木曜日 放課後
俺は、図書館入り口前に来ていた。 理由は、川村先輩に会うため。
5分ほど待っていると、川村先輩は少し小走りで来た。
「ごめん、待ったかな」
「いえ、今来た所なので」
言葉だけ見ると、恋人同士みたい。
でも、本当はただ脅されている2人が密会だけど。
「部活動の方は大丈夫ですか?」
一応、確認。
正直、直ぐに終わる内容ではないので、返答次第では日程を改める必要があるから。
「大丈夫。今日の部活は休みだから」
先輩は特に気にすることなく答えた。 そして、この返事を聞くと俺は早速昨日の手紙に書かれていた内容を話した。 もちろん、賄賂のことは伏せて。 そして、それを聞くと、先輩は少し考えこむような素振りを見せた。
「どうしようかな……」
先輩もこの対応を考えているみたいだ。 正直、手紙の主に報告できるような成果は何もない。
「とりあえず、聞き込みでもしてみる?」
俺にも他に手はないので、その意見に乗ることにした。 向かった先は職員室前の廊下。 ここで、世間話ついでに聞いてみようというわけだ。
「私が、とりあえず話かけて見るね」
「お願いします」
俺は、軽く頭を下げた。
そして、しばらく待っていると俺たちの担任の渡先生が来た。
「すいません、渡先生」
「どうした」
「先日渡したクラスの出し物についての資料、見ていただけましたか?」
「あぁ。まだあんまり見てないな」
嘘だ。
本当は資料の存在ごと忘れていたはずだ。
「あれ、急ぎだったか」
「いえ、ただの確認なので」
「そうか」
そう言うと、渡先生は足早に教室に入ろうとする。
「あと、もう一ついいですか」
川村先輩は少し強引に渡先生を声で止めた。
「どうした?」
流石に、少し大きな声で呼び止めたので渡先生も驚いたようだ。
「あのっ、3年前の3年生のSSクラスについてお伺いしたいんですけど」
川村先輩は少し声が大きいまま言い切った。 しかし、動揺しているのはどちらかと言えば、渡先生だった。
「それはな……」
渡先生の雰囲気が変わる。
さっきまでとは違い、完全に視線がそれている。 ぶらんとしていた手も今は髪の毛を搔くのに必死になっていた。
「教えていただくことはできませんか?」
俺の方からもお願いした。 見ているだけというわけにはいかない。 しかし、先生の態度は大きく変わることは無かった。
「すまないが、その件について俺から話をできることは無い」
そう言うと、渡先生は廊下の左右を確認してから職員室へと入って行った。 そして、残されたのは俺と川村先輩の2人。 職員室の前ということもあり、騒ぐ人は周りにいない。 他とは違って静寂に包まれていた。
「どうしますか?」
先に口を開いたのは俺。
「先生がダメなら、生徒に聞いてみようか」
「そうですね」
俺は、小さく頷いた。 そして、そのまま1つ上の階へと向かった。
「先輩、どこに向かっているんですか」
「2年生の教室」
誰に聞くつもりだろうか。
「とりあえず、春奈と願成寺君に聞いてみようかな。2人とも顔が広いから何か知っているかも」
「なるほど」
俺たちは、2―S2クラスについた。 Sクラスということもあって、放課後でも勉強のために残っている人がちらほらいる。 そして、奥には相良先輩が何人かと談笑していた。
「春奈。ちょっといいかな」
「おっ、珍しいね、雫が訪ねてくるなんて。しかも、勇気君も一緒じゃん」
川村先輩はまあねと軽く言った。
「どうしたの?文化祭関係?」
相良先輩は、まるで小さな子供を見るかのような目をして俺の方をのぞき込んできた。
近い、近い、近い。
「いえっ、実は……」
俺は、少しその態度に驚いて言葉が出てこなかった。
「少しこの学校について知りたいんだ」
