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第1節 命が咲くには Ⅰ


咲き続ける花の庭に、咲かない花が開く。

枯れない花の庭に、枯れ続ける花が開く。

在りながらに無く、無い故に在るそれは、

咎人の骸にのみ咲く、冥界の屍花がゆえ。


葬悉そうしつ教会偽典七十七章 凋零ちょうれい





    *     *     *



 ――ノアたちが隠れ家にしている田園地区の工場、その地下。

 がらんとした、元は倉庫だった広い空間に、銃声が立て続けに何度か響き渡る。


 真剣な顔で、握った拳銃を木の板に向けているのはノアだ。


 何があるか分からない地上に降りるときのことを考えて――。

 兄妹がそんな理由で、渋るカインに頼み込み……いざというときの自衛手段の一つとして天咲茎ストークから持ち出してきていた拳銃、その使い方の手ほどきを受け始めて、今日で2日目になる。


 ナビアも、自ら望んで同じように練習させてもらっていたものの……。

 基本を覚えた今では、もっぱら、カインに教えを受ける兄を見守るばかりだった。


 正直、彼女にとって銃など、引き金を引けば弾丸が出る危険な道具、という程度の認識しかない。

 内部構造など必要以上に理解する気もないし、興味もない。

 当然愛着など存在しない。


 だが、兄は違った。


 やはり、男子というのは少なからず武器というものに興味を惹かれるのか――。

 今も目を輝かせて、無骨な塊をいじくり回している。


 そうしながら熱心にカインと話をする姿は、1週間ほど前からは想像も出来ないものだ。

 そしてそれは、いつも彼女の兄であろうと、自分を律するしっかりした兄の……珍しく無邪気で子供っぽい姿でもあった。



 ――そんな兄の姿に、ナビアは素直に、うらやましいという思いを抱いた。



 これまで同じ時間を一緒に過ごしてきた人たちの中でも、春咲姫フローラは姉という感じだったし、ウェスペルスは兄で、碩賢メイガスなら教師か友達という感じだった。


 こうした雰囲気――彼女にはどうにも加わることのできない、そんな枠とはまた別の……男二人の語らいなどとは、まるで無縁だったのだ。


 正直なところ、うらやましいばかりでなく、疎外感もあった。

 だが……不快ではない。


 むしろ、仕方ないなあ……と。

 自分が年上になって、年下二人を見守っているような……。

 そんな、若干の優越感すら混じった楽しさがあった。



「……もしかしてこういうのが、親子みたい、っていうのかなあ」



 すべての結論として、彼女が導き出し、そっと形にした独り言。

 それは奇しくも――。

 当の兄が、彼女とカインを見ながら感じたものと、まったく同じだった。



「……しっかしカイン、アンタ銃の扱い、すごい手慣れてるんだな……」


「幸いにして、私の記憶にある時代の物とほとんど構造が変わっていないようだからな」


「まあ……そこはそれ、『必要は発明の母』ってやつだよ。

 基本的に庭都ガーデンが出来てから、争いらしい争いも無くなったから。

 銃なんて、わざわざ進化させる必要がなかったんだ」


「だが、庭都の出来た当初には反乱を企てる者もいたという経緯から、いまだ戦うすべそのものまでは捨て切れずにいる……か」


 カインは、ノアから以前聞いた話をもう一度繰り返しながら……。

 ノアの手から拳銃を取り上げる。

 そして、改めて細かくその動作を確認し、安全装置をかけてからそっと返した。


「いいか? くどいようだが繰り返す。

 これまでもこれに頼ろうとしなかったように、これからも極力使おうとするな。

 どうすれば銃に頼らずに済むか、それを真っ先に考えろ。

 どうしようもないとき以外、決して人に向かって引き金を引くな。

 たとえ、相手が不老不死なのだとしてもだ。分かったな?」


「……分かってるよ。

 俺だって言ったろ、これは地上に降りてから、凶暴な獣なんかに襲われたときのためで――って、おいナビア、お前どうした?」


 カインを相手に話していたノアが――。

 ふと視界をかすめたナビアの方に、いきなり鋭く注意を向けた。


「……顔色、あんまり良くないぞ。

 大丈夫か? また熱でも出てきたんじゃないのか?」


 一旦銃を置いてナビアに近付くと、ノアは眉根を寄せてその顔をしげしげと色んな角度から見直し、最後に額に手を当てた。


「ん〜……特に熱があるってほどでもなさそうだけど……」


 朝から少し身体がだるい感じはしていたものの、ちょっと疲れているだけだと自分に言い聞かせていたナビアは、笑顔で「だいじょうぶだよ」と首を振る。


 しかしそうすると、ノアはますます顔をしかめて、やがて大きくため息をついた。


「あー……お前のその『大丈夫だよ』は、あんまり大丈夫じゃないときの大丈夫、だな。

 ……うん。

 やっぱり顔色良くないし、今日はもうお前、部屋で寝てろ」


「そう言えば、身体があまり丈夫ではないということだったな」


 続けてカインまで、膝を折って彼女と視線の高さを合わせ、その顔を覗き込む。


「ここへ来るまで極度の緊張にもさらされただろうし、慣れないことの連続で、自分で思う以上に疲れが溜まっているはずだ。

 今は大したことがないかも知れないが、無理して悪化しては元も子もない。

 今日はもうノアの言った通り、休んだ方がいい。――分かるな?」


「ん……でもじゃあ、ご飯とかどうするの? また保存食とか?」


「大丈夫だ。お前ほどではないが、私も簡単なものなら作れる。

 ……もっとも、味の方は期待しないでもらいたいがな」


 あまり表情が変わらないので、冗談とも本気ともつかないカインの台詞は……。

 しかしそれが却って、ナビアのツボにはまった。

 身体がだるいので少し控えめに、しかしひとしきり笑う。


 そして、笑いながら……。


 ここで身体は大丈夫とねばったところで二人が気を遣うだけだし、それは同時に、せっかく二人が仲良くしているのに、その邪魔をすることにもなる――と。

 そう考えてナビアは、兄の言葉に従って休むことを決める。


「うん――じゃあ、ご飯はおじさんにお願いする。

 あたしはお部屋で寝てるね」


 笑われたことなど特に気にしていないのだろう、大きな手で優しくナビアの頭を一度撫でると、カインは頷いて立ち上がる。


「部屋まで付いてってやるよ」


 過保護気味な兄の提案に、子供じゃないと口を尖らせて反論し、ナビアは大きく手を振る。



 ――もう少し、お兄ちゃんとおじさんのこと見ていたかったけど……。



 こんな感傷を抱いてしまうのは、やはり体調が悪くなっているからなのか――。

 そんなことを思いながら、ノアたちの姿が完全に視界から消えるまで何度も振り返りつつ……。


 ナビアは、足がふらついたりしないようにと気を付けながら、その場を後にした。



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