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第1節 落果追う者たち Ⅱ

 なんと美しく整った、穏やかで平和な街なのか――。


 雲一つない満天の星空の下、行き交う人の流れに混じって街を歩く黒衣の宣教師――カインの心中に、この一日を通して素直に浮かび上がったのは、そんな感嘆の思いだった。


 高い技術力による機能性の追及よりも、中世から近世にかけての、古き良き芸術性の再現に重きを置いているらしい美麗な建築物と、瑞々しい草花が彩る庭園。

 人工物と自然が最も美しく調和するよう計算され、形成された街並み。


 そして、その中で生活する――民族や世代、歴史といったものから現れる共通性がない、文字通り多種多様な格好をした人々。

 そんな彼らの唯一の共通点ともいえるのは……すべてに満ち足りていると言わんばかりの、明るくなごやかな雰囲気だ。


 いかなる昏さも穢れも存在せず、あらゆる人が、ただただ心安らかにいられる世界……。


 それは、記憶のほとんどが失われていることを自覚している彼であっても、この街に比肩しうるような場所は地球上のどこにもなかったと、そう断言できるほどのものだった。



庭都ガーデン――か」



 人の会話を初めとする、街にあふれ返る情報を拾うことで知り得たこの都市の名……。

 自分が今ある場所の名を、カインはそっと口の中で呟く。


 そうして、言い得て妙だと思った。


 なるほど、安らぎに満ちた人々を包み込む、完璧なまでに美しいこの世界は、『楽園』と意味を同じくするその名ガーデンが相応しいだろう。


 ――だが……。


 この一日、ずっと心から拭えずにいた違和感――。

 この庭都においては完全な『異物』である彼だからこそ、何より敏感に感じ取ったのだろうその違和感が、言葉として形を成す。



 ――だが……かつて人は、人になったが為に楽園を追われた。

 そして人は、人であるがゆえに、楽園には戻れない。

 ならば……楽園に住まうのは、人であっても、人ではない――。



 特別に何が違う、というわけではない。

 道行く人々は、その誰をとっても、何をとっても人間だ。

 否定することがバカバカしいほどに、どこからどう見ても人間だった。


 しかし、それでも。

 何から何まで完全に人間であっても――。


 彼には逆に、何かが欠けているように感じられた。

 それも、人を人たらしめる、最も大切で当たり前のものが。



 『自分たち以外の人間が、死ぬわけがない――』



 幼い兄妹の片割れが彼に告げた言葉が、脳裏を過ぎる。



 ――人は、死ぬものだ。



 それが彼にとっての、嘘偽りない常識だ。

 覆りようのない真理と言ってもいい。


 しかし――彼はその真理を根底から打ち崩す少年の言葉を、自分でも驚くほど素直に、当惑することなく受け入れていた。

 実際に目の前で、あの赤衣の二人が、致命傷を与えようと立ち上がってきたから……ということもある。


 だが、理由はそれだけではなかった。


 彼自身、気付いていたのだ――。

 未だはっきりとしないが、彼の中には、その事実をありえないことと否定するどころか、確かな真実だと裏打ちする……何らかの記憶があるということを。



「いや、それだけではない――か」



 ありえないことと言うなら――。


 そう考えながら、カインは自らの手に目を落とす。

 そして、それをごく単純に握ったり開いたりしてみた。ただ思うがままに。



 ――そう、ありえないことと言うなら。



 こうして今、自分が動いていること。

 それが何より、ありえないことのはずなのだ――。



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