俺たちは静かな洞窟を進んでいると、ふとした異変に気付く。
地面に転がっている容器が、まるで何者かが使った直後のように放置されていた。
それを見て、俺の眉間にわずかなシワが寄る。
近づいて指で触れてみると、その容器はまだ温かい。
湯気こそ上がっていないが、熱が残っている以上、ここにはついさっきまで誰かがいた可能性が高い。
「さっきまでここら辺に人が居たのかもしれないわね」
俺の隣で、リザラが少し緊張した声でそう言った。
その表情には、どこか警戒の色がうかがえる。
俺も視線を周囲に巡らせながら、頷いた。
「ああ、その可能性が高いな。つい先ほどまで何者かがここで休息していたんだろう」
俺たちは周りを警戒しながら、慎重に奥へと足を進める。
洞窟の中はひんやりとした空気が漂い、足音すらも響かないほどの静寂が支配している。
その不気味な静けさが、かえって警戒心を煽る。
だが、進まなければ何も解決しない。
俺たちは互いに無言で頷き合い、さらに奥へと足を進めた。
少し進んだところで、前方に何やら影が見えた。
洞窟の暗がりに紛れるように、フードを被った男が立っている。
どうやら、こちらの気配に気づいたようで、男は驚いたように身を強張らせ、怯えた声で叫び声を上げた。
「だ、誰だ貴様ら! どこから入って来やがった!?」
その言葉に、俺は冷静な口調で返す。
「俺たちはルグシア学園から来た者なんだが……」
男はその答えに満足しないのか、さらに目を見開き、背後にじりじりと後退する。
唇がわなわなと震え、次の瞬間、険しい表情を浮かべたまま背を向けて走り出した。
「く、くそ!」
逃げ足の速さからして、何か後ろめたい事情があるに違いない。
俺はちらりとリザラに目配せをし、彼女も無言のうちに頷く。
俺たちは一息でその場を蹴り、男の後を追い始めた。
「逃げられたらまずいな、追いかけるぞ」
「もちろんよ!」
リザラも気合十分だ。
俺たちは洞窟内を駆け抜け、逃げていくフードの男を追跡する。
男の足取りは速いが、こちらも負けてはいない。
洞窟の複雑な地形に足を取られないよう注意しつつ、俺たちはぴったりとその後をついていく。
男がなぜ逃げるのかはわからないが、何か秘密を抱えているのは確実だ。
さらに奥には仲間が待ち構えているのかもしれないという疑念が脳裏をよぎる。
男の姿が視界に捉えられた瞬間、奴が突然立ち止まった。
ふいに振り返った男の顔には、不気味な笑みが浮かんでいる。
その瞳には、まるで底知れぬ悪意が宿っているかのようだ。
俺はその変わりように一瞬たじろぐが、すぐに冷静さを取り戻す。
「馬鹿正直に追いかけやがって、ここからが地獄の始まりだ」
「何を言って——」
俺の言葉を遮るように、彼は地面に手をかざし、足元に奇妙な魔法陣を描き始めた。
地面に刻まれた魔法陣は青白く発光し、冷たい洞窟の空気を一層重々しく染め上げていく。
魔法陣が輝くにつれ、床が微かに震え始めた。
俺は男の意図を測りかねて周囲を見渡すが、洞窟の構造そのものが揺らいでいるような錯覚を覚える。
「ただ魔法で床に振動を与えているだけだろう。脅威はなさそうだが……」
油断は禁物だ。
そう思い、俺は手を構え、リザラも慎重に剣技の準備を整えている。
揺れが徐々に激しさを増し、周囲の岩壁に小さな亀裂が入り始める。
ついには、洞窟全体がまるで生き物のように震え、目の前の光景が歪んで見えるほどの揺れが襲いかかってきた。
「なんだこの揺れは……!」
洞窟の中で、突如として鳴り響く轟音。
岩壁が軋む音が耳を突き、頭が痛くなるほどだ。
俺は動揺する心を押し殺しながら、周囲を警戒する。
もしかすると、この揺れはただの脅しではない。
何か別の意図があるのではないかと、背筋に冷や汗が流れる。
リザラも厳しい表情を浮かべ、魔法で足元を固定するようにして揺れに耐えている。
「アレン、気をつけて。この魔法、ただの振動じゃないわ。何かを呼び起こそうとしている気がする」
彼女の言葉にハッとして、俺はさらに身構える。
そうだ、この揺れはただの振動ではない。
何か、もっと邪悪で巨大な力が、この洞窟の奥底から目覚めようとしている。
男の不敵な笑みも、その確信に基づいたものなのかもしれない。