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第3話

 黙々と机に向かっていた天理は、スマホのアラームが鳴ると、ボールペンを置いて化学のテキストを閉じる。


 アラームが鳴ったということはもう寝る時間だ。アラームを止めた天理は、暖房の効いている室内で大きく体を伸ばす。勉強は予定していた場所まで進んだ、今日も全てが予定通り。


「いえ……予定通りではありませんでしたね」


 今日のことを思い出して微笑んだ天理はベッドに倒れる。


 スマホのカメラロールを開き、お気に入りに追加している写真を見る。


 その写真には、カメラに向かって目線を向ける天理と、いきなりのことで驚いている様子の、両サイドの髪の毛が羽のようにぴょっこりと跳ねている黒髪の生徒である彩羽とのツーショット写真。二人が着ているのはクラスごとに色とデザインが違うクラスシャツだ。この写真は文化祭の時に取ったもので、天理が初めてサボった時、記念の写真だった。


「彩羽さん……」


 天理はこの時のことを思い出す――。



「……せっかくだからさー、勉強なんてせずに時間までなんか話そうよ」

「お話……ですか?」


 サボるといっても、なにをすればいいのか分からない天理が、スマホに保存した問題解説集で勉強をしていると、彩羽が言った。


 今日やる予定の勉強を先にしていたのだ、別に今しなくても支障はない。


「そう、篠原さんって有名だけどー、だからといって篠原さんのこと知ってる訳でもないからさー」

「自己紹介みたいなものですか?」

「そんな感じ」

「いいですよ」


 天理も、自分と同じ二年の全生徒の名前は憶えているが、詳しいことは知らない。友達と言える生徒はいるが、数は多くない天理にとって、この提案を断る理由は無かった。


 それならと、まずは彩羽が自己紹介を始める。


「わたしは尾鳥彩羽。苗字的におっとりしている子かと思ったけど、名前の彩羽みたいに騒がしい的な方に寄っちゃったよねって言われてる。趣味は折り紙、好きな食べ物はハンバーグ。得意な教科は無し、テストの点数は全教科平均をやや上回る。以上」

「私は彩羽という名前を聞いて、騒がしいなどと思いませんが……」

「いいよ自己紹介にツッコミは。次は篠原さんの番だよ」

「そうですか? それでは――。篠原天理です。そうですね……周りからは、お恥ずかしながら、なんでもできる完璧な人、と言われます。これといった趣味は特にありません。好きな食べ物はオムライスです。私も得意科目は特にありません、テストは全ての教科が満点です。以上です」


 彩羽の自己紹介の通り天理も言ったのだが、彩羽は恐ろしいものを見たような表情で天理を見ていた。


「どうされました?」


 なにかおかしなことを言ってしまったのだろうか? 確かに自分で言うのは憚られるが、他人が評する自分のことを話してくれた彩羽に天理も倣っただけなのだが。


「得意科目が……無い……?」

「はい、ありませんが」

「じゃあ全教科いつも勉強してるってこと⁉」

「そうなりますね」

「ヤバいなー」


 得意科目が無くて、全ての教科満点を取っているということは、彩羽の言った通り、天理は全ての教科をしっかりと勉強しているのだ。同じように得意科目が無く、全ての教科を勉強して、平均点をやや超える彩羽には、天理のやっていることの凄さが解る。


「記憶力には自信がありますから」


 言っている言葉は嫌味として捉えることができるが、天理の言い方が優しく朗らかなため、全く嫌味に聞こえない。


「嫌味に聞こえんなー。――って篠原さんならもっと賢い学校行けたんじゃないの?」


 普段から勉強をしているのなら、勉強が嫌で学校のレベルを下げたという訳ではないのだろう。


「家が近いですから。尾鳥さんは、どうしてこの学校へ?」


 拍子抜けする程ありふれた、最も納得できる答えだ。

 そして今は互いに自己紹介をしているのだ。天理がこの学校へ来た理由を言ったのなら、彩羽も返さなければならない。


 別に彩羽がこの学校へ来た理由は隠すほどの物でもない。友達は知っているし。


「女子校の王子という存在を一目見たくてねー」

「まあ!」


 綺麗な目を見開いてに口元に手を当てる天理。


「王子様……ですか……」

「なんかそう言われると恥ずかしいな。まあ、いなかったんだけどねー」


 女子校に一人はいると思っていた女子校の王子だが、実際入学してみると、いるのは一学年に一人の超絶美人だけだ。


 それはそれで貴重なのだが、目の保養なのだが、王子ではないのだ。


「なるほど、そうなんですか……」


 天理は記憶している二年生全ての顔を思い出す。確かに、王子と呼ばれている生徒はいない。他の学年でも、そういった生徒がいるという話は聞かない。


「この学校にはいませんね」

「だよねー!」


 彩羽が天井を仰ぎ見る。分かってはいたが、やはりそう断言されると凹んでしまう。


「そうです! いいことを思いつきました!」


 いきなり手を叩いた天理に、彩羽は驚いた顔を向ける。


「急にどうしたの⁉」

「尾鳥さん! 私に任せてください!」


 なにを任せればいいのか分からない、まずは説明を求めたい彩羽である。

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