古代の神殿のごとき、荘厳な部屋の中央で――。
少なくとも彼には、他に出来ることなど思いつかなかった。
その原因となるのは、またもや兄妹を取り逃したという不甲斐ない事実、そして――。
そして結局、カインと戦ったことを、自分以外の誰にも知られずに済んだため……今回もまた、報告はしないと決めたがゆえに覚える、主への罪悪感だ。
もちろん彼も、今回こそ主ライラに報告するべきだ――と、そう思わなかったわけではない。
しかし時間が経つほどに、彼は心の内、カインによって刻みつけられた得体の知れない『恐怖』が燻るのを感じずにはいられなかった……見過ごせないほどに。
そしてそれは、汚名に対する雪辱とは別に――。
自らカインを打ち倒すことで、初めて取り除けるのだ……という、直感めいた確信があった。
いや、あるいはそれは、一種の強迫観念なのかも知れない。
しかしそれでも、彼はそうしなければならないと信じていた。
だからこそ、今回もライラへの報告を渋ったのだ。
結果、ライラにもたらされたのは……。
ホテルの包囲に気付いて逃げ出したらしく、踏み込んだときには兄妹の部屋は既にもぬけの空だった――そんな報告だけだった。
しかし彼女はそこに疑念を差し挟むでもなく、ご苦労でした、とヨシュアを労る。
その気遣いにまた、ヨシュアは胸が締め付けられる思いで下を向いていたが……。
続けて主が持ち出した話に、弾かれたように顔を上げる。
「……次の機会も、また同じような事態になっては意味がありません。
そこで、他の
「つまり……警備隊も正式に兄妹の捜索に参加する、ということですか?」
それは、自らの手でカインを倒さなければならないと、そう信じているヨシュアにとって、聞き捨てならない話だった。
本懐を遂げるためには、他の者に先んじられないように――そして、これまで主ライラに伏せてきた反逆者、カインという男の存在を、文字通り闇に葬るために――より迅速に行動しなければならない、ということだ。
「そうです。
――もちろん、あなたたちを信用していないわけではありませんが……警備隊と正式に協力し合うことが出来れば、捜索の効率も飛躍的に上がるでしょうから。
残念ながら、極力事を荒立てずに――という
「しかしそんな、ライラ様……!
そのようなことをなさらなくとも、我らが必ず……!」
思わず、主の決定に異を唱えてしまうヨシュア。
しかも、そう言いながら……二度も失敗した人間がどの口でこんなことを、とも思わずにいられない。
一方ライラは、それについて怒ることも機嫌を損ねることもなかったものの、少しばかり事務的な口調で、既にそれは決定事項であることを告げた。
「失敗したからこそ、何としても自分たちの手で事態を収束させたい……その気持ちも分からないではありませんが。
ヨシュア、昔からあなたは責任感が強かったですからね。
……いえ、それとも――」
ライラは、ふっ、と……その美しい切れ長の眼をさらに細める。
主のそんな仕草にヨシュアは一瞬、背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。
「あなたがそこまで責任を主張するのは……他に理由があるから、かしら?」
その一言に危うく反応しそうになったものの……ヨシュアはすんでのところで自制することが出来た。
「――まさか。そのようなこと、あるはずがございません。
すべては、わたしが初手で失敗したことに尽きるのです。
ですから――」
気付けば自らの身勝手で、事実をねじ曲げた報告をしていたヨシュアだったが……。
これだけは嘘偽りのない真実と、心からの決意の言葉を述べる。
「今度こそ、彼らを無事に保護いたします。
最善を尽くし、今度こそ、春咲姫ならびに花冠院の皆様のご心労を取り除くと、固くお約束いたします」
ライラは、ヨシュアの決意のほどを窺うように、しばらく無言で彼の真っ直ぐな視線を受け止めていたが……。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……期待していますよ。
あなたならきっとやりとげてくれる――そう信じています」
* * *
「…………」
ヨシュアが立ち去った後も、部屋の入り口を思案顔でしばらく見つめていたライラ。
そんな彼女は、やがて椅子の肘置きに、おもむろに手を伸ばす。
いかにも古めかしい造りをしている椅子の、そこだけ機械的な光に彩られた箇所。
それを、白く細い指を踊らせるように操作すると……若い女官の映像が宙に浮かび上がった。
「いかがなさいましたか、ライラ様?」
女官の問いに、ライラは唇に指をあてて僅かに逡巡した後……一人の人間の名を告げた。
「少し尋ねたいことがあるので、時間が空き次第、私のもとへ来るようにと」
かしこまりました、と一礼し、女官の映像はかき消える。
それを確認したライラは、気怠げに小さく長く息をつき……。
改めてもう一度、部屋の入り口の方へと目を向けた。