カナはノートパソコンのキーボードを叩きながら、最後の一文を入力した。時計を見ると朝の6時――徹夜明けだ。
「終わった……!」
達成感と疲労が同時に押し寄せる。カナは大きく伸びをすると、ぼんやりとした頭をスッキリさせるために紅茶を淹れることにした。
キッチンに向かい、棚からお気に入りのティーポットを取り出そうとするが――
「――えっ!」
滑ってしまった。カナの目の前で、ポットは床に落ち、無残にも割れてしまう。
「ウソでしょ……!」
途端に眠気がぶり返してきた。だが、諦めるのは早い。食器棚を探ると、ティーバッグの箱が目に入った。
「まあ、今日はこれでいいか……」
いつもは茶葉を使っていたが、今はそんなことを気にしている余裕はない。カップにティーバッグを放り込み、お湯を注ぐ。じんわりと色が広がり、部屋の中に紅茶の香りが立ち上る。
「あ、意外とちゃんと香る」
こうして手軽に淹れられるのも悪くない。
その日の午後、カナはレポートを提出した帰り道、カフェに立ち寄った。
「いらっしゃいませ」
カウンターで注文を済ませ、紅茶を受け取ると、ふと隣の席に知った顔を見つけた。
「あれ、先輩?」
大学のゼミで紅茶好きとして有名な先輩、相馬(そうま)が本を片手にくつろいでいた。
「おお、カナじゃん。徹夜明けか?」
「バレてます?」
「そのカップの持ち方と顔色でな。何飲んでる?」
「アールグレイです」
「渋いな。あ、そういえばカナは普段ティーバッグ派? リーフ派?」
「リーフです。…でも、今朝はティーバッグを使いました。ティーポットが割れちゃって」
そう言うと、相馬は微笑みながら紅茶の本を閉じた。
「ティーバッグの歴史って知ってる?」
「え、何かあるんですか?」
「もともとアメリカの商人が、紅茶の試供品をシルクの袋に入れて配ったのが始まりらしいよ。そのままお湯に浸したら便利だって気づいて、広まったんだとか」
「試供品から生まれたんですか?!」
「そうそう。今は紙のフィルターになってるけど、最初はもっと高級だったらしい」
カナは今朝の自分を思い出す。ティーポットがなくても紅茶が楽しめたのは、そんな歴史があったからなのかもしれない。
「なんか、ティーバッグを見直しました」
「でしょ? 手軽だけど、意外と奥が深いんだよ」
カナはカップを見つめながら、湯気の向こうに紅茶の長い歴史を感じた。これからはもっといろんな紅茶を試してみよう。
少しずつ、カナの紅茶の世界が広がっていく気がした。