「ごめんね、母さん」
「いいのよ。あなたのお友達でしょ?」
夏休みの計画でミズキの家に泊まることが決まった。
日程としては地元でやっている夏祭りをメインに据えてみんなの予定も調整して決めた。
一つだけ問題があった。
それはみんなが来ることになっていた初日だけミズキの家に泊まれないのである。
ミズキの家は道場であり、意外と多く人が門下生として通っている。
その中には覚醒者もいるし一般の人もいる。
今回一般人向けの大会があってテッサイたちはそちらの方に遠征していた。
本来ならみんなが来る前に帰ってくる予定なのだったが大会会場近くでゲートが発生して日程が変更となった。
高校生とはいえ道場でもある家に保護者のいない状態で泊まるのはどうだろうということになった。
そこで白羽の矢が立ったのがトモナリの家である。
多少スケジュールはずれ込んだけれど初日さえ乗り切ればテッサイたちも帰ってくる。
みんなの方も日程を調整していて移動方法も押さえてあった。
数日泊まるにはちょっと手狭でゆかりの負担になってしまうけれど、一日泊まるだけならどうだろうとみんなに聞かれたので仕方なくゆかりに尋ねた。
いきなりのことであるのにゆかりはむしろ嬉しそうにした。
中学校ではイジメ、最終的には暴行にまで発展してトモナリはほとんど不登校になってしまった。
高校である鬼頭アカデミーではどうだろうかと心配していたのに一年の夏休みでお友達を家にまで連れてくるなんて嬉しくないはずがない。
一日と言わずもっと泊まっていけばいいとすらゆかりは言ってくれた。
みんなが来る日になってトモナリとゆかりは忙しくしていた。
みんなの分の布団なんてないのでレンタルで借りてきて用意して、今のうちから夜ご飯も仕込んでおく。
大変だけどゆかりは楽しそうにしている。
「マクラ運んだぞ」
ヒカリも準備の手伝いをしてくれている。
トモナリが布団を玄関から各部屋に運び込む間にヒカリは枕を運んでくれていた。
「ん? ああ、もう着いたのか」
スマホが振動して布団を置いたトモナリはポケットからスマホを取り出して確認する。
SNSで連絡が来ていた。
「母さん、みんなのこと迎えに行ってくるから」
「いってらっしゃい」
トモナリはヒカリを連れて家を出た。
「あっつ……」
外に出たトモナリは手で太陽から顔を隠す。
たとえモンスターが出ようと、ゲートが増えようとも太陽の日差しは変わらない。
世界が終わりに近づくと大地が荒れ、世界に溢れた魔力の影響で砂塵が常に飛んでいて空はうっすらと曇っていて十分な日の光が浴びられなくなった。
その時には恋焦がれるぐらいに欲していたのに今はまだ暑くて煩わしい。
そう感じられるのも平和だからである。
「暑いのだぁ〜」
流石のヒカリも暑さに舌を出している。
それでもトモナリと引っ付くことはやめない。
トモナリも歩いているだけで汗が出てくる。
「はぁ……」
「のぉ!? 涼しいのだ!」
トモナリが指を振ると急に冷たくて涼しい風が吹いてきた。
ヒカリが目を細めて気持ちよさそうに浴びているそれは自然のものではなく、トモナリが魔法で発生させたものだった。
氷や炎の魔法の応用で周りの熱を奪い、自分たちに向けて空気を動かして風を吹かせているのだ。
トモナリは魔法職ではない。
ドラゴンナイトの正確な分類は分からない以上断定もできないのだがトモナリは接近戦闘職だと思っている。
だがどのような職業であれ魔法は使うことができる。
魔法職だと魔法に関するスキルが得られやすかったり能力値の魔力が伸びやすくて魔法を扱いやすいというだけの話である。
一般的な戦闘職なら魔法を覚えて戦闘で使うより自己強化やスキルの発動に使った方が効率がいいので使わないし、練習もしないことの方が多い。
ただトモナリは魔力が高い。
元々他の能力値と同じくらいの高さがあってレベルアップによる伸びも他の能力値と変わらない。
さらには今は霊薬によって魔力の値もちょっと伸びている。
基本は剣を振ったり体を鍛えているトモナリだが魔法の練習も少しだけしていた。
「どうだ?」
「気持ちいいのだ〜」
ヒカリはトモナリが出してくれる冷風に尻尾を振っている。
これなら暑くないからとトモナリの頬に自分の頬をくっつける。
練習量は圧倒的に足りないので賢者であるコウどころか一般的な魔法職の子にも魔法の技量では敵わない。
けれども便利な使い方ぐらいはできるのだ。
「おいおい、せっかく涼しくしたのに……まあいいか」
ピタリとくっついてはまた暑くなってしまうとトモナリは思ったのだけど意外とウロコはヒンヤリとしている。
ヒカリも嬉しそうだしトモナリは小さくため息をつきながらヒカリの好きにさせることにした。
「あっ、トモナリー!」
バスで来たり高くても飛行機使ったりなんて人もいる。
みんなバラバラでは家に来るのも大変なので一カ所に集まってからトモナリの家に向かうことになっていた。
集まる場所は町にある大きな駅で先にトモナリのことを見つけたユウトが手を振っていた。
ヒカリを連れているトモナリは遠目からでも目立つのだ。