< 夜明けの水辺>
霧が川の水面を覆い尽くし、朝の光をゆるやかに歪めている。
岸辺には木造の桟橋が一本、黒く濡れた板を静かに並べ、湖面へと伸びていた。その先端には、使われなくなった小舟が一艘。綱で繋がれたまま、微かな波に揺れている。
音はない。
湖のほとりに広がる森も、静かに眠っていた。鳥のさえずりも、風のざわめきもなく、ただ霧だけが、ゆっくりと流れている。
何かが遠くで動いた気がした。けれど、それを確かめる者はいない。
<廃駅のプラットフォーム>
霧の向こうに、古い駅がある。
線路は錆びつき、雑草に覆われていた。長く使われていないプラットフォームの上には、年季の入った木製のベンチがあり、そこに座る者はいない。
かつてこの駅を発着した列車は、もう来ない。
時刻表が朽ちかけた掲示板に残っているが、その文字はほとんど風化していた。誰かがここを訪れた形跡はあるが、それがいつのものかは分からない。
遠くで、何かが揺れる音がした——はずだった。
しかし、それを確かめようとする間もなく、音は静寂に吸い込まれた。
<響く汽笛>
霧が濃くなる。
湖も森も、すべてがその白に呑み込まれ、視界が閉ざされる。木々の間から、湿った風がゆっくりと流れ込み、草を揺らした。
そのとき——。
汽笛が響いた。
遠くから、低く、長く、喉を震わせるような音。
それは、ここにあるはずのないもの。
ずっと前に廃線となったはずの列車。
誰もいないプラットフォームを通るはずのない、鉄の車輪。
霧の向こうで、何かが確かに動いていた。
ゆっくりと、それは近づいてくる。
<霧の中の影>
音が静まる。
霧がわずかに晴れ、プラットフォームが再び姿を現す。
だが、そこにあったはずのものがない。
湖の小舟は消え、廃駅のベンチはわずかに揺れていた。錆びた線路の上には、かすかな水滴の跡が続いている。
まるで何かが通り過ぎたかのように。
それでも、駅には誰の姿もない。
——ただ、足元の砂利に、濡れた靴跡がひとつだけ、残されていた。