俺が困っている姿を見て、川村先輩がフォローしてくれた。
「学校関係?」
相良先輩は俺から少し離れると考えこむような素振りを見せた。
「そうなんだ。3年前の3年生SSクラスの半数の生徒が退学した話って知ってる?」
「そう言えば、そんなこともあったらしいね」
相良先輩はこくりと頷いた。 けど、いまいち分かっていない様子だ。
「それで、実はその理由について調べているんだ」
相良先輩はへぇとだけ言って頷いた。
「悪いけど、私は特に知らないな」
「そっか……」
相良先輩でも知らないか。
「分かった。ありがとうね」
「いや、それは良いんだけど、何で調べているの?」
相良先輩は純粋な目で問いかけてきた。 純粋に不思議なものを見る目で。
「それは……」
俺たち2人は反応に困った。
確かに、今更先輩達のことを調べているのは不自然か。
「まあ、いろいろあってね」
川村先輩は少し微笑みながら、それ以上は聞かないで欲しいと目で訴えながら言った。
「そっか……」
そして、それ以上相良先輩は深く聞くことは無かった。
「それじゃあ、それそろ行くね」
「うん。またね、雫、勇気君」
川村先輩はそう言うと、もと来た廊下を引き返した。
食堂
俺たちは、相良先輩に話を聞いた後、その足で食堂に来ていた。 放課後の食堂では、軽食を販売している。
もちろん、食べるスペースも解放されている。 俺たちは、自販機でそれぞれジュースを買って食堂野テーブルに座った。 テーブルの周りにはあまり人がいない。 別のテーブルには帰宅部の生徒がジュース片手に談笑している。 後は、何人かポテトやパンを買いに食堂の列に並んでいるくらいだ。 俺は、周りの確認を終えると、先輩の方をまっすぐ見た。
「どうしましょう」
純粋な疑問を投げかけた。
残りの手段としては、願成寺先輩に聞くか、それでもダメならいろいろな生徒に聞くくらい。 でも、相良先輩レベルで交友関係が広い人で何も知らないなら、難しいかもな。
「どうしようかね」
この気持ちは川村先輩も同じみたい。 川村先輩は目線を下げて両腕を組んでじっと考えていた。 そして、腕を少しほどいて俺の方を向いた。
「とりあえず、渡先生は何か知っているみたいだね」
「そうですね」
俺も同感だ。
でも、問題は渡先生が話をしてくれそうには見えないこと。
「渡先生は俺たちの担任で結構面倒くさがりやな性格です。でも、あの反応は少しそれとは違うように見えました」
「そうだね。それは、私もそう思う」
渡先生は何かを知っている。 それは、教員側全員なのか。 でも、渡先生の態度を見る限り、例え他の先生が知っていてもそのまま聞いても難しいだろう。
「そう言えば、俺と川村先輩が初めて会った時に、既に同級生に何人か聞きこみをしたって言っていましたよね」
「そうだね」
「何か頼りになりそうなことは聞けましたか?」
「いや、全く無かった」
「そうですか……」
先輩の人脈でもだめか。 正直、この学校に俺の知り合いはほぼいない。 文化祭実行委員のメンバーを除けばゼロ。 聞くとしてもクラスメイト。 でも、全員が1年生だし、期待はできないだろう。
「もしかしたら、事は結構大きな話なのかもね」
先輩はぽつりとつぶやいた。
「かもしれませんね」
俺もこくりと頷く。
確かに、1年しか変わらないのに、顔が広い相良先輩は何も知らないし、先生も話をしようとしない。 それに、川村先輩が聞き込みをした人達も有力な情報はゼロ。
「正直、誰かが情報を止めているように見える」
「確かに」
「でも、何ででしょうか?」
「それは、分からない」
「よっぽど、知られたくない何かがあるってことですか?」
「その可能性はあるね」
俺は、考え込んだ。 そこまでして知られたくない秘密?
