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第8話 消えた企画部長

同週の金曜日

 今日も視聴覚室に来ている。 集まっているのは、出し物が決まらなかったクラスの学級委員。 改めてクラスの企画の審査を行う予定だ。


「それでは、企画部会を始めます」


 壇上にいる1年生は小さく礼をした。 今日は、肥後先輩がいない。 休みだろうか。 まあ、賄賂を貰っている人達の分は終わっただろうし、後はご自由にってことかと思いたいところだけど、前回の最後を見る限りそのままあっさりと終わるとは思えなかった。 今日立っているのは、企画部副部長の1年生。 一応、俺の隣のT2クラスらしい。


「今回、企画部長が休みなので変わりに僕が代表として行います。名前は西村です。よろしくお願いします」


 1年生にしていきなり部会の進行とは大変だな。 しかも、クラスの出し物の審査担当とは。 西村は小さく礼をすると、集まっている1クラスずつを前回と同じように教室へと向かわせた。 最も、今回の審査は1年T2クラスで行うらしい。 俺たち4役は、そのまま教室で待機していた。 そして、今度は前回出し物が決まらなかったクラスだけなので、そんなに時間はかからなかった。


「みなさん、本日はありがとうございました。結果発表は来週の水曜日に行います」


 西村は少し大きめに礼をすると、この場はお開きになった。 俺たちも今日はこれで解散だろう。

 俺は、荷物をまとめた。

 と言っても、鞄に入れるのは筆記用具一式くらいだが。


「すみません。ちょっといいですか」


 しかし俺たちの帰りは呼び止められた。


「どうした?」


 真っ先に反応したの肥後先輩。 どうやら、間違えではなく、本当に呼び止められたみたいだ。 しかも、俺たち4役全員。


「実は……」

「何だ。いいたいことがあるならはっきりと言え」


 肥後先輩のはっきりとした口調。 正直、体格が凄く良い分、肥後先輩よりも凄みを感じる。


「あのっ、、」


 西村はその声に圧倒されてか返事が遅れていた。 心なしか視線も一段下がった気がする。


「そんな威圧することないじゃん」

「威圧しているつもりはない。部活があるから、言いたいことがあるなら早めに言えと言っているだけだ」

「それが威圧しているように見えるの!そんなんじゃ誰も何も言えないって」


 西村のフォローにすかさず相良先輩が入った。


「そうか」

「それで、何か用事かな?」


 改めて相良先輩先輩が優しい口調で聞いた。 いつ見ても笑顔が眩しい。


「実は、肥後先輩のことで少しお話が……」


 西村の視線はだんだん下へと下がって行った。


「分かった」


 そう言うと、願成寺先輩は近くにあった椅子へと腰かけた。 残りの俺たちもその近くに椅子を持ってきて座った。 他の人達は早々に帰ったので、今この場には4役と西村しかいない。


「それで、改めて詳しく聞こうか」

「はい。実は、肥後先輩が2日前の水曜日から学校に来ていないんです。しかも、連絡が一切つかなくて……」

「体調不良で反応できないだけじゃないのか?」


 俺もそうではないかと思った。 でも、西村はそうは思わないようだ。


「実は、先輩の靴が捨てられるところを見たんです」


「どういうことだ」

「僕も詳しくは分かりません。でも、あの1回目の企画会議の結果発表後から一部の人達が肥後先輩の文句を言い出して……」

「それは、企画会議の結果に不満があるということか」

「おそらくは」


 沈黙。

 どうしたら良いのだろうか。


「まあ、いじめは問題だ。先生に報告して問題を解決することが良いと思うがどうだ」


 俺たちは一同に頷いた。 先生が介入すれば、いじめを行った生徒やそれに対しての処罰は下してくれるだろう。 でも、西村は違う。


「いや、それはちょっと……」

「何だ。何か不満か」

「いや、その……」


 何だか煮え切らない。 流石に、願成寺先輩も我慢の限界みたいだ。


「いい加減にはっきりしろ。何か隠しているんだろ」


 はっきりとした物言いだ。 でも、肥後先輩みたいな一歩的で威圧的とは違う。 机を叩くようなことは無く、言葉と真っ直ぐと西村を見つめる目で訴えていた。 それを見て、西村もこれ以上はだめだと踏んでか、小さく息をした。


