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第1話気持ちを吐き出すということ

2023年 2月1日 水曜日 第1週目  



 この日は私立高校の入試が終わった次の日だった。

 そのため、クラスは少しざわざわしており、まるで自分のクラスではないようだ。

 中には友達同士で答えの確認をしている人もいたが、この地区には高校がたくさんあるため、意外と同じ学校を受けている人は少ない。


 俺は前から4列目、後ろから3列目の窓側の自分の席に着くと、教科書を机のなかに入れて一息ついた。

 朝の会まではあと15分くらいある。

 その間なにをしようか迷っていると、少し離れたところから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「優気!試験どうだったー?」


 その声が聞こえる方に振り向いてみると、そこにいるのは奥川さんだった。

 そして、俺が反応したことに気が付くと、こちらにゆっくりと近寄りってきた。


 奥川さんの本名は奥川おくがわ明日香あすかさん。身長、体重はほとんど女子の平均と同じくらいで髪は少し長いくらいの長さでまとめていて普段から丸くて茶色の眼鏡をかけている。俺と3年間同じクラスでいつもクラスの中心に出てくれて、あんまり仲のいい女子のいない俺にも優しく話かけてくれる優しい女の子だ。


 そして、奥川さんが俺の席に着いて俺と話を始めたところにもう1人やってきた。


 この人こそが俺の3年間の片思いの相手である平野ひらのさくらさんだ。


 身長は女子の平均よりも少し小さいくらいで体形はどちらかというと痩せている。髪は黒色で、後ろで髪を結んでいるが、ほどいたら両肩にかかるくらいのようだ。

 歩いた時にほのかにかおる柔軟剤のにおいは自分の制服とは違ってとても心地がいい。

 それに声もどこか穏やかで聞いていると自分が原っぱの中にいるような感覚にさえなって来ることがあるくらいで会うだけで気分が穏やかになるのが良く分かる。


「おはよう。奥川さん、平野さん」


 俺は2人に軽く挨拶をした。


「おはよう‼それで、試験の方はどうだった?」

「まあ、ぼちぼちかな。やれることは全部できたと思うけど正直、五分五分かな」


 俺が受けた高校は県内でも平均の少し受けくらい。

 俺は、受験結果の正直な感想を言った。

もちろんここで強がって言うこともできただろうけど、2週間後には結果が分かってしまう話だからこんなところで何を言っても仕方がない。


「2人ともどうだった?」

「私はもちろん、大丈夫だよ!なんたって昨日のテレビの星座占いトップだったし‼」


 奥川さんはいつもと変わらない満面の笑みで答えてくれた。

 そして、それに続いて平野さんも俺の質問に答える。


「私はどうだろう。体調は問題なかったけど、試験問題は難しかったし不安かな」


 平野さんは中学に入学した時から体が弱く、普通の日だけではなく行事の時にも体調を崩して不参加だったことが今までにも何度かあった。

 だから、今日の平野さんの姿を見るまで内心すごく不安だった。

 でも、平野さんが試験を無事に受けられたのを聞いて俺もなんだか自分のことのようにうれしくなった。


「大丈夫だよ。桜ちゃんは私たちのグループの中でも一番頭いいから絶対受かっているって!」


 奥川さんが笑って平野さんのぽんぽんと叩いた。