「そいえば、この前学校のホームページを見て気が付いたんですけど、SSクラスって退学者が出た次の代から大きくカリキュラムが変わっていますよね」
「そうなんだね」
「はい。理由って何か聞いていますか?」
「いや、分からない。でも、視点は悪くないかもね」
「本当ですか?」
俺は、目線が少し下がっているが、それでも、先輩はまっすぐ俺を見てくれる。
「まあ、何があるのかいろいろな可能性を探っていこうか」
「そうですね」
俺は、こうやって言葉を返すことしかできなかった。 そして、先輩は抹茶ミルクジュースを飲みほすと、立ち上がった。
「今のままでは情報が少ないね。私は、これから願成寺君にも聞いてみる。それでも、無理なら……。その時、考えようか」
俺もちょうど、いちごミルク味のジュースを飲み終わった所で頷いた。
「分かりました。俺も周りの人に聞いてみます」
聞くって誰にだよ。 俺は心の中で突っ込んだ。 まあ、クラスメイトにしれっと聞くくらいなら頑張ればできるかも。
「そう言えば、願成寺先輩って相良先輩と同じクラスなのに教室に居ませんでしたね」
「あぁ、願成寺は水泳部だからね。しかも部長だから忙しいんじゃないかな」
なるほど。 確かにこの時間は教室に居なくて当然か。 でも、文化祭実行委員長と水泳部部長の掛け持ちなんて凄いな。 俺には絶対できないことだ。 俺が願成寺先輩に対して尊敬の気持ちを持ったところで、そのまま今日は解散ということになった。
俺は、そのまま自分の教室へと戻った。 教室には部活動生が何人かいる。 奥にはサッカー部の人もいた。 聞くなら、今がチャンスか。
「ねえっ、3年前のSSクラスの半数が自主退学した話って知ってる?」
俺は、少しきょどりながらだけど、何とか聞くことができた。 向こうは、俺から話しかけられたことが意外なのか少し驚いていた。
「はっ、しらねえな」
でも、それだけ答えると俺への興味は無くなっていた。 まあ、クラスメイトってだけでほぼほぼ初対面と変わらないし。 俺は、何の成果も得られずに教室を出た。
俺は、階段を下りて1階へと向かった。 下駄箱の周りには誰もいない。 俺は、自分の靴を取って学校を出ようとした。
「誰にも話してないだろうな」
俺を呼び留める声が聞こえた。 後ろはあえて振り返らなかった。 何についてですか?なんて野暮なことは聞かない。
「誰にも言ってませんよ」
しっかりとした声で言う。
「本当だろうな」
前と変わらないドスのきいた声。
「本当です」
「ならいいんだ」
そう言って、立ち去ろうとした。
「ちょっといいですか」
俺は、勢いで肥後先輩を呼び止めてしまった。
「あっ?」
声をかけてしまった以上はやっぱり何もありませんとは言いにくい。 この際だから聞いてみるのも手か。
「1つ聞きたいんですけど、3年前のSSクラスで半数の生徒が退学した理由って知っていますか?」
何気なく聞いたつもりだった。
ちょっとでも有益なことが聞けたらいいな。
その程度だった。
でも、その程度では済まなかった。
俺が聞き終わるや否や、段々と足音が大きくなる。 俺は嫌な予感がしてとっさに振り返った。 目の前には鬼の形相をした肥後先輩。 そして、俺は胸ぐらを思いっきり掴まれた。
「誰から聞けって言われた!」
「いやっ、、」
俺は、いきなりのことで反応が遅れた。
「誰から聞けって言われたんだ!」
もう一度、大きな声。
肥後先輩の声は廊下の端から端まで響いただろう。
「いえ、それは僕も分からないです」
「どういうことだ‼」
さら語気が強くなった。 はぐらかしているつもりはない。
俺の本心だ。
「本当に知らないんです」
俺は、まっすぐな目を見て前進で訴えかける。 それでも、先輩は収まる気配はない。
