事の起こりは、ひと月前。
その者は、名を
予科(制服組、幹部候補生)1学年の綾小路は、色白で華奢、どことなくナヨッとしてみえる男子で、本科の軍事練習についてゆけず、いつも居残りをさせられていた。
その綾小路が、荒くれで有名な本科の4、5名に取り囲まれているところに、たまたま自分がとおりかかったのだ。
「貴様、まーた最後まで残っておったのう」
「す、すみませんっ、先輩方」
パンッ。
男の1人が、いきなり
「あっ…」
「何だ貴様、そのザマは。そのような弱っちい腰をしておるから、訓練について行けんのじゃ!それでも日本男児かっ、立てぇっ」
たちまちヨロける綾小路に、そいつは檄を飛ばし、尻を蹴り上げて無理矢理立たせた。
ニヤニヤしながら、尻を触る。
「…ひんっ」
「なんだ、女みたいな声を出しよって。
ふうむ、予科では、ちぃと鍛え方が足らんのではないか?ようし、今から
「え、そんな……じ、自分はこれから寮食の配膳に行かねばならず、少しでも遅れると、大層なお叱りを」
「ええいっ、口答えするな!」
「はぐっ!」
パァン。
男の一人が綾小路の頬に盛大なビンタを喰らわせた。
「俺たちの厚意を無駄にするとは、生意気なヤツだ。よーし、こいっ」
「ひっ……か、堪忍してください、堪忍して……」
彼らは、嫌がる綾小路の身体を抱え上げると、武道館の方へずんずんと歩いてゆく。
「お、お願いします。堪忍してください。配膳に遅れでもしたら、教官殿のビンタじゃすまない。予科練を追い出さされでもしたら、田舎の兄弟たちは……
ひあああっ」
女のような高い声で悲痛に叫ぶ綾小路。
その姿を、デカイ図体の壁で隠すようにして、奴らは揚々と移動している。
本来、予科の我々が本科の連中に口を出すのは、好ましくない。
それに、男子たるもの、己にかかった火の粉は当然己で払わねばならん。
しかし自分は、綾小路の悲痛な叫び声が、田舎の兄弟達を想う気持ちが……いや、正直に言おう。
綾小路の女のような高い声と、男どもの間に見栄隠れする少年のような白くか細い腕に、堪らなくなった。
そして、気がつけば、連中の方に向かって大声を張り上げていた。
「おい綾小路、何をしているっ。
配膳準備まであと一刻もないぞ!
そんなところで遊んでいるとは、何事かっ」
デカブツがハッとして振り向く。
連中のリーダーと覚しき男が、顎を撫でつつ嫌な嗤いを浮かべながら、こちらへやってきた。