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第9話 川村雫にできること

川村雫



 みんなから肥後の件について頼まれてから3日後。 今日も肥後は学校に来ていないらしい。 これは、チャンスだ。賄賂の話を交換条件にしてSSクラスについての話を引き出そう。


 今は、授業が終わってから1時間30分くらい経っている。

 18:30

 部活動に所属している人はそれぞれの場所で活動中。 そうでない人の大半は帰宅済み。 そんな時間だ。

 私は、荷物をまとめて教室を出るところだ。

 肥後に会うために。

 私は、少し急ぎ足で職員室へと向かった。


 職員室の前は何人かの生徒が先生に質問したり、近くの椅子で勉強したりしている。 私はその姿を横目に肥後が現れるのを待った。 1人で。 木上君には迷惑はかけない。 今までに十分に活動してくれた。

 ここからは私の出番だ。 私は、前髪を軽く手で整えて気持ちを入れた。


 正直、この空間にいる人の中には知り合いもいる。 でも、知り合いは知り合いだ。 決してお互いに積極的に話に行く間柄ではない。 軽く会釈するくらいがいいとこだ。 でも、私にはそれでちょうどいい。 あんまり距離を詰めすぎて嫌われたくはないから。


「失礼しました」


 声の先を見ると、そこには肥後がいた。 明らかに顔がやつれている。 一瞬躊躇したが、ここでやめるとさらにややこしいことになることは明白だ。 意を決して近づく。


「肥後だね」

「何だ、川村か」


 明らかに声に覇気がない。


「ちょっと、時間いいかな」

「体調が悪い。後にしてくれ」

「どうしても話があるんだ」

「知るか」


 私を無視して進もうとした。 でも、肥後が進む方へと先回りする。


「どけ。邪魔だ」

「嫌だね」


 私は、譲るつもりはない。


「お前、何がしたいんだよ」

「頼むからちょっとだけ付き合ってよ」


 あえて要件は言わなかった。 言ったら、確実に逃げられるから。 私は、肥後から目線を逸らさなかった。 しばらくじっと見ていると、肥後も諦めたのか、小さく分かったと言って頷いた。


 私たちは、プレハブへと向かった。 プレハブとは、学校の敷地の中で端にあり、教室が4つほどある小さな建物だ。 学校内では一番古い建物。 放課後は授業や部活で使われないため、誰もいない。 教室では誰かに会う可能性があったので、あえて遠くを選んだ。 私たち2人が到着すると、一番近くの教室に入る。 中には電気もエアコンも着いていなかった。5月のひんやりとした風が入る。


「それで、さっさと要件を言えよ」

「何となく分かるんじゃないかな」


 肥後は椅子に座らず、近くに立った。 長話はしないという意思表示みたいだ。 私はそれを見て座るのを止めた。


「知らねえな」

「文化祭実行委員のことだよ」

「それが何だよ」


 自供はしないか。


「君は、たくさんのクラスから裏金を貰っているね」

「知らねえ」

「そんなはずはないんだけどね」

「どういうことだ」


 一呼吸置いた。


「実は、君が裏金を渡した一部の人から証言を貰ってる」


 不機嫌になったのはひきつった顔から明らかだ。 肥後は右手で自分の裾を触る。 焦っている人間の動きだ。


「そんな、はずねえだろ、おい‼」


 遠くへ飛ぶ椅子。 ドンという大きな音と共に窓側へと弾き飛んだ。 でも、ここで引くわけにはいかない。


「入っていいよ」


 私がそう言うと、後ろのドアからゆっくりと1人の生徒が入ってきた。 その生徒はゆっくりと一歩ずつ進んでいく。 でも私は、その場を動かない。 ゆっくりと一呼吸置いた。


「どういうことだと思う?」


 私は、しっかりとした目線と声で肥後に問いかけた。


 裏金問題について頼まれたその日。

 私は、2年生の教室に向かっていた。 場所は2―T1組。 この時間に残っているのは部活終わりの生徒くらいだ。 私は、ゆっくりと教室のドアを開ける。 そこにいたのは、T1組の生徒1人だけ。 おそらくサッカー部らしき生徒だ。 ユニフォームを鞄にしまっている姿から間違いないだろう。 名前は知らない。 企画会議で怒鳴っている所を見ただけだから。


「何か用?」


 始めに話しかけてきたのは向こうからだった。


「実は、文化祭について聞きたいことがあるんだ」


 相手の表情が少し曇った。 心当たりでもあるようだ。


「何かな」

「君は学級委員だよね」

「そうだけど」

「文化祭の企画会議で大声を出して怒鳴っていたよね」


 チッと軽く舌打ちが聞こえた。


「そんなこともあったな」

「肥後にあそこまで詰め寄ったのはどうして?」

「忘れた。企画が通らなくてむしゃくしゃしてただけだ」


 目線が右に逸れた。


「本当に?」

「何が言いたい」

「君、肥後に裏金を渡していたんじゃないかな」


 一瞬、相手の教科書を入れる動きが止まった。


「さあ。知らないな」


 でも、再び何事も無かったように動き出した。


「本当に?」

「ああ」


 教科書を入れながら聞いているせいか、私と目を合わせない。


「それだけなら俺は帰るぞ」

「待って」

「なんだよ。俺は忙しいんだ」


 そう言うと、鞄を持って教室を出ようとした。 でも、それはさせない。


「じゃあ、質問を変える」


 そう言って何とか引き留めようとした。 でも、相手の動きは止まりそうにない。


「肥後をいじめた件についてだ」


 体がピクリと反応したのが分かった。 そして、一瞬だけ目線があった。


「知らないな」

「そんなはずはない。肥後がいじめられているという話を聞いたんだけどね」

「それだけで、どうして俺になる」

「裏金を貰っていそうな人物が犯人だろうから」

「だから、裏金なんて貰ってねえって」


 どうやら、認めるつもりはないらしい。


「そう、それじゃあこの件について先生に相談することにするよ」


 少しだけ目線がとがった気がする。 でも、話を止めるつもりはない。


「確かに、証拠はないし今のままだと君が犯人かどうかも分からない。でも、学校全体を巻き込んだらどうなるかな」

「どういうことだ」

「もし、私がこの話をすれば、学校は調査をすることになるはずだよ。学校全体で調査をした時、本当にいじめの目撃者はいないかな?そして、いじめをしていた他の仲間は最後まで白を切ることができるかな」