「ありがとう。明日香。でも、倍率も結構高かったし、問題も難しかったからやっぱり不安かな」

「大丈夫‼確かに受けた宮高は県内でも2番手の私立だけど、桜ちゃんなら絶対受かっているって‼私が保証する‼」


 俺もきっと大丈夫とさっきと同じように頷いた。


「ありがとう。なんだか自信出てきたよ」


 平野さんは俺と奥川さんに向かって笑顔で答えてくれた。

 そして、平野さんが話を続けた。


「明日香も試験大変だったんじゃない?確か倍率は一番高かったよね?」

「まあ、大丈夫でしょ!星占いトップだったし‼」

「俺も奥川さんなら大丈夫だと思うよ」

「それに、私は合格だけじゃなくて特待生になれるかどうかが重要かな。結局、合格しても特待生になれなかったら私は通えないし」


 奥川さんはいつも明るく過ごしているがなんだかんだで勉強は結構できるほうだ。

 でも、やっぱり不安な気持ちはあるんだろう。

 普段は絶対にしない家の話を自分からしていることから察することはできた。

 そして、それは平野さんも分かったみたいでさりげなく話題を変えた。


「あそこにいるの姫路くんじゃない?」

「よう」


 後ろから聞き覚えのある男子の声が聞こえたので振り返ってみると、そこには姫路がいた。

 姫路の本名は姫路ひめじ鉄平てっぺい。こいつも2人と一緒で3年間クラスが同じで仲のいいメンバーの1人だ。


「なんの話をしていたんだ?」

「受験の話だよ。そっちはどうだった?」


 こいつは俺と同じくらいの成績だったため、一緒の高校を受けた。昨日は会場が同じだったが教室が離れた場所にあったため話すことはなかった。


「まあ、普通かな。少なくとも成実よりはできたな」

「一言よけいだな‼」

「ちなみに国語の出来は?」

「満点一択だな」

「本当は?」

「あの程度の問題でミスする未来が見えない。優気はどうだった?」

「まっっまあ、何とかなったかな……」


 俺は鉄平の余裕な目をかいくぐるかのように窓の外を見ながら答えた。

 まあ、鉄平は国語の成績だけは学校全体で見てもトップレベルだから当然といえば当然なんだろう。

 そして、この鉄平の余裕な表情を見ていて黙っているはずもなく奥川さんは突っかかった。


「鉄平は余裕だねー落ちればいいのに‼」


 奥川さんは冗談めかして笑顔で鉄平に言った。


「少なくとも奥川よりは大丈夫だな」


 そして、鉄平も同じように笑顔で返す。


「そんなことないもん!私、勉強量なら鉄平に負けないし」

「奥川は量だけだもんな。放課後いつもしゃべりながら勉強して身につくわけがないだろ」

「いいじゃん!いつも真っ先に帰ってゲームしている鉄平よりましだし!」

「俺がいつ家に帰ってからゲームばかりしていると言った?」

「違うの?」


 少し疑るような目で奥川さんは鉄平を見た。


「違うに決まっているだろ。俺は家では犬と遊ぶことで忙しいからな」

「一緒じゃん‼」

「全然違うに決まっているだろ。犬をなめるなよ。犬は世界一の生き物だ」

「あーはいはいそうだねー」


 鉄平の犬自慢はいつものことのように奥川さんは流すような対応をした。


 俺たちが会話に夢中になっていると、タッタッタと軽やかなリズムでこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 俺がふと振り返ると同時に声が聞こえてくる。


