灰色の空が広がっている。
低く垂れ込めた雲が、重くのしかかるように空一面を覆っている。
冷たい風が吹き、砂埃が舞い上がっている。
街は静まり返っていた。
古びた建物が並び、窓はすべて閉ざされている。
壁のペンキは剥がれ、ひび割れが縦横に走っている。
街灯が薄暗い光を放っている。
その光は弱々しく、闇に溶け込みそうに見える。
道には誰もいない。影ひとつ、音ひとつ、存在しない。
ただ、一人の男が歩いていた。
黒いコートを羽織り、フードを深く被っている。
顔は隠れて見えない。
足取りは重く、靴が地面を擦る音だけが響いている。
肩が落ち、背中が丸まっている。
影が長く伸び、揺れている。
風が吹き抜け、男のコートが翻る。
しかし、彼は顔を上げない。
視線は地面に落ちたまま、ただ前に歩き続けている。
道の両脇には、枯れた木が並んでいる。
枝は痩せ細り、葉は一枚も残っていない。
木々がざわめき、乾いた音が風に乗って響く。
男は立ち止まり、空を見上げた。
灰色の雲が重く垂れ込み、光は一筋も差し込んでいない。
まるで世界全体が閉ざされているような、重苦しい空気が漂っている。
彼は深く息を吐き、肩を落とした。
その瞳には、輝きがなかった。
空っぽの瞳が、ただ虚空を見つめている。
彼は歩き続けた。
狭い路地に入り、薄暗い影の中を進んでいく。
壁にはひび割れが走り、苔が生えている。
路地の奥には、小さな箱が転がっていた。
古びた段ボール箱。側面が破れ、中が見えている。
中には、震える小さな影があった。
彼は立ち止まり、箱を覗き込んだ。
中には、白い子猫がいた。
小さな身体が震え、潤んだ瞳が彼を見上げている。
子猫は小さく鳴いた。
か細い声が、静寂の中で響いた。
その声は、彼の胸に静かに届いた。
男の目が僅かに揺れた。
唇が震え、目を逸らそうとした。
だが、視線は箱の中の子猫から離れなかった。
子猫が小さな手を伸ばした。
細い爪が空を掴み、震えながら彼に近づこうとしている。
その仕草に、彼の肩が僅かに震えた。
彼は手を伸ばした。
指先が躊躇い、空中で止まった。
冷たい風が手を包み、震えが伝わってくる。
ゆっくりと、彼は子猫に触れた。
柔らかな毛が指先に伝わり、温かさが広がった。
その瞬間、彼の瞳が僅かに揺れた。
子猫が彼の手に顔を擦りつけた。
小さな鼻が動き、くすぐったい感触が伝わってくる。
彼の手が反射的に動き、子猫の背中を撫でた。
ふわりと柔らかな毛が手のひらに触れ、温かさが広がった。
男の肩が緩み、目尻が僅かに下がった。
唇が震え、微かに微笑みが浮かんだ。
空から、雪が舞い降りてきた。
白い雪がゆっくりと落ちてくる。
冷たい空気が頬を撫で、息が白く漂った。
彼は子猫を抱き上げ、胸に抱き寄せた。
小さな身体が温かく、心臓の鼓動が伝わってくる。
彼は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
冷たい空気の中に、微かな温もりが広がっていく。
彼の胸に、暖かい光が灯った。
その光は、徐々に大きくなり、全身を包み込んでいった。
空を見上げると、灰色の雲がゆっくりと動いていた。
雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。
その光は、雪を透かして輝き、世界を照らしていた。
男の瞳が輝きを取り戻した。
唇が微かにほころび、目尻が柔らかく緩んでいる。
彼は子猫を優しく抱きしめ、微笑んだ。
光はさらに広がり、雲を押しのけていく。
空が次第に明るくなり、青空が顔を覗かせた。
白い雪が光を受けて煌めき、世界が輝いている。
彼は歩き出した。
子猫を抱きしめ、温もりを胸に感じながら。
影は短くなり、光の中を進んでいく。
雪は静かに降り続け、光が世界を包み込んでいた。
温かな風が吹き、雲が遠ざかっていく。
空は青く澄み渡り、輝く光が希望のように広がっていた。