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第10話 木上勇気にできること

木上勇気



 川村先輩が肥後先輩の件について頼まれてから今日で4日。昨日は、川村先輩が肥後先輩と2人で歩いている姿を目撃したって人もいたらしい。俺も何か手伝えることはありませんかと聞いては見たけど、特にないと言われた。 でも、自分自身でできることは探さないといけない。

そう思って、毎日先輩が来ているか確認している。そして、肥後先輩と同じクラスの人にも少しずつ時間がある時に聞いている。今日もそのつもりで教室へと向かう。そして、教室の中をちらりと除く。誰か、話しかけやすそうな人はいるかな……。教室の黒板から後ろの下駄箱までくるりと見渡す。

 どうしようか……。

 その時だった。


「ちょっと来い」


 俺の右腕をがっしりと掴まれて、廊下の奥へと連れていかれた。 連れていかれたのは、2年生の教室がある廊下の一番端。1組の教室があるが、昼休みのテストか何かで誰もいなかった。 でも、問題は目の前にいる相手。


「ここ最近、俺のことを探っていたらしいじゃねえか」


 そこには肥後先輩の姿があった。


「いや、それは……」


 ゆっくりと斜め右下を見た。


「逃げるな」

「いえ、それは……」

「はっきりと言えよ」


 肥後先輩の声はしっかりとしていた。 また、何か蹴ったりするのではないか。 とっさにそう思った。

 でも、どこか違う。

 目だろうか。

 目がまっすぐしている。

 ここで賭けるしかないか。


「肥後先輩、お話があります」

「なんだ」

「肥後先輩は賄賂を受け取っていますね」

「そうだ」

「しかも、一部のクラスには賄賂を貰っただけで特に優遇をせずに問題になりましたね」

「そうだ」

「そのことについてきちんと当事者たちに謝って下さい」

「もうやった」

「あと、その件について文化祭実行委員会で報告してください」

「今度の実行委員会で報告することになっている」


 ?????


 昼休みの騒ぎ声が遠くで聞こえる。

 でも、俺たちの間には無言。


「どういうことですか?」

「お前は何も川村から聞いてないのか?」

「えっと、、」

「ほとんど終わった。きちんと他のクラスには謝罪をしたし、靴を隠された件についても謝罪をしてもらった。後は、文化祭実行委員会で実行委員と出し物決めをやり直しにすることでの他のクラスの学級委員への謝罪をするだけだ」

「そうですか……」


 想定外だった。

 川村先輩は全てを解決していたんだ。 川村先輩1人で。


「まあ、お前にもきつく当たってしまって悪かった」

「いえ、そんなことは……」


 しかも、あの肥後先輩が物に当たらなくなっている。

 しっかりと話を聞くだけではなく、謝罪までしてくれた。


「こちらこそ、いろいろ余計なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「大丈夫だ、気にしてない」


 そう言うと、肥後先輩はゆっくりと自分の教室の方へと向かって行った。 俺は、あっけに取られた。

 これで、全て解決か。

 そう思った。

 でも、違う。

 1つ大切なことが残っている。


「待ってください。肥後先輩」


 俺は、少し大きな声を出した。 肥後先輩の足がピクリと止まる。 もしかしたら、他のクラスの人達にも聞こえたかもしれない。 俺は、一歩ずつ肥後先輩に歩み寄った。


「どうした?」

「3年前にSSクラスの生徒の約半数が自主退学した件についてお聞きしたいことがあります」


 俺は先輩をまっすぐ見る。

 もう逃げない。

 ただ、先輩もさっきまでとは違う。 この言葉を発した途端、ギラリとした目でこっちを見た。


「何を言っている」

「前回、聞いたとき、先輩は、学校はクズばかりだと仰りました。何か知っていることがあったら話して下さい」


 先輩の表情がさらに厳しくなる。


「知らないな」


 今度は先輩が目を合わせてくれない。 また、先輩が一歩ずつ歩き出した。


「ここで、引くわけにはいかないんです」


 俺は、廊下でめいいっぱいの声を出した。


「どういうことだ」


 ずっしりとした先輩の声。

 先輩の動きがピクリと止まる。


「川村先輩は頑張って賄賂の問題を解決してくれました。でも、私は何もできていないんです。このままだと全て先輩に頼りきりになってしまう。同じ実行委員の仲間としてそれはできません」


