リュミエの言葉に、一瞬場の空気が緩んだ。それは変に弛緩したという意味ではなく、彼女の微笑みの奥にある凛とした高貴な圧が、薄いヴェールのようにふわり場を掌握したということだった。
「会食の合理性?」
エリオスが眉をひそめる。戦場の感覚から離れきれていない彼には、リュミエの提案が不可解だったのだろう。
「そう。共に食事をすることで、お互いの信頼を築くことができるの。食卓を囲むという行為は、古来より敵対関係を和らげる手段として用いられてきたわ。食事中は自然と警戒心が薄れるし、相手の人間性を感じ取る機会にもなる。さらに、共に食を分かち合うことで、無意識のうちに敵対関係から協力関係へと心が移行していくの」
リュミエの声は穏やかだったが、その裏には会食へとオレたちを
オレは頷き、エリオスに視線を送った。
「まあ、どうせなら飯でも食いながら話そうぜ。空腹じゃ頭も回らないしな」
エリオスはしばらく考え込んでいたが、やがて無言で頷いた。こうして、オレたちはリュミエの案内で広間へと向かった。
広間には大きな長テーブルが用意されており、豪華な料理が次々と運ばれてきた。色とりどりの果実、香ばしい肉料理、そして見たこともないような魔族特有の料理が並んでいる。
特に目を引いたのは、透き通るような紫色のゼリー状の料理。リュミエいわく、「シルヴァ・ジェル」と呼ばれるそれは、魔族の間で高級とされる幻の果実から作られているらしい。口に含むと、ほんのりと甘く、かすかな苦味が後を引く独特の味わいだった。
また、真っ黒なスープに小さな光る粒が浮かんでいる「ルナティック・スープ」は、月の光を浴びて育つ特別な
初めこそ、魔族の食事に多少の警戒心があったが――そもそも普通の人間が食べていいのか、など――リュミエの真摯な態度と料理の美味さがいつのまにかその不安を打ち払っていた。
オレたちはしばらくの間、食事を楽しみ、その素材や調理方法についてあれこれ語り合った。そうして腹が適度に満たされたころには、勇者エリオスもやや打ち解けて、時折不器用な笑みを見せるようになっていた。
確信を突く話を、最初に切り出したのはリュミエだった。
「ねえ、エリオス。あなたは魔族が人間に害をなす存在だと、ずっと信じて生きてきたのよね」
エリオスはカトラリーを置き、複雑な顔をしつつも頷いた。
「ああ。魔族は人間にとって脅威だ。過去の歴史がそれを証明している」
「そうね。確かに、過去には魔族が人間を襲うこともあったし、争いもあったわ。でも、それはすべての魔族が望んだことではない。私たちの中には平和を望む者も多い。私自身もその一人よ」
リュミエの言葉には嘘偽りのない誠実さがあった。そのことをエリオスも感じ取っているようだった。
オレはその隙を逃さず、エリオスに問いかけた。
「エリオス、お前が本当に守りたいものは何だ。王の命令か? それとも、人々の平和か?」
エリオスはため息のように長く息を吐き、静かに答えた。
「人々の平和だ」
「だったら、命令に従うだけじゃなく、自分の目で真実を見極めるべきだ」
リュミエが言い添える。
「エリオス、聞いて。私には"影を統べる者"としての力がある。だから誓える。私は私の配下の魔族たちにもう二度と人間を襲わせない。襲わせないよう制御できる。アルカ=フェリダ王国と我々ルクス=ノワールは、共に未来を築くことができるはずよ」
エリオスの表情が、同調の側へわずかに揺らいだ。しかし、完全に手を取り合えるわけではなさそうだった。
「……話は理解した。でも、俺一人が決められることではない。王国の命令は絶対だからな」
「それでも、一歩踏み出す勇気が必要だわ。あなたが変われば、王国も変わる」
リュミエの口調は落ち着いているものの、その中には強い決意が感じられる。
エリオスは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「変わりたい……今はそれしか言えない」
それでも、そのひと言は大きな一歩だった。
食事を終えた後、オレたちは再び応接間に戻った。リュミエはエリオスに向き直り、最後にこう告げた。
「あなたが再び私を討ちに来る日が来たとしても、私は逃げないわ。でも、できればその日が来ないことを願っている」
エリオスは何も言わず、ただ静かに頷いた。そして、オレに視線を向けた。
「お前の言葉がなければ、ここに来ることもなかった。……ありがとう」
その瞬間、視界が揺らいだ。
目が覚めると、オレは自分のベッドの上にいた。夢日記を手に取り、すぐに今回の出来事を書き留める。
エリオスの心は確かに動いた。でも、これで終わりではない。まだやるべきことがある。
「次は……どうするか」
オレは深呼吸し、ベッドから下りてカーテンを引き開けた。
朝日の眩しさと温かさが、体と心に染み渡るようだった。