「これは、また……個性的な組み合わせだな」
カインは並べられた夕食を見て、感心とも驚きともつかない感想をもらした。
愛らしいチェック柄のクロスが敷かれた食堂の丸いテーブルには、いかにも手作りらしい暖かみのある料理が、食欲を誘う香りを惜しみなく振りまいて、綺麗に並んでいる。
それだけであれば、ナビアの料理の腕は確か、というノアの言葉通りのことでしかないのだが……。
「まあ……何だ、性格は腕前とはまた別物ってことで」
席に着きながら、ノアも苦笑をこぼす。
ホワイトシチューをメインに、主食のパン、付け合わせのサラダまでは至って真っ当なものの……。
カインとノアの視線の先には、それに加えて、クリームスープまでが置かれていた。
「なあ……ナビア。
ホワイトシチューとクリームスープって……いや、一緒じゃあないんだけどさ、なんて言うか、同じような感じ……しないか?」
夕食の準備が出来たとカインを呼びに行っておきながら遅くなったことで、大きくナナメに傾いているかも知れない妹の機嫌……。
それを、さらに悪化させるようなことになったら厄介だと、恐る恐る、苦言とも言えないような苦言を述べるノア。
しかしナビアは、特に怒るでもなく、あっけらかんと答える。
「でもお兄ちゃん、このホワイトシチュー好きでしょ?」
「ん、そりゃ……もちろん、大好物だけど」
「クリームスープも、コンソメより好きだって言ってたよね?」
まあな、とノアが遠慮がちに頷くと、ナビアはにこっと笑った。
「うん、だから作ったの。
おじさん、好きなもの訊いても、なんでも良いって言ってたから。
それなら、お兄ちゃんが好きだって分かってるもの作る方がいいでしょ?」
ナビアの台詞に、これが彼女なりの気遣いだと悟ったノアは、余計なことを気にしたと……。
自分が本当にバカバカしく思えて、つい吹き出してしまう。
「ん? なに、なにかヘン?」
「いや、ンなことない。……ありがとな」
さすがにはっきり聞こえると恥ずかしいので、小さく礼を言いながら、ノアはバスケットに盛られたパンをぞんざいに掴む。
カインは、そんな二人のやり取りに一人微笑んでいた。
「さて……ではせっかくだ、冷めないうちにいただこうか」
――夕食の時間は、和やかに進んだ。
ことあるごとに、目を輝かせながらカインに料理の感想を尋ねるナビア。
そして、面倒がることもなく、その都度、丁寧に美味いと答えるカイン。
美味いのは事実だし、過度な言葉で褒めそやしているわけでもないので、ご機嫌取りではなく、カインがあくまで正直に感想を述べているだけなのは確かだろう。
しかしそんな二人の姿は、やはり親娘のようだと、ノアは思った。
――そもそも親子の団欒というものを実際に体験したことがないので、あくまで想像でしかないのだが。
「……それでカイン、さっきの話なんだけどさ――」
食事も半ばに差し掛かり、ナビアの、カインへの料理の感想請求も落ち着いたのを見計らって、ノアはそう切り出した。
ナビアだけが何のことか分からずきょとんとする中、カインは食事の手を止めてノアに向き直る。
「いつまでもこの生活を続けていられると思うか、と……私が指摘したことか?」
「ああ。それで、これからどうするのかってことなんだけど……」
ノアはナビアの方にもちらりと視線を向ける。
双子の妹は、それで、話の内容が自分にも及ぶ真剣なものであることを理解したのだろう、表情を引き締めた。
「俺が調べたところだと、
……と言っても、情報面での偽装は完璧だし、怪しまれるようなことをしなけりゃ、さすがにこの程度じゃまだ見つかることはないと思う。
でも――いずれは一般の住民にまで、俺たちの逃亡が伝わるだろう。
またデータを偽装したり改竄したりして、ここみたいな別の隠れ家を作ることも不可能じゃないけど……
だから――」
ノアは一旦そこで言葉を切り、グラスを手に水で唇を湿らせた。
「いずれ機を見て、庭都を離れようと思う。
――そう、地上に降りるんだ」
「……お兄ちゃん」
「正直言って……俺は怖いよ。
地上がどうなってるかなんて、今じゃまるで分からないんだしさ。
――でも……ほら、ナビア。
地上から紛れ込んできた、鳩の親子がいただろ?
ああやって生き物が生きているぐらいなんだから、人間はいないとしても、生活出来ないほどの汚染が残ってるわけじゃないと思うんだ。
それに……不老不死を否定しているくせに、庭都で安定した生活をしようなんて、そもそも虫が良すぎたんだよな。
だから――地上に降りる。降りるべきだと思う。
苦労するだろうけど……いいか? ナビア」
ノアの問いに、ナビアは意外にも迷いも怖じ気も見せず……。
ゆっくりと、大きな動きで同意した。
そして、どこか大人びた――静かな微笑みを浮かべる。
「――いいよ、もちろん。
あたしも、いつかそうしなきゃいけないだろうな、って思ってたから。
それに――お兄ちゃんとおじさんがいるなら、どこに行ったってきっと大丈夫だよ」
「そうか……うん、そうだな」
「それにそれに、ほら……なんにも分かんないなら、今まで見たこともないような楽しいこととか、面白いこともあるかも知れない――そういうことだよね?」
――それは、特別な閃きでも何でもない、誰でも思いつく単純なことだろう。
だが、深く考えるゆえにか、ついついそんな当たり前のことを見落としていたノアは、ごく自然にナビアの口からこぼれ出た前向きな言葉に……思わず、笑い出してしまう。
「ああ、そうだ、そうだよな。……よし、じゃあ、決まりだ!
――カインも、それでいいよな?」
「お前たちが決めたことなら、私に異存があるはずもない」
相変わらず愛想はないが、しかしどことなく柔らかな口調でそう同意して、カインはシチューをすくう。
そして……何かを考えるように僅かに動きを止めた後、口へ運んだ。
……実のところ、カインがそうしてシチューをすくったスプーンを途中で止めるのは、これが初めてではなかった。
ノアですらそのことに気付いたのだから、感想を聞くために、いちいちカインの動作を追っていたナビアは言うに及ばずだった。
これまでは美味しいという感想をもらっていただけに気にしていなかったのだろうが、さすがに不安を感じたのか、首を傾げて、改めてカインに尋ねる。
「おじさん、やっぱり何かおかしい?
それとも……シチュー嫌いだった?」
「ん? ああ……いや、そうじゃない――」
ナビアの不安を払拭するためだろう、僅かながら微笑みつつ、カインは首を横に振る。
そして――。
湯気を立てるシチューを、遠くを見るような目で見つめ……ぽつりと呟いた。
「……なぜだろうな。
とても――とても懐かしい気がして、な……」