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第3節 永遠の花の告白 Ⅱ


「私の力を借りたい……だと?」



 ――兄妹の生家を飛び出したところで出会った、彼らを追っていたはずの、枝裁鋏シアーズであるグレンからの意外な言葉。


 思わずそれを繰り返すカインに、バイクにまたがったまま相対するグレンは、神妙に頷いてみせた。


「……一体どういうことだ。何を企んでいる」


「企んでいる……と言えば、まァ、企んでいることにもなるんだろうが……アンタたちに害になることじゃない。

 今はとにかく、素直にアンタをアテにしてるだけだ――あの兄妹を助けるためにな」


 油断なくグレンの挙動に注意を払ったまま、カインは眉をひそめる。


「助ける、だと?

 連れ去ったのはお前たちだろう……!」


「数日前なら、その通りと認めるだけだったんだが……あいにく、今はそうでもなくてな」


 困り顔で、グレンはがしがしと乱暴に頭を掻いた。


「このままだと――」






 ――兄妹の実母、マルタから二人を引き取った春咲姫フローラは……。

 そのまま天咲茎ストークに戻るだけだと思っていた車が、進路を曲げて人工湖中央の古城にやってきたことに、首を傾げずにはいられなかった。


「それで……どういうことなの? ライラ」


 それだけに、ライラから端末越しに指示された通り、兄妹を車内に残して外に出た春咲姫は。

 待っていた当の本人に、すぐさまその問いを率直にぶつけていた。


 しかし、古城前のロータリーに立つライラは、珍しいことにそれに対してすぐに応えることなく――。

 春咲姫に背を向けたまま、何か気になることでもあるのか、静かに月を見上げている。



 その姿に、一瞬……春咲姫は奇妙な不安を感じた。



 だから、それを振り払う意も込めて、もう一度強く、ライラの名を呼ぶ。


「――ねえ、ライラ!」






「このままだと……何だと言うのだ?」


 カインが問い直すも、グレンはすぐには言葉を続けない。

 頭を掻く手も止まっていた。


 よほど言いにくいことなのか、僅かながら逡巡を見せてグレンは――。

 やがてはっきりとそれを口にする。



「このままだと――あの兄妹は、殺される」



「……何だと……?」


 一瞬、カインはその言葉を理解出来なかった。


 この庭都ガーデンにおいて、そして兄妹を取り巻く環境において――。

 それは、あまりにも現実感のない言葉だったからだ。


 しかし、それはすぐさま本来の意味を取り戻して、カインの胸の内に染み渡る。


 バカバカしい、あまりにもくだらない冗談だと聞き流すには――向けられるグレンの眼差しは、あまりにも真剣だった。


「……殺されるんだよ、あの二人は。

 アンタも戦り合った、あのライラという女の手で――な」






「分かってる、聞こえてるわ。

 ……ここに寄ったのはね、用心のためよ」


 ライラは春咲姫の問いに、そう答えてようやく振り返った。


「あの子たちに協力者がいるのは知っているでしょう?

