エリオスが剣を下ろしたまま、鋭い視線をオレに向けている。安堵の息をつきたい気持ちはあったが、彼の目は依然として警戒心を隠していなかった。少しでも不審な動きを見せれば、再び剣は振り上げられるだろう。
「じゃあ、話してみろ」
エリオスの声は冷たく硬い。その視線の奥には、まだ完全には拭い去れない疑念が渦巻いている。
オレはゆっくりと言葉を選びながら問いかけた。
「まず、お前はなぜリュミエが討たれるべき存在だと思うんだ?」
「アルカ=フェリダ王国の王が俺に直接そう言ったからだ。王は魔族を脅威と見なし、その討伐を勇者である俺に命じた。魔族は人間にとって脅威であり、姫たるリュミエはその象徴だ」
エリオスは即答した。その言葉に揺るぎはないように見えるが、先ほど対峙した際に見せた一瞬の迷いが完全に消えたわけではない。
「じゃあ、具体的にリュミエがどんな脅威をもたらしたのか、知っているのか?」
オレの問いに、エリオスは一瞬だけ口を閉ざした。だが、すぐに眉をひそめて答えた。
「魔族は昔から人間に害をなしてきた。かつては人間の村を襲撃し、農作物を荒らし、人々を恐怖に陥れたと聞いている。古い伝承では、魔族が王国の城を焼き払ったという話も残っている。リュミエもその一族の一人だ。過去の罪を償わせるのは当然だろう」
「過去の罪? それはリュミエ本人が犯したものではないはずだ」
オレの声には自然と力がこもる。エリオスの顔がわずかに歪んだ。
「……そう、かもしれない。だが、彼女は魔族の姫だ。その立場にいるだけで、人間にとっての脅威なんだ!」
エリオスは声を荒げる。
オレは自分自身を落ち着けるため、深く息を吸い込み、吐き出した。
エリオスの反応を見て確信する。これがまさに
「エリオス、お前は正義のために戦っているんだろう」
オレの問いに、エリオスは強く頷いた。
「もちろんだ。人間を守るために、魔族という脅威を排除する。それが勇者としての使命だ」
「でも、その正義が間違っていたらどうする?」
エリオスの顔に動揺の色が浮かぶ。オレは続けた。
「リュミエは平和を望んでいる。彼女は争いを避け、人間と共存する道を模索しているんだ。それでも彼女を討つのが正義だと言えるのか?」
「……それは」
エリオスは言葉を詰まらせた。彼の中で葛藤が膨らんでいるのがわかる。オレはさらに畳みかけた。
「お前は自分の信じる正義のために戦ってきた。でも、それが本当にお前自身の信念なのか、それとも王国に植えつけられたものなのか、考えたことはあるか?」
エリオスは沈黙したまま地面を見つめている。その手の中の剣がかすかに震えているのが見えた。
「エリオス、お前がリュミエを討つことで本当に平和が訪れると思うか? 新たな憎しみと争いを生むだけじゃないのか?」
しばらくの沈黙の後、エリオスは静かに口を開いた。
「……俺は……ただ、人間を守りたいだけだ」
「その気持ちはわかる。でも、守る方法は戦うことだけじゃない。対話や理解も、平和への道なんだ」
エリオスはゆっくりと顔を上げた。その瞳には迷いと希望が入り混じっていた。
「もし、リュミエが本当に平和を望んでいるのなら……俺は彼女と話をしてみたい」
その言葉を聞いた瞬間、オレは胸中でガッツポーズをとった。エリオスの心に変化が生まれたのだ。
「わかった。じゃあ一緒にリュミエのところへ行こう。話し合うことで、きっと新しい道が見えてくるはずだ」
エリオスは頷き、剣を鞘に収めた。オレたちは道中愉快な会話こそなかったが、互いに少しずつ気を許し、並んでリュミエの城へと向かった。
やがて城の城門が見えてきた。
そこには人影があった。リュミエだ。彼女は恐らく勇者襲来の知らせを聞き、衛兵たちを下がらせて自ら最前で待ち構えていたのだ。
その彼女の紅玉の瞳がオレたちを捉え、驚きに揺らめいた。
「睡蓮、と勇者エリオス……どうして」
オレより先にエリオスが歩み出て、口を開いた。
「話がしたいんだ。魔族の姫、リュミエ・ノワル。お前の……いや、あなたの本当の想いを知りたい」
リュミエはしばらくの間沈黙していたが、やがて静かに頷いた。
「わかったわ。話しましょう」
オレたちはリュミエに導かれて城の中へと入り、静かな応接間で向かい合って座った。
リュミエはオレたちを城へ招き入れる際、エリオスから剣を奪わなかった。それどころかオレたちに先立って歩き、無防備な背中すら見せた。それは、敵地へ単身乗り込んでくる勇者への、彼女なりの覚悟の証明だったのかもしれない。
応接間の外、四方八方から、城に仕える魔族たちの不穏な気配が室内に漏れ入ってきていた。しかしそれらすべてを勝るリュミエの圧が、家臣たちの負の気配を打ち払い、血の気の多いだろう彼らを大人しく沈黙させていた。
これからの対話が、この世界の未来を決めることになる。
オレは深呼吸し、二人の間に立って口を開――こうとしたのに、その前に胃が空腹を訴えて大きく鳴った。うそだろ。ここは夢の中だぞ!? 腹なんて減るはずが……。
リュミエが息だけで小さく笑う。
「ねえ、ダイガクセイとやらと勇者殿は、会食の合理性をご存じかしら」