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切ない別れ

夕暮れの公園。空は橙色に染まり、沈みゆく太陽が地平線に触れようとしている。

木々の影が長く伸び、風が枝を揺らしている。乾いた葉が地面を転がり、かすかな音を立てる。


古びた木製のベンチがある。ペンキが剥がれ、木目がむき出しになったベンチ。

その片隅に、一人の男が座っている。


男はコートの襟を立て、うつむいている。髪が顔を隠し、表情は見えない。

両手には、小さな箱が握られている。白い箱にかけられた細いリボンが、風に揺れている。

リボンの端が宙を舞い、淡い夕陽の光を受けて輝く。


男は動かない。まるで時間が止まったかのように、息を潜めている。

ただ、箱を見つめ、指先が微かに震えている。


風が吹き抜け、木々がざわめく。枯れ葉が宙を舞い、男の足元に積もる。

男の肩が僅かに揺れ、瞼が重く閉じられる。


目を閉じたまま、男は箱を握りしめる。

その指は白くなり、手の甲の筋が浮き上がる。リボンが手のひらに食い込み、跡を残す。


風がまた吹く。甘い香りが漂い、男の髪が揺れる。

その瞬間、彼の顔が微かに歪む。眉が寄り、唇が震える。


男の瞳がゆっくりと開かれる。赤く充血し、涙が薄く溜まっている。

瞳が揺れ、光が反射して滲む。


彼は箱を両手で包み込み、ゆっくりと蓋を開ける。

白い箱の中には、銀色の指輪。夕陽を浴びて淡く輝いている。


指輪には、小さな傷がいくつも刻まれている。

磨り減った部分があり、長い年月を共に過ごした証が浮かび上がる。


男は指輪を取り出し、掌に乗せる。

冷たい金属が、指先に触れた瞬間、彼の肩が震える。


目を閉じ、指輪を胸に押し当てる。

唇が震え、息が乱れる。喉が上下に動き、嗚咽を堪えるように顔が歪む。


やがて、男は指輪を見つめ、目尻が濡れる。

涙が一筋、頬を伝い、顎の先からこぼれ落ちた。


その雫は、指輪の上に落ち、光を歪ませる。

淡い夕陽の光が、涙に反射して揺れる。


男は隣の空席を見つめる。

その場所には、誰もいない。ただ、空気が静かに漂っている。


しかし、男の瞳には、淡い残像が映っている。

長い髪が風に揺れ、白いワンピースが光を透かしている。


彼女が微笑んでいる。目を細め、柔らかい口元にえくぼが浮かぶ。

その笑顔が、夕陽に溶けるように淡く揺れる。


男は手を伸ばす。だが、その指先は空を掴むだけ。

彼女の面影は、儚く揺らぎ、風に溶けて消えた。


男は手を引っ込め、拳を握りしめる。

指輪を再び見つめ、箱にそっと戻す。リボンをかけ直し、丁寧に結ぶ。


そして、ベンチの隅に箱を置いた。

箱は夕陽を受けて、淡く輝いている。風にリボンが揺れ、ひらひらと踊る。


男は立ち上がる。重い足取りで一歩踏み出す。

肩が落ち、背中が丸まっている。


歩き出した彼の影が、長く地面に伸びていく。

橙色の光が彼の背中を包み込み、影が遠くへと消えていく。


男は振り返らなかった。

夕陽が沈み、空が紫色に染まる。


ベンチの上で、箱が静かに光を反射している。

風が吹き、リボンがひらりと揺れる。


遠くで鳥が鳴き、空に影が舞う。

木々がざわめき、枯れ葉が地面を転がっていく。


やがて、空は深い青に染まり、夜の帳が降りていった。

公園は静寂に包まれ、箱だけが淡く光を放っていた。



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