メンタルマジックの罠
静まり返ったバーの奥の席。
そこに、謎めいた雰囲気を纏う男が座っていた。彼の名は シオン。
職業はメンタリスト――人の心を読み、数字を操る男。
今夜の獲物は、一人の青年 タクヤ。
「君、数字には不思議な力があるって信じるか?」
シオンは微笑みながら、グラスの中の氷をかすかに鳴らした。
「数字の力? いや、あんまり考えたことないですけど……」
「なら、ちょっと試してみよう。」
シオンはタクヤに視線を向ける。
「まず、1から9の間で好きな数字を思い浮かべてくれ。」
「口には出さないでいい。ただ、心の中で強くイメージするんだ。」
タクヤは考えた。
「……決めました。」
「よし、じゃあその数字に 9をかけて くれ。」
タクヤは頭の中で計算する。
シオンは、あえてその間 無言 でグラスを指でなぞる。
「計算できた?」
「はい。」
「その数字、一桁かもしれないし、二桁かもしれない。でも、もし二桁なら、十の位と一の位を足してみてくれ。」
シオンはわざと 別の計算例 を示す。
「例えば、25なら 2+5 で7、38なら 3+8 で11、みたいにね。」
タクヤは一瞬戸惑いながらも、指で数をなぞるように計算した。
「……できました。」
シオンは静かに頷いた。
「OK。じゃあ、今その数字を 強く 思い浮かべて……」
沈黙。
ゆっくりと、シオンはタクヤの目を覗き込んだ。
「……今、君の頭の中に浮かんでいる数字は……」
シオンは一瞬目を閉じ、低い声で囁く。
「……9だね?」
タクヤは 息を呑んだ。
「えっ!? なんで……?」
「フフッ、驚いたか?」
シオンはニヤリと笑い、グラスを傾けた。
「でも、もっと不思議なのは――」
「今、君がどんな計算をしたのか……思い出せないだろう?」
タクヤは混乱した。
確かに、どこかのタイミングで、自分が 何を計算していたのか 曖昧になっている。
「俺は 数字を読んだ んじゃない。君の思考を操った だけさ。」
――数字は 単純なロジック で決まっていた。
だが、シオンは 言葉の誘導 で、タクヤに思考の迷宮を彷徨わせた。
それこそが、メンタルマジックの真髄だった。
シオンはゆっくりと立ち上がる。
「またどこかで会おう。次は……君の名前でも当ててみようか?」
タクヤは、彼の後ろ姿をただ 呆然と見送る しかなかった。
――数字は嘘をつかない。しかし、人の心は容易く騙される。