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第9話:裏切り者

 エリオスの家に到着して数時間後、オレたちは国王に会いに行くため身支度を整えた。早朝に帰宅したため、謁見できる時間まで待たなければならなかったのだ。


 ノアが作ってくれた朝食を三人で食べ終え、エリオスが静かに立ち上がる。


「準備はいいか?」


「ああ、行こう」


 オレたちは家を出て、アルカ=フェリダ城へ向かった。城下町は朝の活気に満ちており、石畳の道を行き交う人々が早朝と同じく、すれ違いざまエリオスに声をかけてくる。


「エリオス様、今日もイケメンだねぇ」


「勇者様、本日もどうかご健勝で」


 進行方向に見える城は、大きな石造りの城壁に囲まれ、民であっても簡単には入れそうにない厳格な雰囲気を放っていた。城壁の上に突き出す尖塔の先にはアルカ=フェリダ王国の紋章が描かれたライムイエローの旗が立ち、ゆらゆらと風になびいている。


 間もなくオレたちは城門に到着した。近衛兵たちが厳しい表情で周囲に視線を巡らせている。そのうちの一人がエリオスに気づき、慇懃いんぎんに挨拶をした。


「勇者エリオス様、本日もお変わりなく」


 そしてすぐにオレを見咎め、訝し気な目を向けてくる。


「この者は?」


「私の知り合いだ。この者と共に至急、国王にお目通り願いたい」


 エリオスが敢然と答えたが、近衛兵たちは首を水平に振った。


「見知らぬ者を連れての謁見は許可できません」


「この者は重要な情報を握っている。国王陛下に直接伝える必要があるんだ」


 重要な情報? 何の話だ? とオレは内心でどきどきしていた。エリオスの言うことが近衛兵をかわすための狂言なのか何なのか判断がつかない。


「見知らぬものからの重要な情報であれば、まず我々のトップである近衛兵長に伝える必要があります。そのうえで近衛兵長が国王陛下への謁見可否を判断します。誰でも彼でも通してしまっては、我々の存在する意味がありません」


「いや……この情報は極めて機密性が高い。陛下以外に漏らすことはできない」


「では我々も、我々の職務を全うするのみです」


 近衛兵たちは城門の前に立ちふさがった。エリオスはしばらく沈黙していたが、やがて決意を固めた様子でオレの腕を握り、強引に歩き出した。勇者なだけあって握力は痛いほど強く、オレは振り解くこともできず引きずられるように彼の後に従う。


「おやめください、エリオス様」


 近衛兵たちはさすがに剣を抜くことまではせず、鍛え抜かれた肉体のみでエリオスを押しとどめようとする。近衛兵三人に対し、オレを掴んでいて片手が不自由なエリオスが互角に押し合い、揉み合う。近衛兵たちの腕がオレの体にも容赦なく当たり、オレはエリオスの横で人形のように揉みくちゃにされた。


 もう駄目だ。いったんいつもの手順で目覚めてしまおうか。そう考えた時だった。


「何事だ」


 城門の内側から威厳あふれる声が響いた。近衛兵たちが瞬時に離れていき、城門の左右にひざまずく。


 見ると、城門の奥の広場に、サンタクロースのような白髭を蓄え、高級そうなマントを身に着けた五十代くらいの男が歩み出てきていた。オレは、この男こそが国王なのだと理解する。


 エリオスは国王をじっと見つめていたかと思うと、うやうやしくゆっくりと膝をついた。彼に腕を掴まれたままのオレも、エリオスの挙動を真似て片膝をつく。


「エリオスか。我が城の前で何を騒いでおる」


 顔を下げていたため、はっきりとはわからないが、国王がエリオスの正面に立つ気配があった。そして国王の後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえる。


 オレはエリオスに促されて顔を上げた。エリオスは国王を澄んだ青い目でまばたきもせず見つめる。


「謁見のお願いでございます、親愛なる国王陛下」


「そうか。ならば今、叶っただろう」


「いいえ陛下。人払いのうえ、お話ししたいことがございます。横にいるこの者、睡蓮と共に」


「ほう……」


「なりません、陛下」


 国王の後を追ってきた側近らしき男が口を挟む。「見ればこの者、この国の衣服をまとっているだけで、民ではありません。私にはわかります」


 エリオスは動じなかった。


「確かに、睡蓮はアルカ=フェリダ王国の民ではありません。それどころか、どこから来たやもしれぬ不思議な男です。しかし、だからこそ言えるのは、この男には私たちにも魔族にもない力があるということ。そして私は、この男の力が私たちの国を救うと信じています」


「ふむ」


 国王の目がオレへと向けられる。たったそれだけで、喉元につるぎを突きつけられたかのようなプレッシャーを感じて、背筋に寒気が走る。


「よかろう、エリオス。我が国の勇者たるそなたがそこまで言うのなら、応じない理由もない」


「陛下、感謝いたします」


 エリオスは深くこうべを垂れる。


「ちょうどよい時間だ。昼食を共にしながら語ろうではないか」


 オレたちは国王の招待を受け、城の中の豪華な食堂に案内された。大理石の床、金糸で装飾された壁、そして長テーブルには豪華な料理が次々と運ばれてくる。食事の用意が整うと、国王は給仕の使用人たちを全員下がらせた。


「して、そなたは睡蓮といったか。好物は何だ? 何でも好きに取って食すといい」


「あ、ありがとうございます」


 城門で見つめられた時とは一変して、国王の雰囲気は穏やかだった。エリオスに対しては慈愛すら感じる表情で酒を勧め、自身も焼いた骨付き鳥を手掴みで頬張っては、「監視がいないのは気楽でいいな」と笑ってみせる。


 しかし国王は、オレたちに対して孫にでも接するように他愛ない話を振るだけで、なかなか確信に触れようとはしなかった。オレもそうだが、長テーブルの向かいに座ったエリオスが焦れているのが、些細な仕草から伝わってきた。


 やがてエリオスが意を決して身を乗り出したとき、オレは視界が歪むのを感じた。


 もう朝か、こんなタイミングで目覚めてしまうのか、と口惜しく感じ、いや違う、と思い直す。


 いつもの目覚める感覚じゃない。これは何だ? ひどく体が重い。真っ直ぐ座っていられない。


 オレの上体は倒れるように長テーブルの食事たちの上に突っ伏した。どこか遠くの音のように、食器がカチャン、ガチャンと悲鳴を上げ、そのうちのひとつが長テーブルから落ちて足元でパリイィンと高く叫ぶ。


 力を振り絞ってテーブルに片腕を突き、やっとの思いで身を起こしてみると、向かいの席で同様にエリオスがうずくまっていた。


「おい……エ、リ……」


 上手く声を出せない。瞼も重い。もう開けていられない。


 眠ってしまう。


 夢の中で眠ったら、オレは一体どうなるのだろう。


 意識の最後の一筋が途切れる直前、冴え冴えと冷たい声が鼓膜を揺らした。


「裏切り者め」

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