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第4話

『前略

    綾小路 麒一郎 殿

    突然にこのような文を寄越したこと、相済まない。

  さぞや驚いていることだろう。

   早速だが、単刀直入に言う。

   小生、常々貴様のことを好ましくおもっており…… 』


    まてよ、これじゃあちょっと硬くないか?

一度読み返してみるも、やはり硬い、硬すぎる気がする。


    途中まで書いた便箋を、クシャクシャ丸めてゴミ箱へ放り込むと、俺は頭を抱えた。


     むう、一体どうしたらいいんだ?

      自分、生まれてこのかた、恋文らぶれたあなど書いたことがない。


     この間、英文学の授業で見せて頂いた活動写真えいが。男女間の情愛の、甘い台詞に思わず血反吐を吐きそうになったものだが…

    その時、英文科教授のアーサー先生は言っていた。


『グンジンタルモノ、イッカイ“ジェントルマン”デナケレバ、ナリマッセーン。

ニホンジン、“エレガント”ヲミニツケルノデース』と。


    しかし、同期で常に成績トップの自分も、文学の授業だけは、いつも次席の南条に敵わない。


“えれがんと”

“じぇんとるまん”

………………。


   さっき出掛けに、南条が置いていった西洋菓子ボンボンでも食えば、少しは理解が叶うかもしれん。

    自分は、銀の包みを丁寧に剥くと、甘い薫りを放つそれを、無造作に口に放り込んだのだが……



「む、ぐっ、ぐがっ?」


    な、なんだこれは。甘い、甘すぎる。新手の毒ではないのかっ!?


「う、…く、くあああああっ」


     自分は床に転げ落ち、七転八倒しながら喉をかきむしった。

    苦い、甘い、喉が、焼けるように熱い。

    涙が、汗が止まらない。


    だが、負けるものかぁっ。

    思わず吐き出したくなる衝動を堪え、俺はそれを気合いで呑み込んだ。


「はあっ、はあっ…」


    何とかなった。

    椅子に座り直し、机に向かう。


   すると、急に身体が熱くなってきた。

    ポッポと顔に熱が集まる。


    何かがおかしい。

    極度の発汗、動悸、身体の火照りに、息切れ。

やはりあれは、毒だったのかも知れない。

    しかし同時に、不思議な高揚感が自分を支配しはじめていた。


    これは一体、どうしたことだ。


綾小路あやつへの気持ちが押さえきれずに胸からどんどん溢れ出す。


    こんな気持ちを何と言ったらいいのだろう。

    次々と、先の活動写真のような甘い言葉が頭に沸き上がってきた。


   しかし、今ならいける!

    この俺が、“アイラブユーあいしてる”とでも言えそうだ。


   俺は、震える手でペンを握り直すと、猛烈な勢いでそれを動かし始めた。



「うおおおおおおおっ」





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