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第16話:真実

 夢日記に記されたエリオスの名を見つけたオレは、心臓が跳ね上がるのを感じた。筆跡は確かに自分のものだが、書いた当時の記憶がまるで思い出せない。


 オレは食い入るようにそのページを読み返した。そこにはこんな描写があった。




 オレはどこかの王国の城下町にいて、出店で串に刺さった何かの肉を買おうとしていた。しかし金がなく、諦めかけたそのとき、横からぬっと手が伸びてきて二人分の代金を支払ってくれた。その手の主は、フード付きのマントで顔を隠した初老の男で、ふさふさの白い顎髭が僅かに見えていた。


 オレはその男と川沿いの橋の上で川面を見ながら肉を食べた。男が低く渋い声で言った。


「勇者エリオスが魔族の姫の討伐に向かうのも、昨夜で百度目。一体いつになれば、勇者はあの卑しき魔族を討ち取れるのか」


 オレは尋ねる。


「魔族の姫って、どんな人?」


「人ではない。魔族だ。強大な力と唯一無二の美貌を持つという」


「美貌ねぇ……その勇者、ほだされちゃってんじゃない?」


「何を言うか。勇者エリオスは我らの希望。正義の象徴であるぞ。魔族の姫などにうつつを抜かすなど……」


「じゃあ、魔法で操られてるとか」


「あり得ん。勇者エリオスほどの豪傑ごうけつが……」


「なあ、おっさん。オレに何て言ってほしいんだよ。気になるならその勇者の監視でもしてみればいいだろ。おっさんにできるかどうかは知らねーけど」


「監視……それも一興か」


「はは、一興って」


御影みかげ隊を使う」


「ミカゲ……何それ。っていうか"使う"?」


 フードを持ち上げ、顔を見せた男が笑みと共に答えた。


「我が直属の、勇者予備隊よ」


 まるでサンタクロースみたいな風貌だと思った。




「オレだ、オレだ、オレのせいだ……!」


 情けない声が口から漏れる。


「密告者はオレだった。オレが国王をけしかけた」


 飛鷹さんの推理したとおりだった。密告者は記憶をなくした神。すなわちゲームのプレイヤー。オレ自身。


 夢として創造した世界に毎夜好き勝手立ち入り、キャラクターに干渉し、助けたかった勇者を無意識のうちに陥れた。


「寝なきゃ、寝なきゃ、寝なきゃ」


 オレは完全に狼狽しきっていた。部屋中のカーテンを閉め、布団を頭まで被って目を閉じ、眠れ眠れと呪文のように頭の中で繰り返す。


 エリオスは無事に逃げ切れたのか、ノアは迫害を受けていやしないか。


 オレの軽はずみな発言が一人の人間とその家族の命をおびやかしている。その事実に心の底からゾッとする。


 ただの夢だと割り切れないところまでオレはもう、彼らに情が移っている。


 血糖値を上げて眠くさせるために飴玉を舐めた。


 よく眠れるというヒーリングミュージックをスマホでかけた。


 寝たまま体の緊張をほぐすというストレッチをベッドの上で試してみた。


 オレは神なんかじゃない、突然降って湧いた厄災だ。


 眠りたいと思えば思うほど、眠気は微塵もやってこなかった。

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