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第4話

「確か一組はコスプレ館をしていたはずです」

「あー、あの写真撮るやつ?」

「そうです。そこで私が王子様のコスプレをすればいいんです」

「えー……、それは違うような……」


 女子校の王子と言っても、王子様みたいな服装をしている訳では無い。


「では、女子校の王子とは、どのような?」


 見た目や言動が王子様みたいなものなのだ。具体的に言えと言われると恥ずかしくて言いたくないが。確かに、美人な天理なら王子様みたいな雰囲気を出すことができるかもしれない。


「いやー、多分そのまんまの篠原さんなら大丈夫な気がする。言動をそれっぽくすれば」


 見た目から十分に王子になる素質は持っているはず。しかし、天理の言葉遣いや振る舞いはお嬢様なのだ。


「言動、ですか……?」


 そこまで言って、彩羽は口を噤む。


 なにをノリノリのなっているのだ。そもそも、なぜ天理は王子をやろうとしているのだ。


 彩羽のこの学校へ進学してきた理由は、友達なら知っているため、別に今更天理に知られたところで問題は無いが、天理に王子になってもらうのは違う気がする。


「尾鳥さん?」


 黙った彩羽にどうしたのかと首をかしげる天理に、彩羽は首を振る。


「なんでもない。それに、別にいいよ、王子にならなくて」

「そんな訳にはいきません。これは私なりのお礼なんです!」

「お礼?」


 お礼されるようなことは無いはずだ。助けたことに関しては、礼は既に受け取っている。


「はい! サボりを教えていただいたお礼です!」

「お礼を言われることじゃないような気がするんだけど⁉」


 サボることを教えるのは褒められたことではないはずなのだが、なぜか天理の目が輝いている。


「私にとってお礼を言うことなんです‼ なので是非! 尾鳥さんの願いを叶えさせてくれませんか?」


 迫ってくる天理を手で押さえながら、そういうことならと納得する。違う気がするのだが、一回だけ、一回だけ試してみるのもいいだろう。


「分かった!」


 そう言って彩羽は、スマホを操作して電子漫画を開く。そして表示された漫画の一ページを天理に見せる。


「女子校の王子ってこんな感じ!」

「……なるほど、ですが――」


 顎に手を当て、画面を見ていた天理は自分の体に目を向ける。


 彩羽も天理の視線を追いかける。


 出るとこは出ており、引っ込むとこは引っ込んでいる。端的に言うと胸がある。


 彩羽の見せた女子校の王子、彩羽の理想の王子なのだが、それはスレンダーだったのだ。


「そこは気にしない‼」


 天理が口を開く前に彩羽が言う。それを気にすると、髪色だって違う。顔のパーツにしても、天理の方が美人だが、王子の方はパーツが鋭利でクールな感じだ。


「そうですか。それなら、失礼します――」


 漫画の通り、天理が彩羽の手を掴み顔を近づける。


「ひゃー」


 それだけで彩羽の頭はいっぱいいっぱいになる。思わず離れようとしてしまう彩羽を離すまいと引き寄せる。


「私から離れるな、彩羽」


 たったそれだけ、たったそれだけのセリフなのだが――。


「ごぼぼぼぼぼぼぼ……‼」

「尾鳥さん⁉」


 あまりの破壊力に溺れてしまった彩羽に驚く天理は、慌てて彩羽を離して回復体位をとらせる。


 少しすると彩羽が目を覚ました。


「うっ……溺れた……死にかけた……」

「大丈夫ですか?」

「いっそこのまま死んでもよかったかな……」

「大丈夫ではなさそうですね」

「いや大丈夫」


 起き上がった彩羽が言う。


 少し前の、天理に王子をやってもらうことに抵抗があった自分を殴り飛ばしたくなる。それと同時に、試しに王子をやってもらおうと思った自分を褒めることもする。


「あのう……」


 怒りの表情を浮かべたり、満面の笑みを浮かべる彩羽を見て、天理は恐る恐る声をかける。


 するとやけにいい笑顔の彩羽が振り向き、天理の手を掴む。


「ありがとう! 夢が叶った‼」

「え、ええ……。それならよかったです」


 彩羽の夢を叶えることができたならよかった、そう思った天理である。



 その時のことを思い出し、一人笑った天理は暖房の温度を下げる。


 あの時、天理に初めてサボるという悪いことを教えてくれた彩羽に恩返しすることができて嬉しかった。


 今までサボりなど、悪いことだと言われていることをすることができなかった天理である。悪いと言われていることに興味があったのだが、サボりなんてそもそもやる機会が無いし、仮にそういう機会があっても、誰も天理にサボろうとは言わないだろう。そう思っていたのだが、彩羽はサボろうと言ってくれた。


「あの時、楽しかったですよ。私の世界が色づいたような、そんな気がしました」


 そう呟いて、天理は目を閉じるのだった。

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