「わっ‼」

「うぉ!」


 俺は思わず聞いたこともないような声を上げてしまった。


「優気おはよう!あと、みんなもおはよう‼」

「おはよう」

 この元気な女子の名前は島田しまだりん。クラスの中ではあまり目立つタイプではないがメンバーの中では島田さんと一緒に盛り上げてくれるとても明るい性格をしている。

 身長は女子の平均よりは少し高く、男子の平均身長くらいある。体重は見た感じでは太ってもなく、やせすぎてもいない至って平均という感じだ。


「優気は今日もかわいいね!」

「かわいいって言うな!」


 頭をごしごしと触りながら島田さんはいつもと変わらないテンションだった。

 ちなみに、島田さんが俺に対してかわいいという理由についてはわからない。

 2年生で同じクラスになってからしばらくしたタイミングでいきなり言い出してきた。

 かわいいといわれ始めたころはみんなで何を言っているんだと騒いでいたけれど、今となっては島田さんの俺に対する挨拶代わりみたいなものだ。


「相変わらず、凛は優気のことが好きだね」

「もちろん。でも、幼稚園からの幼馴染の桜ちゃんももちろん大好きだよ‼」


 平野さんはありがとうと返した。


「凛ちゃんは相変わらずギリギリだね」

「まあね!一度もチャイムに遅れないことをほめてほしいよ‼」

「凛は受験どうだった?」


 奥川さんがさっきの俺たちと同じように島田さんにも聞いた。


「今から高校の制服を着るのが楽しみだよ‼」

「珍しく余裕そうだな」


 鉄平がさっきと同じ要領で口を挟んだ。


「もちろん、余裕だよ‼」

「ほんとかよ」


 続けて鉄平が笑いながら聞いた。


「だって、解答欄だいたい埋まったし‼」

「たしかお前の学校、全問マーク試験だったよな」

「うん。だから、五角形の鉛筆もしっかり持参したし!」

「一応、なぜ五角形の鉛筆なのか聞いておこうか」

「決まっているじゃん。英語のためだよ!」

「誰が教科名を答えろつった‼せめて分からない問題のためだけにしろよ!」

「私は自分の可能性を信じているから!」

「それは、鉛筆の可能性だろ!」


 鉄平と島田さんとのいつものやり取りが始まった。この2人は正確はあんまり似ていないようにも見えるが、話しているとなんだか2人ともすごく楽しそうにしているため、こっちもつられて笑えてくる。

