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第17話:告白

 眠りに落ちることができたのは、日付を跨いだ後だった。


 目を開けると、そこは夕焼けに赤く染まった草原だった。周囲に生き物の気配はなく、見えるものといえば遠い向こうの森と山だけ。生温ぬるい風が頬を撫でると共に、低草がさわさわと鳴る。不意に、左肩から右わき腹にかけてがじんと疼いた。


 ハッとして恐る恐る下を向いてみると、衣服は赤黒く濡れていた。


 昨夜の転移で負った刀傷が引き継がれている。そのことにまず驚くと共に、今この瞬間は、オレが切られてから何時間、何日後の世界なのだろうと冷静に思った。


 そして、何もないこの場所は一体どこなのだろう。


 いや、ここがどこだとしても、立ち止まっている理由にはならない。


 オレは夕日の暴力的な眩しさに背を向けて、長く伸びた自分の影を追うように歩き出した。


 だが、痛みの鈍さに反して体は思うとおりに動かない。全身が重く、足が上がらなかった。それでも歩き続けなければ、今夜ネム=ファリアに来た意味がない。早くリュミエやエリオスと合流しなければ。


 そう気が急いた時だった。つま先が小さな石に引っかかり、オレはバランスを崩した。体が前のめりに傾く。


 倒れる、と思った。両腕を前に出そうとしたが、重くて持ち上がらなかった。オレは訪れるだろう衝撃に備えて身を固くした。


 その時だった。長く伸びたオレの影が水面みなものように揺らいだ。そしてそこから、海の上へ顔を出す人魚姫のようにリュミエの上半身が現れて、間一髪のタイミングでオレの体を抱き留めた。深紫の髪がふわりとなびき夕日に透ける。


「その傷。無茶をしたわね」 


「悪い、助かった」


 リュミエは影の中から完全に姿を浮き上がらせると、オレを真っ直ぐ立たせて離れた。夕日にきらめく紅玉の瞳は何か問いたげな視線を投げてくるが、オレの方が先に口を開く。


「どうして、オレの居場所が?」


「言ったでしょう。あなたは気配を消さないから、あなたが現れるとすぐにわかる」


「はは……そっか。ところでこの場所は? ルクス=ノワールのどこかか?」


「いいえ。ここはアルカ=フェリダ王国にも、私たち魔族の国ルクス=ノワールにも属さない場所よ」


「へえ」


「狭間の土地、とでもいうのかしら」


「どれくらい、時間が経った?」


「あなたが追手に切られて消えてから、という意味なら四日よ」


「四日……エリオス、あいつはどうなった? 無事に逃げ切れたのか? 妹のノアは?」


「……少し、落ち着きなさい」


 矢継ぎ早に問うオレに呆れたのか嫌気が差したのか、リュミエは答えないまま自らの影に向かって手をかざした。


宵影路ディムロード


 呪文というやつだろうか。たちまち、先ほど見たのと同様にリュミエの影が揺らぐ。そして影が海面のように波打ったかと思うと、黄金色の頭部が見えて――木剣ぼっけんを構えた上半身裸のエリオスが、混乱した様子で浮き上がってきた。


「な、な、何なんだこれは? す、睡蓮? お前よく無事で……いやその傷は無事ではなさそうだが……一体ここは……?」


 オレは夕日を浴びて金髪を輝かせる彼の姿を見て、無性に泣き出したくなった。足が自然と彼の方へ、一歩、二歩とよろよろ進む。その様子を見たエリオスが、木刀を捨ててオレに駆け寄り、「大丈夫か? おぶされ」とオレを背に負った。


「鍛錬中に呼び出してごめんなさいね」


 特に悪びれもせず、澄ました表情でリュミエが言う。エリオスが首を水平に振った。


「驚きはしたが、問題ない。今となってはリュミエ殿に囲われる身だ。それに、こうして睡蓮に会えたのだから」


「そう。ではそのまま、彼を運んでくださるかしら。私の魔法で運んでもいいのだけど、それだと彼の傷に響くわ」


「構わないが、先にあなたの回復魔法で睡蓮を治してやってくれないか」


 リュミエはやや浮かない顔で目を伏せた。


「そうしたいけれど、私の魔法……魔族の魔力は人間の体には合わない。傷が上手く治るかわからないし、下手をすれば悪化させる危険もある」


「そうか……承知した」


 リュミエは、エリオスに背負われるオレに目を遣った。


「痛むでしょうけど、もう少し我慢してちょうだい」


 オレは小さく頷いた。


 リュミエが先導し、エリオスがその後に続くかたちで、オレたちは草原を、森と山のある方向へと進んだ。


 風が草を鳴らす音に交じって、前方を行くリュミエの静かな声が聞こえてくる。


「ねえ、そろそろ教えてくれない? あなたが本当は、何者であるのか」


 オレは一瞬緊張で呼吸を止めて、それからふうっと脱力した。


 ついに、言うべきときが来たのだ。オレの、嘘みたいな本当の話を。信じてもらえるかはわからない。それに、もしかすると彼女たちを傷つけるかもしれない。けれども最早、沈黙は悪だ。


 オレは切られた腹に僅かに力を込めた。


「オレは、ネム=ファリアの住人じゃない。別の世界の人間だ。オレにとってこの世界は、眠った状態で見る夢の中の世界なんだ」


 オレはこれまでの経緯を二人に語った。夢日記をつけるのが趣味であること。ある日、ここネム=ファリアの夢を二週間連続で見ていることに気がついたこと。二人の戦いに介入したあの夜の時点で、オレはこの世界の傍観者として、リュミエが争いを嫌い、平和を願う姫であることや、勇者エリオスを殺さないよう手加減して戦っていたことを知っていたこと。オレは目が覚めるとネム=ファリアでの記憶が薄れてしまうため、夢日記に"記録"することで記憶を保っていること。リュミエ討伐を掲げるエリオスを説得するための手段を、現実世界で何度も模索したこと。


 そして――


「ごめん、エリオス。簡単に許してもらえるとは思わない。お前が反逆者として捕らえられる原因を作ったのは……オレなんだ」

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