 マルタが引き離してくれたし、わたしの部下たちが足止めしたでしょうけど、それでも気は抜けないわ。

 ――だからね、車だけ囮として先に行かせて、あなたたちにはこの城で少し様子を見てもらうことにしたの」


 春咲姫はその『協力者』について、詳しいことは教えられていなかった。

 だが、ライラやグレンほどの人間が後れを取ったというぐらいだから、相当な腕利きなのだとは理解している。


 しかも件の人物は、ヨシュアに死すら与えているのだ。

 慎重に慎重を期す――というのは、決して間違いではないだろう。


 春咲姫は了承の意味も込めて素直に頷いたが、少し不満げでもあった。


「でも、それならそうと、初めから言っておいてくれれば良かったのに」


「ごめんなさい。

 ……ここ、最近使ってなかったでしょう? だから、設備の点検と準備に予想以上に時間がかかってしまって。

 ぎりぎりまで、実際に使えるかどうかの判断が下せなかったから」


 ライラは微苦笑を浮かべる。


「…………?」


 春咲姫は、先に感じた奇妙な不安のように、そこになぜか、微かな違和感を覚えたように思ったが――。

 それも、正体を掴めるほどではなかった。






「カイン。アンタもこっちへ来る途中、人工湖を渡る際に古城を見たと思うが……。

 ライラは、あの古城に一行を足止めした上で、独断で兄妹を暗殺するつもりらしい。

 一度天咲茎に戻れば機会は無いに等しいからな……手を下すなら今しかないと踏んだんだろう」


 グレンが言うと、カインは信じられないとばかりに、大きく首を振る。


「……どうしてだ。花冠院ガーランドの人間は皆が皆、春咲姫とやらの意志に従い、あの子らを不死にする――そのために追っていたのではなかったのか」


「もちろん、これまではそうだった。

 だが――ヨシュアが死んだからな」


 グレンはぽつりと、色の抜けた声で呟いた。



「ライラは昔から、春咲姫と庭都を護ることに固執していた。

 それを害する可能性のあるものは、いかなる手段を用いてでも排除しようと考えるほどに。


 そこに、本来ならこの庭都ではありえないはずの、ヨシュアの死だ――。


 直接手を下したのはアンタでも、その死をもたらすきっかけとなったことで、あの兄妹も、彼女にとっては春咲姫と庭都に仇なす、危険な存在となったんだろう。


 そして枝裁鋏の――彼女の部下は、誰もがその考えに賛同している。

 いや実際、彼女の考えを聞けば、他にもなびく人間は少なからずいるだろう。

 庭都の平穏のためにも、春咲姫自身のためにも……その意志に背くことになろうと、災厄の芽は早々に摘み取るべきだ、とな。


 それだけ『死』とは、新史生まれの庭都の住民にとって大きいものだからだ。


 ――ともかく、ライラの決意に真っ先に勘付いたうちのボスの指示で、俺は彼女の動向に注意を払っていた。

 それで何とか、この計画を嗅ぎ付けることが出来たわけだが……。


 ライラはアンタも知っての通り、手練れだ。


 俺も一対一なら何とかなるかも知れんが……向こうは他に部下もいる状況で、しかも子供二人を助け出すとなると……さすがに手に余る」



「……そこで、私の手を借りたいというわけか。

 だがそれなら、お前にも協力者はいるだろう。指示を出したボスも、それに部下も。

 それで――どうして私なのだ?」


 カインの問いかけに、グレンは困ったように相好を崩した。


 それはどこか、悪戯を企む子供のような――それでいて落ち着きも伴った、決意の宿る涼やかですらある笑みだ。


「……なに。

 うちのボスには悪いが、俺は俺で独自の判断を下そうと――そう思っていてな」






「でも……やっぱり、結果として正解だったみたいね」


 車の中で俯く兄妹を、遠目にちらりと見やり……ライラはそう切り出した。


「え? 何が?」


「天咲茎にすぐ戻らず、ここで少し時間を過ごそうって話。

 車の中で色々と話をしていたんでしょうけど……あの子たちもあなたも、少し落ち着くための時間が必要なように思えるから」


「あ、うん……そうだね。

 それは……そうかも知れない」


 ライラの言葉に、自身としても思うところがあるのだろう、春咲姫は素直に頷く。


 実際ライラは、春咲姫の様子に、普段と違う何か焦燥感めいた――切迫した空気を感じたゆえの発言だったので、全くの嘘というわけではない。

 だが、やはり少女を騙すことへの罪の意識が……ちくりと、ライラの胸を刺した。



 ――だけど、これは必要なこと。この子を護るために……。



 無意識に、そっと胸元に手を当て……ライラは改めて自分に言い聞かせる。


 あの兄妹は洗礼を受けて不死になったところで、考えを改めることなどないだろう。

 そしてその考えは、庭都には不要の、混乱と恐怖を撒き散らすだけだ。



 それを止めるには――殺すしかないのだ。



「……さて、あんまりここでこうして長話していたら、囮の意味がなくなってしまうものね。

 車を行かせるから、あなたはもう城内に入りなさい。

 部屋の方は準備してあるから」


「ノアとナビアは?」


「もちろん客人として、ちゃんとした部屋を用意させたわ。

 ……さすがに、あなたとは別の部屋にさせてもらうけれどね」






「……独自の判断?