 そして、島田さんも学校に来たことでこれでようやくいつもメンバーは全員そろった。

 1年生の時から3年間同じクラスだったいつものメンバーが入試の次の日でもいつもと変わらない元気な姿を見ると、少しだけ俺も昨日のテストの疲れが取れる気がする。


 時計はあと数秒で朝の会が始まる時間になっている。


 俺たちはそれぞれの席へと戻ると、チャイムと同時に来た先生とともに日直が号令をかけた。


 6時間目の数学の授業が終わると、俺たちはたわいのない話をしばらく教室でしてから帰ることが最近の日課になっている。

 受験の張りつめた教室の空気から解放される数少ない時間だ。

 ただ、最近は私立の受験が近かったせいで受験についての話ばかりだったから久しぶりに楽しい話でも出来そうだ。

 鉄平の席に近くの椅子をずらして集まったところで俺が話を始めた。


「昨日、受験終わった後何していた?」

「私は、ゲームしてたよ!」

「島田さんらしいな」


 鉄平も話に続いた。


「だって、せっかく受験から解放されたんだし遊ばないと損だよ!そうだ、今週の土曜か日曜にみんなで水族館行かない?」

「行かねえよ。公立の受験が残っているんだし」

「えーいいじゃん!どうせ鉄平は勉強してないんだし、今さら何やっても結果は変わらないよ!桜ちゃんはどう?」

「私も今は受験があるから厳しいかな。でも、公立の受験が終わったらみんなで行こうよ」

「えー桜ちゃんが言うなら仕方ないけどー」

「平野と俺とでの扱いの差はなんだ」

「まあ、姫路だしね」


 奥川さんが少し笑った表情で返した。


「まあ、細かいことはいいじゃん」


 奥川さんまで鉄平のいじりに参加し始めたところで鉄平は一つ大きなため息をついた。


「俺、今日は塾で自己採点があるから帰るぞ」

「私もだった!今日は急いで帰らないと‼」

「その前に島田はさっき顧問が呼んでたぞ」

「えーゆいちゃん先生かぁ。バレーボール直し忘れたかなー」

「そんじゃ、今日は先に帰るぞ」


 もとから用意していたようで鉄平は教材をすべて入れたバッグを持った。


「なっっなら、私も今日は帰ろうかな」


 そう言うと、平野さんは荷物を急いでまとめた。

 鉄平は仕方がないなというそぶりをして椅子に座り直した。

 なんだか、平野さんが少し慌てた様子だったのは気になったけど、私立受験が終わったばかりだし、いろいろあるんだろう。


「なら、俺も今日は帰ろうかな」


 4人のうち3人が帰るなら今日は教室に残っても仕方ないだろう。

 俺も3人と一緒に荷物をまとめようとした。

 すると、唯一帰ると言っていなかった奥川さんから話しかけられた。


「ねえ、勇気は私と一緒に学級委員の仕事手伝ってくれない?先生にさっき頼まれちゃって」


 先生はさっき職員会議があるって急いで帰っていったけど、いつそんなタイミングがあったのか少し不思議だったけど、特に断る理由もなかったため、俺は教室に残ることにした。












 姫路と平野さんが荷物をまとめて教室から出ていくのを見ると、俺と奥川さんだけが教室に残された。

 俺の座っている机を反転させて奥川さんと向い合せの状態で話を始めた。


「それで、頼まれた仕事って?」


 俺は、できるだけ早く終わらせようと奥川さんに尋ねた。


「あー。それは…」


 どうにも煮え切らない様子だ。


「まあ、せっかくだしたまにはおしゃべりでもしようよ」

「いや、仕事のほうはどうしたの⁉」

「んー。それはもう大丈夫かな…」


 …?


 これは、絶対に何かある。


 奥川さんが嘘をつくことが下手なことはいつものメンバーならだれでも知っていることだ。

 俺をこの教室に置いておくことに意味があるということなのか。

 でも、なぜだ?

 私立入試の次の日ということもあって俺と奥川さん以外に教室には誰もいない。

 島田さんは部活の顧問のところに行ってしまったし、姫路と平野さんも帰ってしまった。

 他のクラスメイトも誰も来ないだろう。

 放課後の教室に2人きりにする意味ってなんだう……………………………!?


 そういうことか‼


 恋愛アニメで100回は見た展開だ‼

 なるほど。だから、島田さん、平野さん、姫路を先に返したんだ。


 <俺と2人きりになるために‼>


 そうすれば、先生から頼まれた仕事があるなんて言う嘘にも納得がいく。


 そうか。奥川さんは俺のことが好きなのか!

