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第2話:現実世界での調査

 まずは大学の図書館に向かうことにした。魔族に関する直接的な資料なんて現実世界には存在しない。それでも、人類の歴史の中に似たようなパターンがあるはずだ。


 通学途中、スマホで「宗教戦争」「異民族の迫害」「偏見と差別」といったキーワードを検索する。これがネム=ファリアにそのまま通用するかはわからないが、何もしないよりはマシだ。


 大学に到着すると、オレは入学以来一度だけ興味本位で入ったことしかなかった図書館に直行した。


 図書館で調べものだなんて、怠惰なオレにしては珍しい行動だ。そうせざるを得ない焦燥がオレを突き動かしていた。


 夢の内容なんていつも覚えちゃいない。だが今、リュミエの紅玉の瞳が頭から離れない。あの諦めと、わずかな期待が混じった視線。


 図書館の静寂の中、歴史学や宗教学の棚を片っ端から探る。異民族や異教徒がどのように扱われてきたか、その記録が少しでも手がかりになるかもしれない。


 ふと、誰かが隣に腰を下ろした気配を感じた。顔を上げると、文学部の先輩である飛鷹ひだか絢斗あやとがいた。


「睡蓮がこんな場所で真面目に本読んでるなんて、珍しいな」


 彼は興味深そうにオレの手元の本を覗き込んだ。


「宗教戦争? お前、何を調べてるんだ?」


 オレは一瞬言葉に詰まる。夢の話なんてまともに説明できるわけがない。


「ちょっと……個人的に気になることがあって。異民族とか宗教の争いとか、その辺りの……」


 眉をひそめていた飛鷹さんは、少し驚いたような表情を浮かべた。


「お前がそんなことに興味を持つとはな。いや、別に悪いことじゃないけどさ。普段は寝てるかスマホいじってるかのお前が、急に歴史の本にかじりついてるのはなかなかの違和感だよ」


「まあ、自分でもそう思います。でも、どうしても気になっちゃって」


「ふーん……どんなことが?」


 オレは一瞬迷ったが、適当にごまかすのも面倒だと感じた。少しだけ、核心に触れない程度に話すことにした。


「もしですね、異民族とか異教徒が"悪"って決めつけられてるのが、単なる誤解とか、意図的な偏見だったとしたらどう思います?」


 飛鷹さんは少し目を細めてオレを見つめた。彼の鋭い視線に一瞬たじろぎそうになったが、なんとか平静を装う。


「……睡蓮お前、何かあったのか?」


「いや、まあ……ちょっとしたことですよ」


 飛鷹さんはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「まあいいさ。別に詮索する気はない。ただ、そういうテーマなら面白い話があるぞ」


「面白い話、ですか」


「宗教や歴史ってのは、結局権力と恐れが絡んでることが多いんだよな。異民族や異教徒が悪とされるのは、支配者側にとって都合がいいからだ。恐れを煽って、戦争や支配の大義名分にするんだ」


「恐れを煽る……具体的にはどういうことなんです?」


 オレの問いに飛鷹さんは本のページをめくりながら答えた。


「例えば、ある民族が特別な力を持っていたり、異なる信仰を持っていたとする。支配者はそれを脅威として扱い、その存在が危険であると人々に信じ込ませるんだ。そうすることで、人々は支配者の保護を求め、異民族に対する敵意を持つようになる」


「つまり、異民族が実際に危険かどうかは関係ないってことですか?」


「その通り。本当に危険かどうかなんて問題じゃない。重要なのは人々がどう感じるかだ。恐怖心さえ植えつければ、どんな相手でも"悪"に仕立て上げることができる」


 オレはその言葉に考え込んだ。リュミエがまさにその"悪"として扱われているのではないか。彼女は争いを望まず、平和を求めているというのに。


「……なるほど。ありがとうございます、飛鷹さん」


 飛鷹さんは肩をすくめた。


「別に礼を言われるほどの話はしてないさ。でも気になるなら、詳しく調べてみるといい」


「そうですね。王国と魔族の……いや違った、異民族間の交流とか、その辺りを掘り下げてみます」


 オレは大学ノートにメモを取りながら、次の行動を考えた。必要なのは、王国と魔族の過去の関係性に関する情報だ。エリオスの語る正義が本当の正義かどうか、そこに答えがある気がする。


「しかし、睡蓮がこんなに真剣に何かを調べるなんて、やっぱり変な感じだな」


「たまには真面目にやることもあるんですよ」


 飛鷹さんは笑いながら立ち上がった。


「そうかそうか。じゃあ、また何かあったら相談しろよ。俺は文学部だし、こういう話は嫌いじゃないからさ」


「ありがとうございます、飛鷹さん」


 オレは飛鷹さんの背を見送り、席を立つと、心の中で呟いた。


 次の夢では、もっと深く踏み込むぞ、リュミエ。


 ネム=ファリアでの次の夜が、すでに待ち遠しくなっている自分に驚きながら、オレは図書館を後にした。

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