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ダージリンとマスカテルフレーバー

カズキは旅と紅茶を愛する青年だった。彼は世界中を巡りながら、その土地の茶文化に触れることを楽しんでいた。ロンドンの午後のティータイム、モロッコのミントティー、台湾の烏龍茶。それぞれの国に紅茶と共にある風景があり、人々の暮らしに溶け込んでいた。


そんなある日、彼は東京のカフェでインドを旅したことのある男と出会った。


「ダージリンのセカンドフラッシュを飲んだことはあるかい?」


男は笑いながら、カズキの前にカップを差し出した。琥珀色の紅茶からは、ふわりと甘く熟した果実のような香りが立ちのぼる。


「これがマスカテルフレーバーだよ」


カズキはゆっくりと口に含んだ。豊かな香りが鼻を抜け、ほのかな渋みと甘みが舌に残る。ワインのように深みのある余韻が心地よい。


「どうしてこんな香りが生まれるんだ?」


「それが面白いんだ。ある小さな虫が茶葉に関与しているんだよ」


男はダージリン地方の気候やウンカという虫の話を語りながら、紅茶が持つ奥深さを教えてくれた。だが、それは決して知識の押しつけではなく、まるで旅の思い出話をするような、ゆったりとした会話だった。


カズキはふと考えた。


(知識というのは、こうして誰かと語らいながら自然と味わうものなのかもしれないな)


やがて彼は、本場のダージリンを訪れることを決めた。到着した朝、茶園を見渡すと、霧がゆっくりと山肌を包み込んでいた。空気はひんやりと澄み渡り、茶葉の香りが微かに漂ってくる。職人たちは丁寧に茶葉を手摘みし、その一枚一枚に命を吹き込むように作業をしていた。


農園主が案内してくれた茶工場では、茶葉が丁寧に発酵され、香りが引き出される過程を目の当たりにする。木造の建物の中に広がる香ばしい香りが、彼の胸を躍らせた。


淹れたてのセカンドフラッシュを飲みながら、農園主が言った。


「この香りは、茶葉が試練を乗り越えた証です。強い日差しと雨を経験した葉だからこそ、生まれるんですよ」


カズキはその言葉を噛みしめた。もしかしたら、人の人生も同じかもしれない。さまざまな経験を積み重ねることで、深みや味わいが増していく。


旅の終わり、彼はカフェで紅茶を飲みながら微笑んだ。


「紅茶を飲むことは、人生を味わうことかもしれないな……」


その一杯の紅茶が、カズキに新たな視点をもたらしていた。



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