 なるほど。

 確かに、クラスの中にいる女子の中ではかわいいほうだ。

 でも、俺には平野さんという運命の相手がいるからな。

 奥川さんの気持ちに答えることはできない。

 ここはさりげなく雰囲気を変えて告白をさせないようにしよう。


「あの、奥川さん。告白のことについてなんだけど…」


 あっ。


 やってしまった。

 勢いあまって告白という絶対に言ってはいけないワードを言ってしまった。

 これではさりげなく告白をさせないという俺の計画が台無しになってしまう。

 ここからどうやって持ち直そう。

 俺が必至に頭を巡らせていると、先に奥川さんのほうが話始めた。


「告白ってことはもしかして優気は知っているの?」


 やばい。奥川さんに気が付かれた。

 流石にここから何も知りませんでしたは通用しない。

 俺は、ゆっくり深呼吸をして奥川さんのほうを見て返事をした。


「実はだいたい気が付いている」


 奥川さんは俺の言葉を聞くと、少し肩の荷が下りた表情をしてこちらに目を向けた。


「いつ、気が付いたの?」

「さっきのいつものメンバーでの会話の時から」

「そっか…。さすがにあからさま過ぎたかな」


 奥川さんからは不安な表情が感じられる。


「上手くいくかな」


 それは俺に聞かないで欲しい。


「どうだろうね」


 俺は歯切れの悪い返事しか返すことはできなかった。


「私は、少し怖いな」

「怖い…?」

「だって、そうじゃない。告白するってことは仲のいい友達の関係には戻れないってことだよ」


 奥川さんは真剣な目で訴えるようにして俺を見てきた。


「それは…」


 確かにその通りだ。


「ねえ、優気の気持ちを教えてほしい」


 奥川さんは真剣にこちらを見ている。

 3年間の学校生活の中でも見たことがないほどに真剣な表情をしていた。

 さすがにここではぐらかすのはよくないだろう。

 俺は、ゆっくりと自分の机を見ていた目を前に上げる。

 そして、奥川さんの気持ちに向き合う覚悟を決めた。


「正直、気持ちには答えられない。奥川さんならきっとほかにいい人を見つけられると思うよ」


 ついに言ってしまった。


 これでもう今までの関係に戻ることはできない。

 正直、目線を切って今すぐにでもここを離れたい。

 でも、それはできない。

 奥川さんはちゃんと向き合たんだ。

 だから、俺が逃げるわけにはいかない。

 俺は、そのまま目線を外さなかった。

 でも、肝心の奥川さんは首を傾げる仕草をしただけだ。

 そして、体感で20秒ほどたったころだろうか。



「ん…?」


「ん?」



 奥川さんが少し不思議な人を見るかのような声を出した。

 そして、俺もそれにつられて同じような返しをした。


「いきなりどうしたの優気?」

「え…?」

「なんだか優気が私を一方的に振ったみたいになっているけど」

「え……?だって、」


 俺は何か勘違いをしているのか?