 そこまで言って一度止める。 相手から動揺を感じるのは明らかだ。 目線がぶれて何かを考えるように少し下を向いている。 さらに私は話を続けた。


「私達も大事にはしたくない。この場で認めてしっかりと肥後に謝罪をするなら学校に報告するつもりもない」


 そして、私は最後の一言を付けた。


「おそらく1人でやったことではないよね。もし、集団でいじめをしたとなれば、退学は免れないはずだけどそれでもいいの?」


 これで言いたいことは全部。 私は、相手の反応を待つことにする。

 沈黙。

 時計の針だけがカチカチと音を立てて時が流れた。私は全く動かない。でも、相手は違った。大きく吐く息。この場に流れる沈黙を破るには十分だった。


「分かった。認める。裏金を貰ったし、いじめもした……。肥後にもしっかり謝る。確かに、後の方では少しやりすぎた」


「よかった。分かってもらえて。できれば他の仲間の人達にもこのことを伝えてもらえないかな」


 サッカー部の子は右手で頭を軽くかきながら、分かったと言った。


「それと、肥後に謝る機会は2日後になると思うから。最近は学校に来ていないけど、その日だけは来るはずだから」


 相手は小さく頷いた。そして、それを見ると私は教室を出た。仲間が誰かまでは聞かなかった。 ここまでやったからには嘘をつくことは無いだろう。あと、本当なら決意が変わらないうちに肥後のところに言って欲しい所だが、肝心の肥後が学校に来ていない。まあ、その点については問題ないけど。私は、教室を出た後は玄関へと向かってそのまま家へと向かった。周りにいるのは部活終わりの生徒たちだけだった。


 そして、現在。

 教室の後ろから入ってきたのはサッカー部の子とその他5名ほど。ゆっくりと周りを見ながら入ると、私に目配せをする。私は、全員が入ったのを確認すると改めて肥後の方を見た。


「ここにいるのは、誰か分かるかな」

「さあな……」


 さっきよりも明らかに声は弱くなっている。


「じゃあ、みんなに一人ずつ聞いてみる?」


 ちっ。

 小さく聞こえる舌打ち。 でも、今までのような威勢はそこには無い。


「ここにいるみんなは、肥後に賄賂を渡したみたいだけど違うかな」


 教室がしんと静まり返る。 そして、一人の声でこの沈黙が破られる。 その人は私が話をしたサッカー部の子だった。


「そうだよ。俺たちは肥後に賄賂を渡した」

「俺も」

「俺も」


 そして、周りの人もあとから頷いた。


「どうかな、肥後」


 またも沈黙。 

 でも、今度はサッカー部の子たちは何もできない。この沈黙を破ることができるのは1人しかない。私はまっすぐな目で肥後を見る。視線はそらさせない。もう逃げさせない。ここで一連の出来事全てを終わらせる。

 肥後は、少し奥歯を噛むようにして斜め下を見た。そして、右手を腰に添えて、小さく言葉を発した。


「悪かった」


 小さな声が聞こえた。


「俺が悪かった」


 そして、今度は大きな声が肥後から聞こえた。


「賄賂としてお金を渡すように持ちかけておきながら、全て実行できなかった。いや、本来は禁止されているにも関わらず、賄賂の話を持ち掛けてしまって本当に悪かった」


 この言葉と同時に目の前にはしっかりと頭を下げた肥後の姿。 角度は90度。 これは上辺だけの気持ちとは到底思えない。


「分かった。じゃあ、これで賄賂についてはここまでにしようか」


 私がそう言うと、肥後はゆっくりと頭を上げた。

 そして、前を見る。 肥後の目には涙があった。

 でも、落ちそうで落ちない。

 自分のしてしまったことに対して、みっともなく泣くわけにはいかないということだろう。


「でも、これだけで終わらないよ」


 私は、しっかりと声を出す。


「次は、君たちの番だ」


 そう言って、後ろを見る。 そこにいるのはサッカー部の子を含めたいじめに加担した5名。 私が見ると、少しこくりと頷いた。


「肥後、悪かった。むしゃくしゃして肥後の靴とか隠してしまった」

「ごめん」

「ごめん」

「ごめん」

「ごめん」

「ごめん」


 そう言うと、後ろにいた全員がゆっくりと頭を下げた。

 沈黙。

 今後は私が何か言うことは無い。 さっきまでとは違い、これは当人同士の問題だから。 この後は肥後に任せるしかない。


「分かった。顔を上げてくれ」


 肥後はさっきまでとは違い、小さな声で言った。

 そして、先ほどの6名はゆっくりと頭を上げた。


「もとはと言えば、俺が賄賂の話を持ち掛けたからだ。悪かった」


 そう言うと、さっきまでよりもさらに弱々しく頭を下げる肥後の姿があった。

 一滴ずつ床へと落ちていく雫が見えたが、私は見なかったことにした。


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