薄暗い牢の中で、オレは手のひらサイズの魔獣を見つめる。
「おい、ルゥナとかいったな……脱出の方法を考えるって、お前、そんな小さな
半信半疑で尋ねると、ルゥナは小さな羽をぱたぱたと動かしながら首を傾げた。
「僕にそんなこと期待してるんです? できるわけないじゃないですか。僕は戦闘タイプの魔獣じゃないんです」
「じゃあ何タイプなんだよ」
「ええっと……話し相手?」
「はあ?」
ルゥナはもじもじと8の字に飛び回る。
「だってだって、姫様の城ではいつも姫様のお話し相手をしてるんですもん。そりゃ魔獣ですから魔法も少しは使えますけど、城の中では魔法で何かする機会なんてそうないですし」
エリオスが身を乗り出した。
「どんな魔法が使えるんだ?」
「ええっと、簡単な治癒魔法と幻影魔法、感知魔法に、少しの間なら透明化魔法も使えます。あとはですね……そうそう、僕のこの星形の尻尾で、簡単な錠前くらいなら解除できます。いわゆる鍵開け魔法ですね。……あっ!」
「それを早く言え。鉄格子の鍵はいけるか?」
「ええっと、自信はありませんがとにかくやってみます」
ルゥナは鉄格子にある鍵穴までふよふよ飛んでいくと、尻尾の先端の星型の部分を鍵穴に差し込んだ。鍵穴から微かな光が放たれる。
「少しお待ちください。まずは内部の構造を解析して……」
数十秒後、カチリという音がして、鉄格子の扉がゆっくりと開いた。オレとエリオスは驚きと共に顔を見合わせる。
「やるじゃないか、ルゥナ!」
エリオスが嬉々として褒めると、
「ふふん、当然です」
ルゥナは得意げに胸を張った。
しかし問題はここからだ。オレたちのことは恐らく、反逆者として国中に触書が出されている。つまりは地下から地上に上がり、城の敷地外まで脱出するに留まらず、国外まで逃げおおせる必要がある。
エリオスは何やら考え込んでいた様子だったが、やがて低い声で語り始めた。
「この城の構造は把握している。地下から抜け出すには、北側の廊下を進んで古い貯蔵庫を通るルートが最適だ。貯蔵庫には、昔、王族の緊急時の脱出用として使われていた秘密の通路があって、それを辿れば城壁の外に出られる。だが通路は崩れている場所もあるだろうし、出口に兵を配備されている可能性もある」
「わかった。危険を承知のうえで、その通路を行くしかないってことだな」
「そうだ。そしてまずは、その通路のある貯蔵庫まで辿り着けるかどうかが問題だ。警備を担当する衛兵たちの目を掻い潜りながら進むことになる」
「上等だ」
「さあ、急ぎましょう。見回りの兵が来る前に、ここを離れなければ」
ルゥナの言葉にエリオスが頷き、先頭に立って牢の外へと足を踏み出した。オレもその後に続く。ルゥナがオレたちの頭上で飛び回り、全身の毛を逆立てて周囲を警戒する。先ほど話していた感知魔法を使っているのだろう。
オレたちは薄暗い廊下を慎重に進む。遠くから衛兵たちの話し声や、鎧が擦れる音が微かに聞こえてくる。
「こっちだ」
エリオスの指示に従い、何度も曲がり角を曲がりながら進む。時折、ルゥナが先回りして警備の状況を確認し、合図を送ってくれる。
だが、運命はそう簡単にオレたちを逃がしてはくれなかった。角を曲がった瞬間、ルゥナの検知を免れたらしい二人の衛兵と鉢合わせた。
「誰だ!」
衛兵たちが剣を抜く。エリオスは素早く前に出て、素手で衛兵の攻撃をいなしながら反撃を加えた。
「睡蓮、後ろに下がれ!」
オレはエリオスの言葉に従い、一歩引いて状況を見守った。エリオスの動きはまるで舞うように滑らかで、一瞬の隙もない。一分も経たないうちに、二人の衛兵たちは気絶し、地面に倒れた。
エリオスは衛兵が落とした剣を拾い、オレを振り向く。
「行こう。立ち止まっている暇はない」
再び廊下を進んでいく。
間近で繰り広げられた命がけの攻防に、オレの心臓は知らず、激しく鼓動していた。これは恐怖によるものか、あるいは高揚か。
「エリオス、頬に傷ができています」
ルゥナがエリオスの頬まで飛んでいき、小さな赤い切り傷に星形の尻尾をかざす。そしてそれが淡く光ると、たちまち傷は治っていった。
そんな二人の様子を見て、衝動的に感情が飛び出す。
「ごめん。オレ今、すごい役立たずだな」
先を行くエリオスが間髪入れずに鼻で笑った。
「当然だ。戦闘は俺の管轄で、治癒と検知はルゥナの管轄だからな。陛下の前で言っただろう。お前には、俺たちにも魔族にもない力があると。その力を、使うべきときに使えばいい」
「そんな力、オレにはないよ……」
呟いた声はエリオスまで届かなかったのかもしれない。