした。燃料が燃える臭いと、焦げた臭いが周囲に充満する。

「あらかた片付いたんじゃない?」

 鎌の柄を肩に、ポンポンと当てながら、飛んで逃げていたレイブンに言った。

 =全く、乱暴な戦い方だな。シャオティンはもっと優雅だったぞ=

「それはどうも」

 リシャンは鎌を消して、再び塔を目指して歩き始める。

 見上げると、だいぶ近づいてきたのが分かる。あと数刻といった所だろうか。

「‥‥あんなものまで用意してまで、この世界を維持してるのは、やっぱり管理局は、この世界に何か価値を見出してるって事ね」

 =こんな死んだ世界に何があるのか、俺には分からんが=

「それに完全に世界を閉ざしてるわけじゃない。消してしまわないにしろ、そうしてしまった方が楽だろうに、わざわざバックドアまであるじゃない」

 目指してる塔がそれである。管理局はそこを通して、この世界を監視、管理しており、完全に捨てているわけでもない。

 =そうだな、その意味までは分からないが=

 レイブンは翼をクチバシに当てて考え込んでいる。その姿はどこかクロウに似ていた。

「‥‥‥‥」

 シャオティンはこの世界に自分を送ったが、彼女は何を見せたかったのだろうか。

 リシャンはその思惑を考えた。

「とにかくっ!」

 “UGAA!”

 背後からナイフを突き出してきたAIの抜け殻の兵士を、リシャンは体を反らして避ける。ふとももと肘の間に腕を挟むと、兵士はナイフを落とした。

「行けば分かる‥‥‥‥はず!」

 回し蹴りで兵士を吹き飛ばした。

 =しかし、リシャンは対人戦に慣れているな。いくらエージェントとはいえ、テロリストの小綺麗な攻撃とは違うだろうに=

「‥‥まあ、色々あったからね」

 短い間だったが、ザフラカンでの日々が糧となっている。あの地で会った多くの人達は歪みに巻き込まれて消えてしまった。

「人生‥‥お疲れさまでした‥‥」

 今になってリシャンは呟く。

 =ん?‥‥何だ?=

「別に」

 着物の裾をたくしあげ、腰の所で結んだ。真っ白な脚が埃だらけの中に露わになる。

 =はしたないな=

「‥‥邪魔なの」

 フンと一言だけ言って視線を塔に向けた。

 =俺はここまで近づく事は出来なかった。ここから先はシャオティンだけが向かったが、恐らくかなりの防壁があるに違いないぞ=

「シャオティンに出来て、私に出来ないわけがないじゃない」

 リシャンは大きく息を吸い込む。そして塔の頂上に顔を向けた。

「かかって来い! 偽物の力がどれほどのものか! 見せてあげるから!」

 その声はこの失敗した世界013の全てに響いているかのようだった。


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