「実は、先輩が賄賂を貰っていたという噂があります。しかも、複数のクラスから」


 俺を除く一同の目が厳しくなる。

 空気が重い。

 この学校の文化祭実行委員では賄賂を貰ったらクビというルールがあることは俺も知らされていた。 しかも、行っていたのが部長となれば事も重大だろう。


「そうか。でも、賄賂を貰ってクラスの企画が通ったのなら、いじめが起きることは無いんじゃないのか?」


 願成寺先輩の質問に対して、相良先輩も少し椅子から乗り出して聞いた。


「実は、企画が被っているクラスからも貰っていたみたいなんです。それで、せっかく賄賂を渡したのに企画が通らなかったクラスがあったみたいで……」

「なるほどな。それで、腹いせにいじめか」


 西村は小さく頷いた。


「それには、確かな証拠はあるのか」

「いえ、そう言うわけでは……」

「そうか」


 正直、先週の企画会議を見ていれば、肥後先輩が何かしていたのは明らかだ。 願成寺先輩は少し考えていた。


「やはり、いじめとなれば先生に相談することが一番なんじゃないのかな」


 願成寺先輩が考えている間に相良先輩はいつもより元気はないけど、はっきりとした口調で言った。 この場にいる俺ともう一人以外も納得しているような雰囲気だ。

 でも俺は、悩んでいた。 正直、ここで賄賂の現場を見たこと、先輩の靴がなぜか俺たち1年生の下駄箱に落ちていたことを話したなら決定的になるだろう。

 しかし、それで全ては解決するのだろうか。 このまま俺が証言すれば、いじめをした人だけではなく、賄賂を貰った肥後先輩も処分される。もしかしたら、ここまで問題が大きくなったのなら実行委員長である願成寺先輩や同じ企画部の副部長の西村にも責任が及ぶかしれない。


「この件、私に任せてくれないかな」


 そう答えたのは、川村先輩。 俺と同じく相良先輩の考えに納得していなかった人だ。


「何か、考えがあるのか」


 願成寺先輩の厳しい視線。


「まあね。100%は保証できないけど、せっかくなら問い詰めるのじゃなくて、肥後には自首を促したい。もしかしたら、本人にも事情があるのかもしれないし」


 願成寺先輩はそうかとだけ呟いた。

 再び訪れる沈黙。


「俺もその方がいいと思います」


 でも、今後は俺がその沈黙を破った。


「そうだね。私もその方が良いと思う」


 相良先輩も続いた。 そして、願成寺先輩が頷いた。


「分かった。今回の件は川村に任せる。ただ、もし何かあれば俺に直ぐ相談してくれ」

「私でも全然大丈夫だからね」


 相良先輩も続いた。


「ありがとう」


 川村先輩は優しく、小さく頷いた。


「よろしくお願いします」


 川村先輩のお辞儀に対して西村も深々と頭を下げた。 俺も、西村と一緒に頭を下げた。



 これで今日の活動は終わり。

 俺たちは、西村も混ぜて一緒に帰ることになった。 これは、相良先輩の提案だ。 西村も1人で帰る予定だったからついてきてくれた。 降りる駅は別々になるので、駅まで一緒にすることになった。 でも、帰りの道では肥後先輩の話はしなかった。 これ以上気にしても解決に近づくわけではない。 相良先輩がふざけて願成寺先輩がそれに反応する。 そして、俺も軽く話題を振る。 さらに、相良先輩が西村にボケたりもして場の雰囲気全体が明るくなった。西村も一通り相談はしたので、少し気が楽になっているようだ。

 心なしか、さっき初めて話しかけられた時よりも声が明るい気がする。 俺もみんなの話を聞いて相槌を打つ。


 でも、逆に言うとそれしかできなかった。

 しっかりと会話に入ることができなかった。

 心が落ち着かない。

 気分が上がらない。

 上手く笑うことができない。

 不安がこみ上げてくる。


 だって、川村先輩がこの場にいないから。 

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