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第11話:脱出経路

 薄暗い牢の中で、オレは手のひらサイズの魔獣を見つめる。


「おい、ルゥナとかいったな……脱出の方法を考えるって、お前、そんな小さななりで何ができるんだ? 実はめちゃくちゃ強くて、牢の檻を吹き飛ばせたりとか?」


 半信半疑で尋ねると、ルゥナは小さな羽をぱたぱたと動かしながら首を傾げた。


「僕にそんなこと期待してるんです? できるわけないじゃないですか。僕は戦闘タイプの魔獣じゃないんです」


「じゃあ何タイプなんだよ」


「ええっと……話し相手?」


「はあ?」


 ルゥナはもじもじと8の字に飛び回る。


「だってだって、姫様の城ではいつも姫様のお話し相手をしてるんですもん。そりゃ魔獣ですから魔法も少しは使えますけど、城の中では魔法で何かする機会なんてそうないですし」


 エリオスが身を乗り出した。


「どんな魔法が使えるんだ?」


「ええっと、簡単な治癒魔法と幻影魔法、感知魔法に、少しの間なら透明化魔法も使えます。あとはですね……そうそう、僕のこの星形の尻尾で、簡単な錠前くらいなら解除できます。いわゆる鍵開け魔法ですね。……あっ!」


「それを早く言え。鉄格子の鍵はいけるか?」


「ええっと、自信はありませんがとにかくやってみます」


 ルゥナは鉄格子にある鍵穴までふよふよ飛んでいくと、尻尾の先端の星型の部分を鍵穴に差し込んだ。鍵穴から微かな光が放たれる。


「少しお待ちください。まずは内部の構造を解析して……」


 数十秒後、カチリという音がして、鉄格子の扉がゆっくりと開いた。オレとエリオスは驚きと共に顔を見合わせる。


「やるじゃないか、ルゥナ!」


 エリオスが嬉々として褒めると、


「ふふん、当然です」


 ルゥナは得意げに胸を張った。


 しかし問題はここからだ。オレたちのことは恐らく、反逆者として国中に触書が出されている。つまりは地下から地上に上がり、城の敷地外まで脱出するに留まらず、国外まで逃げおおせる必要がある。


 エリオスは何やら考え込んでいた様子だったが、やがて低い声で語り始めた。


「この城の構造は把握している。地下から抜け出すには、北側の廊下を進んで古い貯蔵庫を通るルートが最適だ。貯蔵庫には、昔、王族の緊急時の脱出用として使われていた秘密の通路があって、それを辿れば城壁の外に出られる。だが通路は崩れている場所もあるだろうし、出口に兵を配備されている可能性もある」


「わかった。危険を承知のうえで、その通路を行くしかないってことだな」


「そうだ。そしてまずは、その通路のある貯蔵庫まで辿り着けるかどうかが問題だ。警備を担当する衛兵たちの目を掻い潜りながら進むことになる」


「上等だ」


「さあ、急ぎましょう。見回りの兵が来る前に、ここを離れなければ」


 ルゥナの言葉にエリオスが頷き、先頭に立って牢の外へと足を踏み出した。オレもその後に続く。ルゥナがオレたちの頭上で飛び回り、全身の毛を逆立てて周囲を警戒する。先ほど話していた感知魔法を使っているのだろう。


 オレたちは薄暗い廊下を慎重に進む。遠くから衛兵たちの話し声や、鎧が擦れる音が微かに聞こえてくる。


「こっちだ」


 エリオスの指示に従い、何度も曲がり角を曲がりながら進む。時折、ルゥナが先回りして警備の状況を確認し、合図を送ってくれる。


 だが、運命はそう簡単にオレたちを逃がしてはくれなかった。角を曲がった瞬間、ルゥナの検知を免れたらしい二人の衛兵と鉢合わせた。


「誰だ!」


 衛兵たちが剣を抜く。エリオスは素早く前に出て、素手で衛兵の攻撃をいなしながら反撃を加えた。


「睡蓮、後ろに下がれ!」


 オレはエリオスの言葉に従い、一歩引いて状況を見守った。エリオスの動きはまるで舞うように滑らかで、一瞬の隙もない。一分も経たないうちに、二人の衛兵たちは気絶し、地面に倒れた。


 エリオスは衛兵が落とした剣を拾い、オレを振り向く。


「行こう。立ち止まっている暇はない」


 再び廊下を進んでいく。


 間近で繰り広げられた命がけの攻防に、オレの心臓は知らず、激しく鼓動していた。これは恐怖によるものか、あるいは高揚か。


「エリオス、頬に傷ができています」


 ルゥナがエリオスの頬まで飛んでいき、小さな赤い切り傷に星形の尻尾をかざす。そしてそれが淡く光ると、たちまち傷は治っていった。


 そんな二人の様子を見て、衝動的に感情が飛び出す。


「ごめん。オレ今、すごい役立たずだな」


 先を行くエリオスが間髪入れずに鼻で笑った。


「当然だ。戦闘は俺の管轄で、治癒と検知はルゥナの管轄だからな。陛下の前で言っただろう。お前には、俺たちにも魔族にもない力があると。その力を、使うべきときに使えばいい」


「そんな力、オレにはないよ……」


 呟いた声はエリオスまで届かなかったのかもしれない。


 ひそめられた二人分の足音だけがしばらくの間、鳴り続いた。

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