 いや、でもどう考えても間違っているところが見当たらない。


「ねえ、優気は何か壮大な勘違いをしていない?」

「そんなはずは…」

「じゃあ確認するけど、私たちは今何の話をしている?」

「それは、奥川さんが俺に…」


 さすがに、自分から告白という言葉を使うのは恥ずかしい。


「俺に…?」


 でも、奥川さんは持ち前のコミュニケーション力で遠慮なく俺に続きを聞いてくる。


「その…告白を……」


 おそらく、俺の顔は真っ赤になっているだろう。

 でも、何とか小声ではあったが言い切ることができた。

 さすがに正面を見ることはすぐにはできなかった。

 鏡はないけれど、きっと今の自分の顔見てみると夕日よりも真っ赤に染まっていることだろう。


 でも、ずっとこのままというわけにもいかない。

 俺は、恐る恐るも奥川さんの反応を確認する。

 きっと、俺と同じくらいに真っ赤になっているだろうか。

 俺はゆっくりと正面を向いた。

 けれども、そこにあったのは頭の上に?が100個くらい浮かんでそうなほどに不思議な顔をしていた奥川さんだった。


「えっと、どうやら全面的に勘違いをしているようだね」

「えっ」


 俺はさっき以上にすっとんきょうな声を出した。


「別に私は優気のこと好きじゃないよ」

「え……」

「あっ、別に嫌いって意味じゃないからね。彼氏になって欲しいとは思ってないってこと」

「あーね…」


 俺は、何とかして心の平静を保つ。

 さすがにクラスの女子から嫌いと言われるのは心に来るものがある。


「じゃあ、奥川さんは俺に告白をするつもりはないってこと?」

「もちろんだよ。そんなわけないじゃん!」


 心の中には安堵の気持ちでほとんど満たされた。

 よかった。


「もしかして、私が優気に告白すると思ってたの?」

「いやっ、別にそれは…」


 奥川さんがあははと誰もいない静かな教室でいつもの笑いをした。

 そして、俺もそれにつられてさっきまでの緊張の反動もあって思いっきり笑った。

 2人だけの教室の中には、さっきまでの重苦しい雰囲気はどこかへと消えていき、いつも通りの明るさを取り戻している。

 これでまた明日からもいつも通りだ。

 俺は、荷物をまとめた。


「そろそろ帰ろうよ」


 俺は、悩みも解決したところで奥川さんに一緒に帰ることを提案した。

 奥川さんは時計を見てそろそろいいかなと言うと、いいよと答えて荷物をまとめ始めた。











 荷物をまとめて教室から出ると、下駄箱で靴を履いて学校を出た。

 奥川さんと2人で帰ることはあまりなかったが、初めてというわけではない。

 ただ、家の方向が違うので自然と一緒に帰る機会が少なかった。


 具体的に言うと、学校を出てから10分くらいにある公園で別れることになる。

 俺と奥川さんは帰り道で、昨日の受験のことや、卒業式が終わったらどっかみんなで遊びに行きたいねといったたわいもない話をしながらいつもの通学路を帰っていた。

 そして、信号に引っかかることもなくちょうど10分くらいで公園についた。


 奥川さんと公園で別れて、1人で帰ろうとすると鉄平が公園の端にいるのが見えた。

 そして、さらに奥には平野さんがいるのも見えた。

 どうして、あの2人が…?


 2人は何か話をしているようだったが、遠くて聞こえない。

 俺は、ばれないようにこっそり近づいた。

 別に2人にやましいことがあるわけではないので、普通に行ってもいいのだけど、なんだか俺は入ってはいけない空間のような気がしてそれはためらわれた。

 近くに来て表情を見ると深刻な話をしているみたいだ。

 俺は声が聞こえるくらいのところにある近くの木に隠れた。

 でも、しばらくお互いに顔を合わせているだけで話を始めようとしない。


「なあ、話があるんだろ。この後塾だからそろそろ始めてもらってもいいか」


 先に話始めたのは鉄平だった。


「ねえ…姫路」


 平野さんがゆっくりと話始めた。

「私…」

「なんだ」


「私、姫路のことが好き。私と付き合って欲しい」


 え…。


 平野さんの表情は今までにないくらいに真剣だった。

 時間が止まった感覚に襲われる。

 平野さんが鉄平に告白…?

