目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第5話

『拝啓

 綾小路麒一郎 殿


 綾小路、いや、ここではあえて「麒一郎」と書かせてもらいたい。

 麒一郎、君は知っているか?

 I love you我君ヲ愛ス


 この言葉を、かの帝大教授が

 “月が綺麗ですね”

 と訳したことを。


 この話を聞いて小生が思い出したのは、まず君のことだった。


 白き月明かりの下、例の桜の木の下で、盃を酌み交わす君と自分を思い浮かべていたのだ。


 こんなことを、自分が云うのは甚だおかしい、それは分かっている。

 君は戸惑い、途方にくれるかも知れない。

 しかし自分はこれまで、君が最近、自分の後ろに付き従い、何かと真直な目をむけてくることを、いつも嬉しく思っていた。


 そういえばこの間、人知れず君が花壇の世話をしていたのを見咎め

 “男らしくせよ”

 などと叱ってしまったこと、赦してほしい。

 花と戯れている君がその、あまりに美しく感じ、照れ臭くなってしまったのだ。


 率直に云う。小生は麒一郎の為ならば、“死んでもいい” と思っている。


 ゆえに、叶うことなら夢に見たのと同じように、中庭の桜の木の下で、君と盃を交わしたい。


 今夜は十五夜、月はさぞや綺麗であろう。



 亥の刻、盃とともに君を待つ。


 敬具

 1902年9月12日

 堅倉 甲志郎』

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?