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第12話:追っ手の刃

 薄暗い地下の廊下を静かに進む。壁に取りつけられたランプの微かな光が石造りの壁を照らし、不規則な影を作り出している。カビの匂いと湿気が鼻を突き、足元に敷かれた古びた石畳が時折ギシリと音を立てた。


 エリオスが先頭に立ち、ルゥナが感知魔法で周囲に注意を配る。オレはその後に続き、緊張なのか興奮なのか、心臓の鼓動が体の内側を通って耳にまで響いていた。


「ここを右だ」


 エリオスが声を落として低く言う。オレとルゥナは指示に従い、背後にも警戒しながら彼に続いて慎重に角を曲がる。


 廊下の先には古びた扉があった。その取っ手をエリオスが注意深く引くと、扉は軋みながら簡単に開く。


 内部は広大な貯蔵庫になっていた。木箱や樽が整然と積まれ、棚や壁際には穀物や保存食が並べられている。空気には香辛料の混じった匂いが漂う。


「奥に、秘密の通路への入り口がある」


 エリオスの言葉に頷き、オレたちはその場所を目指して足を進める。しかし、その時だった。


「そこまでだ」


 どこからか、刺すような声がした。並び立つ棚の裏から突如として現れた複数の兵士たちがオレたちの行く手を塞ぎ、その中央に見覚えのある顔――国王の側近が悠然と現れる。


「チェックメイトだな」


 側近は冷笑を浮かべながら、兵士たちに顎で命じる。兵士たちは一斉に剣を抜くと、オレたちへ向けて構えた。


 まさに絶体絶命。自分ひとりだけで見る夢であれば、ここでいつもの手順を実行し、早々に退散しているところだ。


 しかし今はそうはいかない。エリオスとルゥナを置いて自分だけ逃げるなど、できるはずがない。


 「突破するぞ」


 エリオスはオレたちにだけ聞こえる声量で告げ、剣を構えた。そして眼前の兵士たちに睨みをきかせつつ最小限の唇の動きで言う。


「ルゥナ、幻影魔法だ」


「承知ですっ」


 ルゥナが宙に浮かび、小さな体を輝かせる。次の瞬間、貯蔵庫全体に霧のような幻影が広がり、兵士たちの視界を遮った。


「おのれ、やはり魔族の手先か。魔獣を使役するなど、小賢しい真似を」


 幻影の奥から側近の呻くような声が聞こえてきたが、すぐに兵士たちのざわめきの中に埋もれる。


「今だ。行くぞ」


 エリオスが先陣を切り、オレとルゥナもその後に続く。混乱する兵士たちの間を縫うように走り抜け、オレたちは貯蔵庫の奥へと突き進んだ。


 そしてエリオスは、一つの壁の前で立ち止まった。


「ここだ。この壁の裏に秘密の通路がある」


 エリオスが壁の一部を押すと、重たい石が音を立てて動き、狭い隙間が現れた。


「急げ!」


 オレたちはその隙間から、暗い通路の中へと滑り込んだ。後ろから兵士たちの怒声が聞こえてきたが、ルゥナが再び幻影魔法を使って足止めする。


 狭く曲がりくねった通路を進む中、オレの心臓は割れんばかりに激しく鳴っていた。冷たい汗が背中を伝い、緊張で膝が崩れそうになる。


「この先を抜ければ、城壁の外だ」


 エリオスの言葉に希望を見出し、オレは力を振り絞って前へと進んだ。


 やがて遠い向こうに、白く光る出口が見えてくる。その光が次第に大きくなっていき、オレたちは眩しい陽光のもとへと飛び出した。


 出口は、切り立った崖の裏へと繋がっていた。出口周辺は野花の咲く小さな広場となっていて、少し先へ歩けば森の入り口に突き当たる。


 森に入ってしまえば追っ手も巻きやすいのだろうが、普段運動をしないオレの体力と気力は限界を迎えていた。


「はあっ、ちょ、ちょっとタンマ……」


 膝に手をついて息を整えるオレをエリオスが振り返り、慌てて引き連れにくる。


「馬鹿、足を止めるな。追手はまだすぐそこにいる」


「でもさ、もう足音も聞こえないし、っていうかもうオレ無理、走れない」


「まったく世話の焼ける……」


 エリオスは剣をしまうと、オレの片腕を自らの首に回して腰を支えた。引きずっていってくれる気らしい。


 さすが勇者は優しいな。


 そんな風にオレがのほほんと思ったその時――隣に立つエリオスの斜め後ろ側で小さく草の鳴る音がした。エリオスは気づいていない。俺だけが弾かれたように振り向く。


 そしてオレは見た。


 足音を殺し、姿勢を低くしてオレたちの背後まで忍び寄っていたらしい国王の側近。その男が伸び上がり、剣を高く振り上げる。


「逃がさんぞ、エリオォォォス!」


「駄目だ!」


 反射的にオレは、エリオスの首に回した腕で、彼を引き倒していた。必然的にオレの体が前に出る。


 鈍く光る刀身。それが防御の間もなく、オレの左肩から右わき腹にかけてを切り裂いた。


 痺れるような鈍い痛みが走る。


 オレはこの痛みを知っている。夢の中でだって誰かの手は温かい。食事は美味しい。空気は香る。それと同じように、夢の中でだって怪我をすれば痛い。ただしきっと、現実より数段希釈された痛みだ。まるで部分麻酔を半端にかけたような。


 オレの体は空を見上げるような体制でゆっくりと後方に傾いた。そして最後、草の上にドンと倒れる。


 真っ青な空。


 まばたきをして目を開けると、そこは現実世界のベッドの上だった。

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