 今起きている状況についての頭の整理が追い付かない。

 だって、そんな素振りは全く感じられなかった。

 …。


 きっと何かの間違いだ。

 よく恋愛アニメであるような勘違いに決まっている。

 じゃないと平野さんが鉄平に告白している状況に説明がつかない。

 しばらくの間、静寂が2人の空間を包んだ。

 体感では1時間にも感じられるほどだろうか。

 この時間を終わらせたのは鉄平の大人びた声だった。


「すまない。俺は平野と付き合うことはできない」



 夕日に照らせた平野さんはすごくかわいくて見とれてしまうと同時に、俺はただ地面を見ることしかできなかった。


どうすればいいだろう。




 俺は、どうしようもなくてしばらくの間木の陰に隠れていた。

 さっきから声が全く聞こえなくなったということはもう2人とも帰ってしまったんだろう。

 でも、今の俺にはこの地面から起き上がる気力は持ち合わせていない。

 もうだめだ。

 平野さんが告白した以上は俺にできることは何もない。

 さすがに残り一か月で振り向かせることは不可能と言っていいだろう。 

 結局、俺には分不相応な相手だったんだ。

 俺は、今までの人生にないくらい落ち込んだ。

 もはや涙すら出てこない。

 あまりにもつらいことがあると人間は泣くことすらできなんだなと初めて知った。


 もう、終わりだな…。


 俺は地面に顔を伏せていると、1人の聞き覚えのある声が聞こえた。


「優気。何しているの?」


 顔を見ることはできなかったが、とても聞き覚えのある声だ。


「大丈夫?」

「島田さん…」


 すっごく情けない声で島田さんに返事をした。

 泣いてはいないけど、きっと顔はぐしゃぐしゃになっているだろう。

 そして、島田さんはそんな俺に近寄って今にも触れそうな距離囁いた。


「ねえ、今から時間ある?」


 俺はただ頷くことしかできなかった。













 俺は島田さんにつられたまま近くの焼き鳥屋にいる。

 あの後、少し強引に腕を持ち上げられてなんとかここまで来ることができた。

 そして、焼き鳥屋に入ると一番奥のテーブル席に案内されて、島田さんは慣れた感じでネギマとつくねを2本ずつ注文した。

 まだあまり遅くない時間の放課後ということもあって、周りにいるのはほとんどがスーツを着た仕事帰りのおじさんだ。

 20代から50代くらいの人がほとんどで、間違っても俺たちと同じ世代の人はいない。

 こんなところに未成年2人で入っても大丈夫なのだろうか。

 まして今の俺たちは制服を着ている。

 俺の心配をよそに奥川さんが話を始めた。


「ねえ、大丈夫?」


 その答えに俺は返事をすることができなかった。


 正直、大丈夫かどうかで聞かれれば全く大丈夫ではない。

 でも、島田さんにそんなに気を遣わせるわけにはいかないという気持ちがあったため、言葉にすることはできなかった。


「ねえ、もしかして桜ちゃんが告白するところ見ちゃった?」


 俺の心臓がどきっとした。


 現実で見たことだから今更否定しようもないことだけど、改めて他の人から言葉にして言われるとショックな部分が大きかった。

 もう、俺に告白のチャンスはないんだと強く感じさせられたようで。

 全身から押し寄せてくる悲しみはやがて目から出てくる雫という形になって表れた。


「あれ……俺は、、」


 涙を止めようと必死になるが声すらまともに出なくなっていた。


「俺は……」

「どうしたの?」


 島田さんは優しく話かけてくれた。


「俺は、平野さんのことが好き……だった」


 そんな俺に島田さんは優しい目をしてゆっくりと聞いてくれた。


「そうなんだね」


 島田さんはあんまり驚いてはいなかった。

 きっと、さっきの状況を見て感づいていたんだろう。


「でも、だったってことは今は違うの?」

「いや、それは違う」


 俺は即座に否定した。


「じゃあ、どんなところが好きなの?」

「それは、まず優しさが好き。俺を含めて誰にでも優しくしてくれるところが好き。あと声もいい。落ち着いて優しい声はいつでも聴きたいって思える。あと、笑っている表情が好き。授業中に見える真面目な表情が好き。スポーツをしているところも。頭がいいところも。それと……」