 先輩は顔を少し下げて考えていた。

 俺には、言葉しかない。

 コネも実力もまだ無いから、誠実さを持って相手を説得するしかない。


「俺にも言えないことがあるんだ。諦めてくれ」


 ダメなのか……。

 いや、まだだ。

 この際、俺のことはどうでもいい。

 でも、手紙について川村先輩も関わっている。

 つまり、川村先輩もお金に困っているということだ。

 もし、ここで諦めたら川村先輩まで退学してしまう可能性がある。

 それだけはだめだ。


「お願いします。僕にできることは何でもしますので、川村先輩のこれからの高校生活のためにも教えて下さい」


 俺は、思いっきり、頭を下げた。 しっかりと、直角と自分で断言できるほどに。 俺にはこれしかできないから。


「川村も絡んでいるのか」

「はい」


 頭を下げたまま答えた。 今、頭を上げたらそのまま去ってしまうような気がしたから。


 沈黙。


 周りに聞こえていた騒ぎ声はだんだん大きくなっている。

 きっと、5時間目の時間のために教室に戻る人が増えたからだろう。

 俺は、まだ顔を上げない。


「分かった。川村には世話になったし、特別に教えてやる」


 俺は、急いで頭を上げて、ありがとうございますと言いながらもう一度頭を下げた。



放課後

 今回はプレハブに来ていた。


「またここかよ」


 小声で何か聞こえた。


「何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」


 俺は、そうですかとだけ答えた。

 そして、俺と肥後先輩は椅子に座った。

 俺が椅子をくるっと90度回転させることで肥後先輩と正面を向き合った。


「それで、3年前のSSクラスについて何が知りたい」

「まず、3年生のSSクラスの半数が退学したって話は本当ですか?」

「ああ、本当だ。現に俺の兄さんも退学している」

「そうですか……」


 やっぱり肥後先輩のお兄さんも退学していたみたいだ。


「それで、何で1学年の半数近くが退学したんですか?」

「言ってもいいが、絶対に誰にも言うなよ。俺も兄さんから口止めされている」

「分かりました」


 すると、先輩はゆっくりと思い口を開けた。


「原因はSSクラスのカリキュラムだ」

「カリキュラム?」


 カリキュラムってことは授業時間に問題があったということか。


「そうだ」

「でも、SSクラスともなれば、この学校で一番頭が良い人が集まるクラスですし、十分な授業時間が確保されているのではないですか?」

「逆だよ」

「逆?」


 俺はぽかんとした声で言った。


「授業を組みすぎたんだ。休みはお盆、正月と2週間に1度の日曜日だけ。後は全て1日学校。こんなカリキュラムを学校側が生徒に許可なしで組んだんだ」

「でも、3年生の中にはそれくらいやっている人もいるのでは?」

「これは、1年の入学当初からだ」

「でも、受験時の募集要項とかに書いていないのですか?」

「募集要項にはこんなカリキュラムは書いていなかった」

「それは……」


 俺としては、返す言葉が無かった。確かに高校において勉強は大事だ。でも、そこまでしたらブラック企業と変わらない。むしろ、会社より辞めることが難しい学校なら尚更悪質だ。


「目的は進学実績ですか?」

「おそらくそうだろうな。ここから電車で3駅のところにもうちの学校と似た偏差値の学校があるだろ」

「ありますね」

「その学校がここ数年、進学実績を上げていたから焦ったのだろうな」

「なるほど……」


 俺は、ゆっくりと頷いた。

 その様子を見て肥後先輩はさらに話を続ける。


「でも、兄さんは違った。この学校を変えようとした」


 肥後先輩にはしっかりとした強い意志を感じられた。

 目を見れば分かる。


「どういうことですか」

「まずは、クラス単位で先生にカリキュラム改善の要求をした。そして、それでダメだったので今度は生徒会を通して学年単位でも改善を要求した」

「それでも、ダメだったんですか」

「ああ。最終的に兄さんが学校長に直訴までしたそうだ。でも、状況は変わらなかった」

「なるほど……」

「そして、ついに事件が起きてしまった。クラスメイトの1人が休み時間に倒れてしまったんだ」


 先輩はどこかやるせない様子だった。まるで、肥後先輩本人が体験したみたいだ。


「でも、学校は変えようとしなかった。さすがに、俺たちの反発はさらに大きくなった。生徒会も今まで以上に活発に動いてくれた。でも、学校は方針を変えなかった。それどころかさらに放課後の授業時間を増やすって言ったんだ」

「大変ですね……」

「ああ、しかも授業料も授業時間が増えるにつれて値上がりをしていって正直、誰もついていけなくなっていた。そして、最終的に兄さんが放課後にクラス投票をしたんだ」

「クラス投票?」

「そうだ。学校を辞めたくても決断できないやつが大勢いたからな。クラス内で学校を辞めたいと本気で思っているやつは〇を書いて投票してもらって、〇を書いたやつ全員で退学の意思を伝えに行った」

「それで、どうなったんですか?」

「結果は知っての通りだ。何なら、学校側はそうかの一言だけだった」

「そうですか……」

「でも、ここまでならまだ許せた。決定的だったのは、クラスメイト全員の家庭に奨学金という形で現金を渡していたんだ。しかも、貰う条件はこの一連の流れを絶対に校内外問わず誰にも話さないことだったんだ」


 先輩が唇をキュッと嚙み締めた。


「つまりは、口止め料ってことですか」

「そうだ。しかも、受け取らなかった数名は強引に補修を増やされて辞めて行った。教師たちも全員、学校側の味方だった」

「そんなことが……」


 でも、同時に一つ納得したこともあった。

 渡先生の態度だ。

 SSクラスの半数が退学したことについて何か隠しているようだったのはこういう理由からか。

 そして、さらに先輩は話を続ける。


「進学実績が大切なんてさっき言ったが、本心は学校にお金を収める生徒を集めたいんだよ。結局のところはこの学校は金が全てだと思った。だから、俺も賄賂に走ってしまった。金を集めれば偉くなれると思っていた。もちろん、今ではそれが間違っていたって気が付いたが」


 一通り話終えた先輩はどこか満足していた。今まで誰にも話をしたことが無かったのかもしれない。さっきまでも感じなら家族にも言っていないかもしれない。正直、びっくりして声が出ないという感じだ。


「この学校でそんなことがあったんですね」

「ああ」


 俺は、一呼吸置いた。


「ありがとうございました」


 まずは、信じてくれたこと、話してくれたことにお礼を言った。


「満足か」

「はい。本当にありがとうございました」

「そうか」


 そう言うと、先輩はゆっくりと椅子から立ち上がって教室のドアがある方へと向かった。


「じゃあな」

「はい。ありがとうございました」


 俺は座ったままだけど、しっかりと頭を下げて感謝の意思を先輩に

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