「お、おい!? アレン! この学園内で魔法を使うのは禁止だろうが!」
カイルは動揺しながら俺を指差して叫ぶ。
教室内は静まり返り、全員の視線が俺に集中する。
突然現れ、魔法で彼女を助けた俺に対する驚きと、怒りに震えるカイルの表情が交錯している。
「いやまあ、確かにそうだが、前回カイルも俺に魔法弾を使っていただろう? お互い様って事で見逃してくれないか?」
そう、俺は覚えている。
あの時、生徒会室から出る際、カイルが「練習」と称して俺に向かって魔法弾を飛ばしてきたのだ。
俺は特に気にしていなかったが、あの威力は冗談で済ませられるレベルではなかった。
仕方なく、俺はその場でヴォイド魔法を体に纏わせて無力化したが。
「え、あ、え?」
カイルは顔を真っ青に染め、目を泳がせて汗を滲ませ始める。
どうやら、俺が知っているとは思っていなかったらしい。
自分の魔法の「いたずら」がバレたことに、冷や汗をかいているのが一目でわかる。
その様子を見ていると、少しおかしくもあったが、今はそれを指摘する気分でもない。
そんなやり取りの最中、治癒魔法を施した令嬢が静かに口を開いた。
「あ、あの! アレン……さん、助けて下さりありがとうございます」
「別に、たまたま通りかかっただけだ。それよりも……」
俺は視線を教室の他の生徒たちに向ける。
彼女の感謝に応じるよりも、こっちの方が気になって仕方がなかった。
教室内でカイルが暴れ、彼女が傷つけられている間、周囲の生徒たちはただ見ているだけだった。
誰一人として助けようとしなかった、いや、見て見ぬふりをしていた。
「なぜ貴様らは黙っていた? なぜ助けなかった?」
俺がそう問いかけると、教室内に冷たい空気が流れる。
彼らの表情が緊張に包まれ、口を開けずに固まっている。
まるで俺の問いを無視するかのように目を逸らし、誰かが声を上げるのを待っているかのようだった。
そんな彼らの姿に、俺は内心の苛立ちが募っていく。
そしてようやく、一人の生徒が小声で反論を口にした。
「し、知らねえよ! 俺らには関係ねえだろうが!」
「そうよ! そ、そいつらの喧嘩なんて私は知らないわ!」
他の生徒たちも彼に追随するように、口々に同じような言葉を紡ぎ出す。
その一言一言が、俺の中で何かを刺激する。
無関心な態度で助けを求める声を無視し、見て見ぬふりをする彼らの姿は、かつての俺自身の過去を思い出させる。
前世で孤立し、周囲から見放された時の苦しみがフラッシュバックのように蘇る。
「……もういい、喋るな」
俺は低く呟くと、片手に魔力を集めた。
掌から浮かび上がったのは、燃え盛る火球──《第四級魔法/ファイアーボール》だ。
視界に収まる生徒たちは、目を見開いて後退りし、怯えた顔でこちらを見つめている。
俺の持つ火球が、彼らに対する警告として機能しているのだ。
「もし、この令嬢に何かしたら、俺の魔法が貴様らを許さん」
俺がそう言い放つと、生徒たちは怯えきった表情で頷き、身を縮めている。
彼らの震える様子が痛快というわけではないが、少なくともこれで無関心な態度は改めるだろう。
「カイルよ、お前もだぞ?」
俺はカイルに釘を刺す。
彼もまた、俺の言葉を理解し、嫌そうな表情を浮かべながらも首を縦に振っている。
勇者だとか、英雄だとか、そんな称号を持ちながらも、この行動には矛盾が多い。
結局のところ、誰かに力を誇示することで満足しているに過ぎない。
さて、一通りの制裁は済んだか。
俺が教室を出ようとしたその時、令嬢が再び声をかけてきた。
「あ、あの! 私は伯爵家の令嬢、メルー・アマラ・タフワです! ぜ、ぜひお見知りおきを」
その名を聞いて、俺の脳裏に一つの思い出が蘇る。
タフワ……ああ、彼女か。
あの、ヤギンの角の依頼を出したベルド伯爵の家名だ。
俺が冒険者として活動していた時、情報をくれた人物がこの家と繋がりがあるとは思わなかった。
「タフワ……ああ、お前があの」
俺が言葉に詰まると、メルーは不安そうに見つめてくる。
だが、それ以上は彼女に伝えず、俺は「いや、何でもない」と軽く受け流す。
「ではメルーよ、またな」
「は、はい!」
彼女に手を振り、教室を後にした。
俺は今「貴族のアレン」として学園生活を送っているが、「冒険者のアレン」としても生きている。
こうして立場を変えながら、さまざまな役割を演じていると、少しだけ複雑な気分になる。
そうして教室から離れ、廊下をゆっくりと歩き出す。
だが、そのまま気楽に歩いているわけにはいかなかった。
とんでもないことを思い出したのだ。
「あ、一限に遅れてしまう! 《第三級魔法/テレポーテーション・マジック》」
俺は慌てて魔力を解放し、《第三級魔法/テレポーテーション・マジック》を唱えた。
視界が歪み、次の瞬間には授業の教室の入り口に立っていた。
授業に遅刻しないようにするため、転移魔法を使用するとは……規則違反の重ねがけだが、背に腹は代えられない。