いざ話し始めようとしたタイミングでテニスサークルの団体が食堂に押し寄せてきたため、騒がしくなりそうだと察したオレと
食堂を出て、大学構内の並木道を行く当てもなく、ゆるりゆるり歩く。そこかしこにベンチはあるものの、一月下旬の冬真っただ中に座り込めば凍えるだけだ。
冷たい風が裸になった木々の間を吹き抜ける。ざわめくような葉がないのは、殺風景だが静かでいい。お互いにダウンジャケットを着ているため、動いていれば、耐えられないような寒さでもない。
「で、さっき話そうとしてたのって、何?」
隣を歩く飛鷹さんが、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、オレの顔を覗き込む。寒空の下、意味もなく歩かされているというのに、口調には急かそうとする気配がない。そのありがたみを噛みしめつつ、オレは隠し事をする後ろめたさを伏せ、努めて明るく話し始めた。
「最近、とあるインディーズゲームをやってるんです」
「ゲーム?」
「はい。密告者を当てる推理ゲームです。舞台は人間の王国と魔族の国がある世界で、王国の勇者が魔族の姫を討伐しに何度も通うんです。でも、姫が実は悪者じゃなくて、和平を望んでいることがわかって、勇者は姫に協力するようになるんです」
「ふん。それで?」
「勇者が魔族の姫の味方をしていることに気づいた誰かが、国王に密告して、勇者は反逆者として捕まるんです。勇者には十歳離れた仲のいい妹がいて、五年前に両親が魔族に殺されて以来、二人で暮らしています。勇者にパーティーはいません。二年前に勇者に任命されて以来、ずっと一人で、国王の命である魔族討伐に挑んでいました。そんな勇者は、民衆からも魔族を倒す英雄として崇められていました」
「なるほど。その状況で、誰が密告者かを当てるってわけか」
「はい。飛鷹さんなら誰が密告したと思います?」
飛鷹さんは俯いて考え込んだ。
「ひとつ、聞いてもいいか」
「もちろん」
「そのゲームの中で、プレイヤーは何役なんだ?」
思わぬ質問だった。プレイヤーの役割など考えていない。そもそもゲームの話も今朝思いついたばかりの即興だ。
オレは一瞬のうちに頭をフル回転させて、それらしき回答を捻り出した。
「神です」
「神?」
「その世界は神が作った世界なんです。だから神は創世からずっと、その世界の行く末を見守っています」
「神はその世界に干渉できる?」
「できます。ときには人や魔族に化けて、世界の中の生き物たちに接触することもあります」
「へえ」
「神は勇者に情が移ってしまったんです。だから勇者を助けたいと思っていて、勇者に
「なるほどねぇ……」
飛鷹さんは沈黙した。長い長い裸の並木道がもうじき終わりを迎える。このまま門を出て解散するか、はたまた近くのカフェにでも入るかは、まだ決められない。
オレのアパートは大学の徒歩圏内にあるので来てくれてもいいのだが、飛鷹さんのような、あれこれ整った人を、昨夜お茶を飲んだマグカップがまだ流しに置かれているオレの部屋に招くのは気が引けた。
「俺がそのストーリーを書くとしたら、密告者は神にするね」
「えっ?」
「つまりはプレイヤーってことだ。その方が、他の誰が密告者であるより面白いだろ」
「まあ、そりゃそうですけど、矛盾します。神は勇者を助けたいんですよ?」
「わかってる。だから密告するのは神自身の意思ゆえじゃないかもしれない。神は、自分でも気づかないうちに、国王もしくは王国の民衆に勇者の秘密をバラしてしまっていた、とかさ」
「なるほど」
「もしくは、ちょうどほら、俺のプロットの捜査官シズカみたいに、かつて密告したことを、すっかり忘れてしまってるとか」
「そういうパターンもあるかもですね」
「神の
「帰ったら見てみます。神のこの時の言動が実は~、みたいなのがわかるかもしれないですよね」
「まあ、神が犯人ってのは俺の創作の
「はい」
「ってことで、解決か?」
大学の門の手前で、飛鷹さんは足を止める。オレもそれに気づいて、飛鷹さんより半歩先で立ち止まった。
「とりあえず、解決……ですかね」
「なんだ、歯切れが悪いな。まだあるなら、どこか店に入るか?」
「いえ、そこまでは」
飛鷹さんの目が、探るようにオレを見つめる。
「お前、この前も図書館にいたけどさ、最近何かやってんの?」
「えっ? いえ、別に何も。ゲームしてスマホ見てだらだらしてるだけです。いや、バイトはしてますけど。後期の試験も終わって春休みだし、サ会の活動も強制じゃないし」
「ふーん」
「あ、そうそう聞いてくださいよ。オレ後期の授業サボりすぎてて、試験結果によっちゃ進級やばくて」
飛鷹さんの表情が険しくなった。呆れたようなため息とともに彼は言う。
「お前さ、そんなギリギリなら相談しろよ。社学の友だちに過去問回してもらうのに」
「いや、そこまで迷惑かけらんないです」
オレが両手を細かく振って辞退の意を示すと、飛鷹さんは「まあいいや」と気持ちを切り替えたようだった。
「プロットの感想サンキュな、じゃあまた」
「初稿ができたら読ませてくださいね」
本心が一割、社交辞令が九割の発言だ。
踵を返しかけていた飛鷹さんが横顔で笑う。
「一週間かかるんだろ?」
「……二週間かもしれません」
飛鷹さんと別れて帰宅したオレは、気持ちが
過去の経験上、昼寝でも夢は見る。けれども昼寝でネム=ファリアへ転移した記録は、夢日記上になかった。もしかすると昼寝のような短い時間の睡眠では転移できないのかもしれない。もしくは転移はできるが、短い時間すぎて、夢日記に書けるような印象深い事象が何もなかったのかもしれない。起床直後にすでに夢の内容を思い出せないということが時折あるが、その
昼寝で夢日記をつけたことが過去にあっただろうかと疑問に思い、オレは枕の下に入れていた夢日記を取り出し、古いページを
そして、ネム=ファリアに関する最初の一ページよりもさらに一か月前まで戻ったとき、オレの手は止まった。
紙上には、ミミズの這ったような筆跡で、彼の名があった。
「エリオス……!」