 気が付くと、夢中で平野さんの好きなところをたくさん言っている自分がいた。

 今までの3年間の思い出が頭の中を駆け巡る。

 そして、改めて気が付くことができた。


 俺は、平野さんが大好きだ。


 3年間のこの思いはたった一度告白しているところを見ただけで揺らぐようなものではないと。


「どうやら大丈夫になったようだね」


 島田さんは優しい笑顔からいつもの明るい笑顔に戻っていた。


「うん。ありがとう」


 俺は、さっきまでとは見違えるほどに元気な声で島田さんにお礼を言った。

 そして、タイミングを見計らったように店員さんがさっき頼んだネギマとつくねがそれぞれ届いた。


「やっと届いたね!」

「そういえば、飲み物は?」

「あっそういえば忘れてたね」

「よっし。元気になったところで飲もうか!」

「飲むって何を?」

「黄色いしゅわしゅわした飲み物を!」

「何を飲ませる気!?」


 島田さんの元気の良さに俺はどれだけ救われるのだろうか。

 俺は改めて島田さんの凄さに気が付かされた。








 しばらくすると、リアルゴールドが2つテーブルに届けられた。


「リアルゴールドのことね……」

「なんだと思った?」

「お酒かと思った」

「そんなわけないじゃん。未成年だよ」


 まさかの笑顔でマジトーン。


「それじゃあ、かんぱーい!」


 島田さんの合図で一緒にグラスをこつんとぶつけた。


「ぷはー。やっぱ一日の終わりにはこれ(※リアルゴールド)だよね」

「そうだよな!」


 もう、なんだか一周回って俺も振り切れていつもなら軽く流す島田さんのノリにもついていった。


「やっぱり、これ(※リ〇ルゴールド)のしゅわしゅわ感がたまらないよね」

「やっぱ、これ(※リ〇ルゴールド)飲むと疲れが取れるよな!」


 なんだか自然と笑みがこぼれてくる。

 それから、しばらくはどうでもいいような話を続けた。

 島田さんの元気な笑顔に今まで何度救われたか分からない。

 そして、ふと初めから持っていた疑問をふと聞いてみることにした。


「そういえばなんでここ?」

「まさか、優気にはこの店の良さがわからないの!」

「いやっそうじゃないって」


 俺は急いで否定をした。

 どこからか殺気を感じる。

 なんだか店の奥から強面の店長っぽい人がこっちを見ているような……。


「そういう意味じゃなくて、なんでカフェとかじゃなくて焼き鳥屋にしたのかって意味」

「あー。そういうことね」


 島田さんは少し残念そうな表情をした。

 一方で店の奥からの殺気は止む気配はない。


 俺、ちゃんと訂正しましたけど…⁉


 島田さんは笑顔のままだった。

 まさか、ここで俺を出禁にするつもりか!?


「そんなの簡単なことだよ。だって、ここには同級生は絶対来ないじゃん」

「それはそうだけど……」


 確かにその通りだけど、学生2人で入る店としてあの公園を出てすぐに思いつくことはなかなか難しいだろう。

 それに、注文も慣れていた。


「ここに来たことあるの?」


 俺は、真っ先に浮かんだ考えをぶつけてみた。


「んー。来たことがあるっていうよりか、ここ私の親の店なんだよね」


 親の店?

 なるほどなと思った。

 だからすぐに来ることができたし、注文も手馴れていたんだ。

 そして、店長の目の理由もなんとなく分かった。

 そりゃ、中学生の1人娘が自分の居酒屋に男連れてきたらこうなるよな。

 俺は、うんうんと1人で勝手に首を振って納得をした。


「優気はどうしたの?」

「なんでもない。こっちの話」


 島田さんが不思議な目で見ていた。

 まあ、その目になる理由はわからんでもないけど。

 そして、店の端に掛けてある時計を見ると時刻は7時近くになっていた。


「俺、そろそろ帰らないと親が心配するから」

「そっか。じゃあ、そろそろお開きにしようか」

「優気は外で待ってて」


 そう言うと、島田さんは1人でレジへと向かった。

 さすがに、相談に乗ってもらっておいて奢ってもらうわけにはいかない。

 どちらかと言えば、俺が奢るべきだと思う。


「俺もお金払うよ」

「いいよ。いいよ」

「いや、さすがにそういうわけにはいかないよ。なんなら俺が奢ろうか?」

「大丈夫。今日は私も話ができて楽しかったから」

「でも、そういうわけには……」


 食い下がる俺に島田さんはいつもの笑顔で肩をぽんぽんと叩いた。


「それじゃあ、いつか私が困った時にはここに連れてきてもらって、優気に奢ってもらうってことでどうかな?」


 こんな言い方をされたら断るわけにはいかない。


 俺は、ありがとうと言って奢ってもらうことにした。








 お店を出ると、町は完全に暗くなっていて部活帰りの生徒がちらほらいる。

 そして、島田さんもこのまま家に帰るそうなので、今日はここで本当にさよならすることになった。


「今日はありがとうね」


 俺は島田さんにさよならを言う前に改めてきちんとお礼を言った。


「気にしなくても大丈夫だって!これからチャンスはいくらでもあるよ‼」

「ありがとう。それじゃあ、さよなら」


 俺はそういうと、帰り道を1人で歩き始めた。

 今日はいろいろなことが起こりすぎて頭の中がいっぱいだ。

 正直、島田さんがいなかったら明日以降もこの気持ちを引きずって残りの学校生活をだめにしてしまう可能性すらあった。

 島田さんには感謝してもしきれないだろう。

 そういえば、島田さんは学校では口ぐせのように俺に会ったらかわいいって言っていたのに、放課後に会ってから一度も言われていないような……。




 俺はすっかりと暗くなった夜の道を一歩ずつ歩いて家へと向かった。



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