 それが、先に言っていた……お前が企んでいることとやらか?」


 カインの問いに、グレンは素直に「ああそうだ」と首肯する。



「……まず俺のボスは、春咲姫という存在だけでなく、その意志も護ることに一片の迷いもない。

 だから、春咲姫の願いに逆らうようなことは絶対にしない。

 そして春咲姫は……あの嬢ちゃんは、強い娘だが、その強さゆえに、やはりあの兄妹を不死にすることを止めようとはしないだろう。

 つまり、俺がボスの指示に従う限り――あの子らは命は助かっても、不死にならざるをえない、ということになる。


 だが……それではダメなんだよ。


 直接目の当たりにした俺には分かる。

 たとえ不死になったところで、あの子らの考えは変わらないだろう。

 そしてそれでは結局……ライラが危惧するように、庭都に混乱を引き起こす火種になってしまうだけだ。

 だから――俺は、もう一つの手段を取ることにしたのさ」



 言って、グレンは懐を探ると、カードのようなものを2枚、カインに投げて寄越す。


 受け止めたカインは、それが、以前ノアの使っていた端末であることに気付いた。

 田園地区で隠れ家を強襲された折、失っていたものだ。


「その掌携端末ハンドコムに残されていたデータから、俺なりに推理して……あの子らは地上に降りるつもりだという結論に達した。――そうだよな?」


 僅かな逡巡の時間を経て、ここで口を閉ざすことに意味がないと結論付けたカインは――その通りだと認めた。

 グレンもまた、満足そうに頷き返す。


「あの子らの主張の是非はともかくとして、庭都にいる限り、その存在がいたずらに住民の心を掻き乱し、混乱を招くのは間違いない。

 そしてそれは、俺としても望んでいない。

 だから俺は、二人が庭都を出て地上に降りる気でいるのなら……それが一番、事が丸く収まるはずだし、手助けしようと思ってな。

 それで、あの子らの保護者のアンタを協力者に選んだ――と、そういうわけだ」


「我々とお前と、そして庭都の利害が一致すると……そういうことか。

 だがお前は、不死の身でありながら、不死を否定する彼らの意志を擁護して……それでいいのか?」


 グレンはその問いに、微かにフン、と鼻を鳴らす。

 それは、自分で自分の滑稽さを笑っているように……カインは感じた。


「こう見えて俺も、子を持つ親の身でな。

 子供が、こうだと決めた強い想いがあるのなら……そしてそれが、少なくとも俺の主観で間違いとも言えないものなら……。

 出来る限り、貫き通させてやりたいと――そう、ガラにもなく思っちまってな」


「…………」


 グレンの心底の奥まで見透かそうとするように、鋭い目を真っ直ぐに向けていたカインは――。

 やや間を置いて渋面のままに、しかしさしたる躊躇いもなく……首を縦に振った。



「分かった――お前に協力しよう」



 その言葉を聞くや否や、グレンはバイクのエンジンをスタートし……。

 手慣れた動きでその場で車体を半回転させると、乗れとばかりに後部席を親指で指し示した。


「……一つ、言っておく」


 黒衣の裾を翻し、指示通り後部席にまたがったカインは、低い声でそう切り出した。


「決して裏切るような真似はするな。

 もし、あの子らの身に何かあれば……いかなる手段を用いようとも、私は必ずお前を殺す。

 覚えておくんだな」


「勿論だ。

 だが、それならそっちにも覚えておいてもらうが――」


 肩越しにカインを振り返り、グレンもぞっとするような声で告げる。


「ライラや、その部下を手に掛けるのは仕方ない。

 だがもし、いかに記憶を失っているとはいえ、アンタが春咲姫の嬢ちゃんにまで牙を剥くような真似をすれば――タダでは済まさん」


「……なぜ、私が記憶が無いことを知っている?」


「それも坊主の端末からな。

 ……アンタが記憶を取り戻す手がかりになればと、色々調べていたようだぞ?」


 グレンの返答に、そうか、とカインは頷く。


「――安心しろ。

 いくらその春咲姫が不老不死の源だろうと、戦意も無い少女を無闇に手にかけたりはせん」


 カインの返事に、グレンは一応は満足したのか、鼻を一つ鳴らして前を向く。


 そして、さながら鬨の声のように――。

 エンジンを大きく一度、空吹かしさせた。



「よし――飛ばすぞ! 振り落とされるなよ!」



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