――その広い廊下は、最新の特殊鋼で造られていながら、細部にまで至る名工の精緻な装飾により、芸術としての美しさばかりでなく、緑溢れる並木道の生命の躍動感すら備えていた。
磨き抜かれた大理石のような光沢を放つその並木道を、静かに歩く、一人の少女――。
そこが並木道であるならば、彼女はまさしく『花』だった。
小柄で華奢な身体を包み込む、派手ではないが穏やかで優美な若草色のドレス。
透き通ったザクロ石のような、つややかな赤みのある素直な短い髪。
少女らしい丸みを帯びた顔を彩る、大きく愛らしい青い瞳と、小さくとも真っ直ぐに伸びた鼻筋、厚みはないが引き締められた唇。
そして何より、彼女が纏う、何者をも和ませる柔らかで暖かな優しい雰囲気――。
それらは、温室育ちの高貴な麗花でも、大輪を咲き誇る佳花でもない――野に秘めやかに咲く愛花ならではの、可憐で純朴な美しさだった。
……しかしそんな美しさにも、今は影が射していた。
笑えばさぞ魅力的だろうという
そして、ガラスの向こうに広がる夜景――それそのものに縋り付くように、小さな手をそっと置いた。
「…………」
相当な高所であるために、広がる街の灯りは、そのことごとくが彼女の眼下だった。
だが……水面が映した星空すべてを手に入れたかのような、その美しい光景を以てしても、彼女の表情がやわらぐことはない。
それどころかむしろ、憂いをさらに助長させる結果になったのだろうか――。
その小さな唇からは、彼女もそうと気付かないうちに吐息が一つ、漏れ出ていた。
「――どうしたんだい?」
背後からの凛とした若い男の声に、少女はゆっくりと振り向く。
気付けばそこには、ゆったりとした僧衣に、燕尾服に近い礼服を掛け合わせたような、白を基調にした厳かな衣装の青年が立っていた。
輝くばかりの黄金色の髪に、新雪のような白い肌。
そしてそれらにふさわしい、毅然とした雄々しさと、佳人のごとき麗しさを同居させた、気高いまでに芸術的で美しい顔立ち――。
それを親兄弟のような気安さに優しく和ませながら、青年は少女の顔をのぞき込む。
「ねえ、ウェスペルス。あの子たちは……」
少女の問いかけに、ウェスペルスと呼ばれた青年は苦笑混じりに首を横に振った。
「残念だけど、まだだよ。
ノアは賢い子だから……予想通り、手こずらされているみたいだ」
「――うん。……あ、えっと、そのこともあるんだけど、今のはそうじゃなくて……。
あの子たちは、どうして逃げ出したんだろう、どうして否定したんだろう、って……」
顔を伏せる少女をしばらく見つめた後、ウェスペルスはおもむろに口を開く。
「あの子たちは僕らの近くで、これまでの人間の歴史についても特別深く触れてきたからね……旧史の哲学に影響されたとしても不思議じゃない。
今ではすっかりなくなったけれど、これまでだって、そう考える人間がいないわけじゃなかっただろう?」
「うん……。でもだからこそ、どうしてあの子たちは、って思って。
それに――あの子たちの想いは、それだけじゃない気がするの。
……その……うまく説明出来ないけれど……」
訴えかけるような目で見上げてくる少女に、ウェスペルスは、何かを噛み締めるように一度深く頷いてから答える。
「そうか。……君がそう感じるなら、あるいはそうなのかも知れない。
でも、君も僕も、そしてあの子たちも――その想いが、『人の生』というところにあるのは間違いないんだ。
もう一度、改めてじっくりと話し合えば、きっと分かってくれる」
大丈夫、と微笑むウェスペルスに、少女はなおも何かを言いたそうにしたものの……。
結局、それを口に出すことはなく、静かに視線を落とした。
「『彼』の所にもお願いに行ったんだろう?
あの子たちが無事に戻るように、って」
「え? う、うん……」
問いかけを認める少女の答えは、これまでより少し歯切れが悪い。
しかしウェスペルスは、気付かなかったのか、あるいは意図的にか――。
それを追及するようなことはせず、少女の肩をぽんと叩く。
「なら、やっぱり大丈夫。あの子たちはちゃんと保護できるよ。
……もっとも、みんなを動揺させないように静かに探す必要があるから、少しばかり大変だけどね。
ほら、さすがにかくれんぼをするには
そう言って、ウェスペルスは大げさに肩を竦めておどけてみせる。
その容姿は天使のごとく、近寄りがたいほどに気高く美しい彼だったが……そうした仕草をするときには、イタズラ好きの子供のような、親しみやすい愛嬌があった。
釣られて、つい少女も表情を和らげる。
それを見たウェスペルスは、安心したように頷いた。
「――それでいい。みんなのために思い悩み、みんなの幸せを願う君だからこそ、そうして笑っていないと。
不安も憂いも、すべて僕が――僕ら
だから、君には笑っていて欲しい。
我らが
「うん……ありがとう、ウェスペルス」
まさしく花と形容するにふさわしい、優しい笑みを返すと……。
少女は再び窓へ近寄り、眼下に広がる街の灯りを見下ろす。
「そうだよね……」
呟く少女の顔に浮かんだのは、先程のような憂いではなく――。
王の決意と母の慈愛に満ちた、美しくも凛々しい表情だった。
「わたしは
そして、この都市のみんなの生命を預かる、