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第1節 葬悉教会 Ⅰ


幼芽は旅路を経て、求めし祖花おやにまみえる。

あるいは、そこに形無く姿無い絆を見出し、

あるいは、そこに喪い失われた絆を見出す。

だが分かたれた花にあるのはただ定離のみ。


葬悉そうしつ教会偽典七十七章 凋零ちょうれい





     *     *     *



 ――部下である枝裁鋏シアーズの隊員に案内された貨物車両に、ライラは一人足を踏み入れた。


 換気窓から申し訳程度に光が射し込むだけの車内には、横たわる一つの人影がある。



 ゆっくりと近付くライラの目にまず映えたのは――。

 人影の胸元に咲く、小さな花の『白』だ。


 それは……その『白』は。

 もう忘れたかと思うほどの永きに渡って、彼女が心の奥底に封じ込めていた嫌悪を――否応なく呼び覚ます。


 ――その色は、容易く血の色に染まるという……嫌悪を。



「……ヨシュア」


 微かに名を呼びながら……。

 ライラは、穏やかな表情で横たわるヨシュアの傍らに膝を突く。


 一見しただけでは、ヨシュアはまさしく眠っているかのように見える。


 だが、彼女は……彼女には。

 脈を取ったり呼吸を確認したりせずとも、彼が眠っているのでないことはすぐさま察しがついた。


 なぜなら彼女は幼い頃から、それが当たり前の世界で生きてきたからだ――当たり前でなくなる今の世界になるまで、ずっと。



 そう……すなわち、『死』だ。



 気付けば……彼女の頬には、一筋の涙が伝い落ちていた。


 自分や春咲姫フローラに背信するような行動に走ったヨシュアに、彼女は怒りを覚えていた。

 ともすれば、反逆者として処罰する覚悟もあった。


 だが――だからといって、哀しくないわけがない。

 つらくないわけがなかった。


 幼い頃より自分を慕い、長じてからは一途に尽くしてくれた彼を、彼女は人一倍慈しんでいたのだから。

 そもそも、その信頼ゆえの怒りでもあったのだから。


 しかし、あふれ出る涙の理由が……ヨシュアの死を悼み、悲しむものだけでないことを、誰より彼女自身が感じていた。

 それは――幼い子供が、恐ろしいと判断したものを前に、意味もなく泣き出してしまうのに似ていた。



 永劫の時間の果てに遠ざかり、もはや見ることなどないはずのものが。

 こうして、足下に縋り付くようにして……また姿を現したその事実が、ただ無性にやるせない。



 何百年も前、庭都ガーデンが安定する以前は、旧史より受け継がれていた倫理観も根強く……。

 不老不死に疑問を持ち、あまつさえその源である春咲姫を――彼女が真に、ただただ人々から死の苦痛を取り除くことだけを望んでいたことなど知りもせず――独裁者などと決めつけて非難し、人間らしい自由な生活を取り戻すためと、見当違いの反旗を翻した愚か者たちがいた。


 春咲姫を、そして理想とした世界を護るために、彼女を初めとする花冠院ガーランドの人間は、その行動がまた春咲姫の心を傷付けることになるのは承知の上で――。

 その勢力と徹底的に戦い、これを完全に根絶した。


 それは、粛清と言っていいほどのものだった。


 実際ライラも、それが汚名だと言うなら、甘んじて受け入れるだけの覚悟をもって臨んだのだ。

 その行為を以て、世界から死を完全に駆逐出来るのならと。

 これが最後になるのなら――と。


 そして、彼女らのその願いは確かに結実したはずだった。

 この数百年もの間続いた平穏が、これからもずっと……文字通り、永遠に続くはずだったのだ。


 だが――それは、打ち砕かれてしまった。

 目の前の、たった一つの亡骸によって。


 ぎり、と彼女は知らず、奥歯を噛み締めていた。



 脳裏に、あの黒衣の男の姿が浮かぶ。



 ――カインを名乗るあの男。

 容姿から気配まで、寸分違わず本物と同じだった。


 けれど……あれが本人のわけがない。

 こんな真似をするのが、あのカインのわけがない――。



 ふつふつと沸き上がる怒りに促されるように、そろりとライラは立ち上がった。


 カインなら……こんな。

 春咲姫を――あの子を悲しませるようなことを、するはずがないのだ。



「……いいえ……そうじゃない」


 ライラは首を振った。


 彼が本人かどうかなど、問題ではないのだ。

 重要なことは、彼が――そして彼と進んで行動をともにしている兄妹が。


 こうして、この世界に、あってはならない死の汚点を落とし……またそれを、望むと望まざるとにかかわらず、塗り広げていくであろうという事実だ。


 固く……ひたすらに固く拳を握り締め、ライラはヨシュアの亡骸に背を向ける。



 ――春咲姫あの子の意志に逆らうことになろうとも。

 この手を血に染めてでも。

 あの子と、この庭都を護るためなら……何者であろうと許すわけにはいかない――。



「そう、それが――私の誓いなのだから」



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