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第13話:推理小説(ミステリ)

 オレはベッドの上でしばらく呆然としていた。左肩から右わき腹にかけて切られた感覚がまだ残っている。それは痛みではなく、肌の上に何かが這ったかのような、異物感に近い感覚だ。真冬の朝だというのに全身にはじっとりと汗が滲み、心臓は早鐘を打っていた。


 一人暮らしのワンルームは静まり返っていて、時折遠くの道路を車が通過する音がするだけだ。その音がやたらと現実臭く聞こえ、オレは自分を落ち着けるために縋るように聞き入ってしまう。


 大丈夫だ。オレは怪我もしていないし、昨夜と変わらない状態で生きている。


 オレは自分でも驚くほどに狼狽していた。だからいつものように枕の下から夢日記を取り出し、夢の内容を綴るまでにが開いた。利き手が情けなくも小さく震えていて、力が入らない。それでも自分に叱咤して強くペンを握り、夢の中の出来事を書き留める。


 エリオスと共にアルカ=フェリダ王国へ行き、彼の妹ノアに会ったこと。彼ら兄妹きょうだいの両親のこと。国王に謁見し、毒を盛られて地下牢に囚われたこと。リュミエのしもべだという魔獣ルゥナの出現。エリオスとルゥナと共に城から脱出し、追っ手に襲われたこと。そして最後の瞬間、エリオスを庇って自分が斬られたこと。その痛み。


 切られた感覚は、現実の切り傷のような鋭い痛みではなく、麻酔がかかったような鈍くぼんやりとした痛みだった。しかし無痛ではない。


 奇妙で気持ちの悪い感覚。


 オレは夢日記を閉じ、再びベッドに横たわった。眠っていたはずなのに、ひどく疲れていた。


 エリオスとルゥナのことが気がかりで仕方ない。すぐにでも戻りたいと思うが、眠気が全くなかった。目を閉じても、頭は冴え渡り、眠ることができない。それがもどかしかった。


 仮に眠れたとしても、もう、オレが切られたあの瞬間には戻れないのだろう。これまでの傾向で考えれば数時間、数日後に飛ぶはずだ。


 考えずにはいられない。


 無実の罪で追われる英雄エリオスはどうなってしまうのか。そして反逆者の妹とされるノアは、あの国でどんな扱いを受けるのか。


 エリオスが語った、ノアが無意識に密告してしまったのではという推察は正しいのか。もしくは別に密告者がいるのではないか。


 と、その時、スマホが震えた。画面を見ると、文学部の先輩、飛鷹ひだかさんからメッセージが届いていた。


「おは。次の緋影ひえい社のミステリ大賞に出す小説のプロットなんだけど、どう思う?」


 続いてWordファイルが送られてくる。


 ふと、オレはある考えが浮かんだ。飛鷹さんに、エリオスを密告した人物の推理をしてもらおう、と。もちろん、夢の出来事をそのまま話すのではなく、ぼかしてだ。


「今から読むんで、昼飯食いながら話しませんか」


 オレはそう返して、Wordファイルを開いた。

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