「いいか、SSクラスの話は俺の前でするんじゃねえ‼」
「どうしてですか?」
もうここまで来たら、変わらないだろう。
俺は、変な所で覚悟が決まっていた。
「どうしてもだ。俺は、この学校を許さない。この学校の教師はクズばかりだ‼」
「それってどういう……」
俺はそれ以上聞こうとしたところで遠くから声が聞こえた。
「どうしたんだ?」
さらに強く胸ぐらを掴まれそうになった所で他の人の声が聞こえた。
とても、聞き覚えのある声。
「どうした、肥後、木上」
「渡先生……」
「ちっ、、」
渡先生が近寄ってくると、肥後先輩は俺を乱暴に離した。
強引に離された俺の体はよれよれとしながらも何とか体制を保った。
「これ以上、その件に関わるな」
そう言うと、先輩はその場から立ち去って行った。
俺は、歪んだ制服の胸元をささっと直すことにした。
「何かあったのか」
渡先生は先ほどの流れを見てか聞いてきた。
「大丈夫ですよ。俺がちょっと先輩にぶつかっちゃって」
「そうか?」
先生は少し首をかしげながらこっちを見た。
「いえ、本当に大丈夫なので。気にしないで下さい」
「そうか……」
先生はいまいち釈然としないようだったけど、その場はこれで離れて行った。 流石に、ここで先生に相談するのは悪手だ。 まだ事態を把握しきれていない。 俺は、靴を取ると、そのまま学校を1人で離れた。 そして、俺は電車通学なのでそのまま徒歩で駅へと向かった。
また、先ほどの先輩の話を思い出す。 この学校の教師はクズか……。 明らかに嘘や誇張をしている様子は無かった。 でも、どういうことだ? 食堂で川村先輩は冗談ぽく言っていたけど、事は本当に大事なのかもしれない。 川村先輩の方は何か情報を得られただろうか。 俺は、帰り道で次に先輩に会った時にどこまで話をしようか一人で考えることにした。
帰り道は誰もいない。 一歩ずつ踏み出していくにつれて駅が近づき、電車の音が聞こえてくる。 特急、急行、普通、それぞれの音が聞こえる。 それでも、俺の隣には誰もいなかった。
次週の木曜日
今日は第1回企画部会だ。 俺たち4役と企画部員全員が1階にある視聴覚室に集まっている。 具体的には、文化祭の企画決定の場だ。 参加しているのは1年生と2年生。 3年生は受験勉強があるため、企画そのものに参加しないらしい。
「今から、先週も説明したが、もう一度簡単に説明を行う。今からクラスごとに学級委員がクラスの出し物について発表してもらう。そして、それを聞いた企画部員全員で審査を行う。2年生と1年生で企画が被った時には2年生優先。同学年で被った時は、企画部会で話合いの末決める。ただし、今回決めるのは大枠だけだ。例えば、喫茶店や屋台のようにだ。そこで、何を出すのかなどはこれから各クラスでじっくりと決めてもらう。そして最終的には、来週の金曜日の企画部会で正式決定となる」
肥後先輩が仕切り始めた。
「何か質問がある人はいるか」
誰も返事をすることは無い。どうやら、4役の俺たちは見学で実際に企画の選考に参加する機会は無いらしい。
「それでは、今から1年S1クラスから俺の2年S1クラス教室に来て発表してもらう」
肥後先輩は、しっかりとした声で仕切っていた。
結果は決まっているんだろうけどな。
裏金的に。
しかも審査は別室。
他のクラスの学級委員は詳しいことが分からない。 良くできた仕組みだな。 俺は、結局誰にも報告しなかった。 1クラス5分前後。 時間はそんなにかからなかったようだ。 学級員が順番に呼ばれていく。 そして、特に問題なく全クラスの発表が終わった。
「それでは、今日はこれで終わりにします。後日、結果発表をお待ちください」
肥後先輩がそう言うと、解散となった。